ほうかごがかり 3

十話 ⑬

 カァ――――――――ン、

 コ――――――――――――ン!


 十二時十二分十二秒。音割れした学校のチャイムが部屋の中にひびいて、毎週金曜日の深夜に、の部屋は様相を変える。

 激しいノイズ混じりの、『かかり』を呼び出す校内放送。頭が痛くなるようなそれが終わると、部屋の空気が変わっていて、部屋からを引きずり出そうとする、世界に一人の味方もいない時間が始まる。

 まずは決まってドアのノブが回され、ガチャガチャと音を立てる。かぎは閉めていても勝手に開く。そしてドアが開かれようとするが、がつんと音を立てて、ぶつかって止まる。

 の部屋のドアは、本をいっぱいにめ込んだほんだなで、背の高いものと低いものとで二重にふさいであって、さらにほんだなを動かせるスペースが他の家具でめてある。なので開けようとしてもすぐにほんだなにぶつかるだけで、それ以上、ドアが開くことはない。

 だん、足のみ場もないの部屋は、すっかりようえされている。見ちがえる、というより殺風景。足のみ場もないほどゆかに置かれていた大量の本は、全てほんだなにぎっしりと収められ、しん対策用のチェーンに背表紙を押さえられて、ドアを開かないようにする重石おもしとして働いていた。

 なのでドアは開かない。すると次に開けられようとするのは、表のし窓だ。

 かぎは最初から外れている。だが開くことはない。ガタガタと小さな音を立てるのみ。窓は開かないように固定用の部品がねじ止めしてあって、さらに開くために必要なすきにははいざいの板をはめ込み、さらにその上から窓側一面を裏返したたなめて、ただのかべ同然に改造してあるのだ。

 そして部屋にだなはない。〝開く〟ものが部屋からはいじよしてあるのだ。

 勉強机の引き出しもいてあり、カーテンのようなものもなく、ある程度以上の大きさをした箱のようなものも置いていない。

 この日に限っては、とんも部屋から出している。ポスターやタペストリー、がくぶちといった〝めくる〟ことができるものも、部屋から追い出していた。

 鏡もない。テレビも、ガラスなどの映りそうなものもだ。

 通路や窓と見なされそうなものは、全て、念のため置いていない。

 てつていして、『ほうかご』とつながって、部屋から連れ出されるかもしれないものをはいじよしているのだ。この日に限っては、の命と言ってもいいノートパソコンさえ、開くし映るものなので、部屋の外に出していた。

 そんなテーブルさえない、こうりようとした部屋の真ん中に、は一人で座っている。

 するとやがて、


 !!


 と部屋のドアがたたかれ始める。

 窓もだ。ドアや窓が割れそうなほど強くたたかれ、外れそうなほどガタガタと激しくらされる。暴力的なおそろしさで、身がすくむようなげき音としんどうで部屋がいっぱいになり、部屋の中にあるものがれて、半ばしんのようになる。

 これが一晩中続く。もし毎日なら、ノイローゼになることはちがいない。

 そして、こんな家中にひびわたりそうなすさまじい音としんどうだが、不思議なことに、家族が起きてくることはないのだった。

 ただ、家族から声をかけられることはある。

 対策を始めてほどなくのころ、急にドアをたたく音が止まって不思議に思っていると、母親がドアの外から、「何があったの」「すぐ開けなさい」と中にいるに向けて声をかけてきたのだ。

 結論から言うと。ドアを開けたしゆんかんびてきた冷たい手にうでをつかまれて『ほうかご』に引き込まれた。翌日、母親に「夜中に声をかけた?」とたずねると「なんのこと?」という返事が返ってきた。あたりまえだがそれ以来、この時間に聞こえる家族の声は信用していない。

 だが、それでも、〝外〟はその試みを続けている。


「ねえ、あけなさい」


 ガタガタとれるドアの向こうから、母親の声。

 すでにタネは割れていると言うのに、変わらずドアを開けるようにと、部屋の中のに声をかけてくる。


「あけなさい」「あけなさい」


 と。

 そして、


「ねえ、あけなさい」

「あけなさい」「ねえ」「あけなさい」

「あけなさい」「あけなさい」「あけなさい」「あけなさい」

「あけなさい」「あけなさい」「あけなさい」「ねえ」


 ドアの外からも、し窓の外からも、母親の声。その間にも、ドアも窓も、どんどんと激しくたたかれて、ガタガタと激しくらされる。


「………………」


 そんな部屋の真ん中で、は一人、ひざをかかえて座っていた。

 部屋の中は頭がおかしくなりそうなそうおんと呼び声でいっぱいになっていたが、は耳をふさぐことはせず、ポケットの中のけいたいたんまつで気をまぎらわせることもしなかった。

 これに正面から向き合うのは、こわいし、心がけずれる。

 今はドアも窓も開かず、対策がうまくいっている。だが、だからといって目をそらすわけにはいかないし、油断できるわけでもなかった。もしも不測の事態が起こった時には、すぐに対応しなければならないからだ。

 ずっと、はこうしている。

 そうすることで今まで、『ほうかごがかり』からのがれてきた。

 金曜日が来るたびに、こうして準備し、てつていこうせんし、少しの変化ものがさないように集中する。そしてこのまま、四時四四分四四秒まで、じっとえて過ごすのだ。


 どんどんどんどんどん!!


「あけなさい」「あけなさい」

「ねえ」


 ここしばらくは、向こうもネタ切れなのか、呼び出しに大きな変化はなかった。

 はじっとえる。今日もまた。

 そして、時間が過ぎ、四時四四分四四秒まであと少し。

 あと十分ほど。あの頭が痛くなるチャイムがひびいて、おかしくなっている部屋の空気が元にもどるのをじっと待った。

 と。


 


 と不意に、部屋を支配していたけんそうが、いきなりんだ。

 完全に。とつぜんの無音。今まで一度としてなかった現象に、はぎょっとして周囲を見回し、こしかせて立ち上がりかけた。


 


 悲鳴をあげてゆかを転がった。


「うわあ!」


 転んで、さけんで、見上げる。何のまえれもなく、音も気配もなく、背中のすぐ後ろに人の足が立っていて、きもつぶしてゆかの上で目を見開いた。


 


 えっ。とおどろいたの目の前で、立っていたきく


「は……?」


 いつしゆんちがいなくそこにいたのに、編集でちがえた画像をつないでしまったかのように、いたはずの人間の姿が消失した。この部屋に何度も来たことのあるきくの、深くうつむいて表情のうかがえない顔と、一度も見たことがない〝制服〟姿。それが目とおくにありありと残っているのに、おどろいたせつの間に目の前から、いつしゆんで消えてなくなったのだ。


「は?」


 空っぽの空間を見つめて、ゆかに座り込んで、固まる

 心臓がばくばく鳴っている。そしてぼうぜんとしながら視線を下ろすと、そこには明らかな異常があるのを見つけた。


「ひいっ!」


 

 ゆかかれたカーペットの上に、さっきまでは存在していなかった、血で書いた絵文字のようなものが、ひとかかえほどのはんに書き込まれていたのだ。

 見ると、書いてあるのは〝人間〟だった。

 単純な、いわゆる棒人間。たくさんの棒人間が、たがいに手をつないで横並びになって、長方形の中に何本も縦の線を引いて書かれた、おりのようなものを前にしていた。

 血で書かれた、一直線につながった、たくさんの人間。

 そして、それらが前にしているおりのようなものの近くに、血だらけの小さな物体が落ちていて、その真横に一言、やはり血文字で文字が書かれていた。


刊行シリーズ

断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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