ほうかごがかり 3

十話 ⑮

 がらぁ――――――――ん、

 がらぁ――――――――――――ん、


 とすずの音がひびきわたる、ただそれだけの世界を、けいは歩いていた。

 ざくりざくりと音を立て、白い道を歩いていた。白骨をみしめて、けいは歩いていた。

 息を切らせて歩いていた。赤い空の下、黒い森に囲まれて。白骨でかれた道は、まるでれた山道のように歩きづらく、けいは痛みはじめた足と体を無理やり動かして、ひとりぼっちで延々と歩き続けていた。


 はあ、はあ、


 と何もない世界に、自分の呼吸が流れ出していた。

 胸の中から、肺の中から、命が出てゆく。足が、体が、足場の悪い道をみしめて前に進んでゆくたびに、力を使い果たして、重く、硬くなってゆく。

 それでもけいは歩く。必死で、あがくように。

 帰り道を探して。ここにいたくなかった。ここはいやだった。だが、歩けども歩けども同じ景色ばかりが続き、赤い空と黒い森と白い道ばかりで、何の変化もいだせなかった。

 ときおり、鳥居があり、その下をくぐる。

 鳥居には子供の死体がられていて、ゆらりゆらりとれている。

 れるたびに、首にくくりつけられている神社のすずが、音を立てる。


 がらぁ――――――――ん、

 がらぁ――――――――――――ん、


 と。それは夕方に流れる自治体の放送のように、てん、てん、と点在しながら、だいおんじようで今の時刻を告げる。

 今は夕方だと。ずっと夕方だと。

 その音を聞きながら、けいが延々と歩く。正気をけずられながら、歩く。

 ここから出たかった。こんな場所にいたくなかった。ここはきよで、絶望だった。食べるものも、飲むものもない、何もない世界。だがけいは思い知っていた。広大な世界に、たったひとりぼっちでじわじわと死にゆくのは、人がたくさんいる世界でえて死ぬよりも、何倍もおそろしいのだ。

 苦しいのではない。こわいのだ。

 苦しさはきっと同じだ。だが何倍もこわいのだ。

 のある存在は、このきよだいどくにはえられない。このどくにはえられない。親から生まれ、親に愛され、友達がいて社会の中で暮らしていた生き物が、を持っていることは、絶大な悲劇だった。


 こわい。

 いやだ。


 心がそれにりつぶされていた。

 出口を探して、そんな世界の中を、必死で歩いた。

 もう二度と、だれにも会えない。何も食べられない。何も飲めない。

 もう何も意味のあるものを、見ることも、聞くこともできない。もう何も意味のあることができない。何も作り出せない。何も残せない。

 それが確定している世界。の世界。

 自分はいずれこのの中で歩けなくなり、えてかわいて、もうだれと話すこともできずに、足元の白骨の仲間入りをする。


 こわい。

 こわい。


 顔を引きつらせ、必死に歩く。どこまでも。だが歩けば歩くほど、この世界に何もないという事実と、自分の足取りが世界に対してあまりにも小さすぎるという現実を、厳然ときつけられるのだ。

 あまりにも、どうにもならない。

 帰りたい。元の世界に帰りたい。

 けいは死ぬつもりだった。死ぬのはこわくなかった。『ほうかご』で死ねば、けいの存在は現実世界から失われて、母親はけいから解放されて幸せになり、けいは『学校わらし』の一人としてぼうれいの輪に加わって、何も知らない子供たちを守るかべという、せいの願いの代わりになることができるはずだった。

 そうなるはずだった。

 そのために、全てをなげうった。

 きくさえもせいにして。なのに、これはだった。これは、ただ死ぬよりも絶望で――――何よりけいに、新たな使命を、欲を、あたえてしまった。


 けいは今、の存在を知ってしまった。


 神様の世界。今なら分かる。この世界の存在を知らずにいた『ほうかご』は、のだと。

 足りるわけがない。この世界こそが、『ほうかご』の根源なのだから。

 だから、これをかないと。『記録』しないといけない。この世界の『情報』を持ち帰ることができれば、そしてみんなに知らしめれば、『かかり』が本物の『記録』を完成させるための、大きな手がかりになるはずなのだ。

 そしてけいは、『絵』を完成させることができる。

 あの足りなかった『ほうかご』の絵を完成させて――――このじんに、いつむくいることができる。

 欲が出た。希望が。

 その思いで、息を切らせて、けいは歩いた。

 肺からいきと共に命がれ出し、足から、体から、体力が失われてゆく。ざく、ざく、と子供の白骨をみしめる足。一歩ごとに足のたい久と体力がうばわれて、遠く聞こえるすずの音が、時間感覚を完全にくるわせ、正気を徐じよに徐じようばっていった。


「…………っ!」


 もう、どれくらい歩いたか分からなくなっていた。

 感覚では、一時間や二時間ではない。歩くにつれて歩みはおそくなり、息は切れ、足は棒のように動かなくなっていった。

 このままでは動けなくなる。

 元の世界に、帰ることができなくなる。

 歩かないと。だが、頭のはしでは分かっていた。

 歩いたところで、。自分が何のこんきよも希望もなく、歩いていることをだ。

 帰りたいという思いに、きように、しようそううごかされていた。

 うごかされて、帰れる保証など何もないまま、ただけいは歩いていた。

 分かっていた。

 ここから帰る方法など、何も持っていないということを。

 きっと、すでに、。それを考えないようにしていた。考えてしまえば、

 だが、


「っ!!」


 ずっと、まるで筋に針金を通したように痛んでいた足がとうとう上がらなくなり、つま先が白骨につまずいて、けいは足が折れたように、ひざから道に座り込んだ。

 こしが落ち、女の子のようにぺたんと座り込んだけい。すぐに立ちあがろうとしたが、重く重く痛む足にはどうやっても力が入らず、ただぶるぶるとふるえるばかりで、何をやっても体が持ち上がらなかった。

 動けなくなった。

 一歩も。

 動きを止めたけいの胸の中に、ずっと後ろに置いてきて、見ないようにしていた絶望が追いついて、そしてじわりと、入り込んだ。


「あ……」


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