ほうかごがかり 3

十話 ⑭

 



 と。

 ひゅっ、と息をんだ。

 とりはだが立った。寒気がした。今、何かおそろしいものを見ていた。

 自分の部屋に――――あれだけ入ってこられないように苦心した、自分の部屋の中に出現した、明らかな異常現象。


 何だ!?


 目を見開き、目をはなせずに、その場で身動きできなくなる。

 ゆかに座り込んだまま、自分の足元の、血の絵文字を見つめる。たくさん書かれた人間の絵文字と、それから〝たすけて〟の四文字。そして見つめているうちに、それらを書いている血が何かおかしいことに気づいて、は探究心が勝ってしまい、おそるおそる身を起こして観察のため近づいた。

 それはねんせいえてカーペットの上に盛り上がって、一部がけつしよう質にかがやいていた。

 血に、何かが混ざっているように見えた。


「塩……? 血の混ざった塩……?」


 つぶやく

 絵文字を作っている血もは、不均質に塩が混ざっていた。け切らないほどの量の塩。そしてそれの観察のために改めて絵文字の全体を見たとき、〝たすけて〟の文字の横に血まみれで落ちている、その何かを初めてきちんとにんしきした。

 それは、


 


 あぶらえののチューブだった。自分がたのまれてネットで注文したものだ。おぼえていた。

 けいあぶらえのだ。それが一目では何か分からなかったくらい血にまみれて、ぽとりとゆかに落ちている。もちろんこんなものが最初からあったわけがない。あるはずがないもの。それに〝たすけて〟の血文字がえられて――――――


「!」


 の頭の中で、情報がつながった。

 何も知らないなりに、いくつものことを、なかば直感で理解した。

 しようげきを受けた。息が止まった。まず直感したのは――――きくが、おそらくもう、だ。


「…………!!」


 きくはきっと死んだ。何かがあったのだ。

 そして、ぼうれいになってここに現れた。助けを求めて、ここに。

 そして、たぶん助けてほしい相手は、きくではない。

 もうおくれの、きくではない。


 ――――けいだ。


 れい能力を持っていたきく。『無名不思議』を閉じ込めてしまうほどの。そんなきくは、『ほうかご』で死んだ後も、ぼうれいになってまで、けいを助けてほしいとたのみに来たのだ。

 なるほどきくならば、けいのためにそれくらいのことはしそうだと、は異常事態を疑いもせず受け取った。子供のなおな直感と、オカルトマニアとしての世界観。それに何よりも、この部屋に二人が通って来ていた時の、死んだ後でもけいの後をついていきそうな、まるで忠実な犬のようなきくの態度を見ていたからだ。

 何が『ほうかご』で起こっているかは、全く分からなかった。

 だが、いまけいに危機的なことが起こっている。そして〝たすけて〟とたのみに来るということは、まだ間に合うかもしれない。

 でも何を? だからといって、何をすればいいんだ?

 ここで『ほうかご』にも行かずにいるに、何ができるっていうんだ? 最初に思ったのは『ほうかご』に行くのはごめんだということ。だいたいもう数分もすれば『ほうかご』は終わってしまう。今から『ほうかご』に加勢に行ったところで、何かするのに間に合うとは思えなかった。


「なんなんだよ、どうしろってんだよ……!」


 は頭をかきむしった。

 自分にできることがおもかばない。なんでおれに助けを求めた? おれにできることなんかあるのか?

 ここで? 何を? しかも数分以内に?

 たいして話もしなかったきく。そんなきくに言葉の足りないまま丸投げされて、さすがにうらみに思った。だがそれでも自分にできることを探して、何かないかと部屋を見回す。そして半ば無意識に何か役に立つものを持っていないかと手が自分の服をさぐる。

 と、


 さぐった手が、ジーンズのポケットに入ったれた。


 は、ポケットから、そのかたいものを取り出した。けいたい電話だ。

 いつもそうしているように、『ほうかご』の時間になる前に、電波の回線が〝通路〟になるかもしれないからと電源を切っているけいたい

 自分の体温が移ったざわりと、何も映していない画面。

 は、それを少しのあいだ見つめた。それから次に、ゆかの血文字を見る。


「………………っ!」


 そしては、なやみになやんだ様子でまゆを寄せてから。

 仕方なく決断して、ボタンをながしして、けいたいの電源を入れた。

刊行シリーズ

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