ほうかごがかり 3

十話 ⑰

 はしに大量の絵と画材が寄せられている部屋は、空けたスペースにとんいてあったが、そこにているべき我が子が、どこにもいなかった。


「えっ……えっ? けい……!?」


 もぬけのから。

 けいたいを持ったまま、パニックになった。

 こんな、まだ外も明るくなっていない未明に、小学生の我が子が部屋にいない。今の今まで気がつかなかった。その事実は親にとって、めぐみにとって、完全に、背筋がこおるようなきよう以外の何物でもなかった。


けいっ!?」


 ほとんど金切り声のような裏返った声が、自分ののどから出た。

 ゆく不明。パニック。いつ。どうして。だが、いくら考えたところで子供がいなくなった事実は変わらない。心当たりも、全くない。

 警察。その言葉が頭をよぎる。

 そして自分がけいたいにぎりしめたままなことを思い出し、いま電話中だったことも、同時に思い出した。


「ね、ねえ、あなた、何か知ってるの!?」


 めぐみは、電話の向こうに、さけぶように言った。


けいがいないの! どこにいるか知ってる!? 何かあったの!?」

「えっ。あっ。はい。あー……えーと……」


 電話の向こうの男の子は、パニック状態のめぐみの勢いに押されたように、しどろもどろになりながら言った。


「が、学校に…………たぶん……」


 それだけ言って、電話は切れる。

 めぐみは「あっ! ちょっと!」とあわて、いつしゆんだけ迷ってれきからかけ直したが、もう相手は出なかった。それから、電源を切られたらしいアナウンス。


「…………!」


 あせった。

 手がかりがれた。

 学校、という言葉以外。

 めぐみは、つながらなくなったけいたいを手に、すぐに顔を上げた。


けい……!」


 めぐみはハンガーから最低限の上着をひったくると、ポケットに入れっぱなしのかぎたばの音をさせながら、大急ぎでパジャマの上に羽織って、そして裸足はだしくつをはいて、不確かな手がかりにいちの望みをかけて、走って家を飛び出した。



「…………これでよかったのか?」


 また電源を切ったけいたいを手に、ゆかに座り込んだは、ただ黒いだけのけいたいを見下ろしながら、ぼそりとそうつぶやいた。

 けいから、何かあった時のためにと教えられていた、母親の電話番号に電話をかけた。そして学校にいるかもしれないとほのめかした。できたのは、それだけだった。

 たったこれだけ。だが、できることをやったと思う。手元にあるものと情報全てで。

 ゆかに目をやる。カーペットに書かれた血の絵文字。手をつないで並んだたくさんの棒人間と、おりのような長方形。

 これをは、校門と推理した。

 てつごうの校門と、『学校わらし』のぼうれいの列。そしてそこで助けを求める、けいしようちようするあぶらえののチューブ。

 きくから伝えられたそれだけの情報で、もう『ほうかご』が終わりかけている時間で、ができそうなことは、これだけしかおもかばなかった。外に伝える。捜して、助けに行ってくれそうな人に。でも大人に『ほうかご』のことを伝えたら、おくさくじよされる。だから最低限のほのめかしだけに伝える情報をしぼって、それ以上はボロが出るかもしれないので、もうやりとりしない。

 短い時間で、がんばって考えた。

 これでよかったのか? 確信は、全くない。


どうじまさん、これでよかったのか……? ほんとに……」


 だつりよくしたように、血の絵文字を見ながら問いかけた。

 終わりのチャイムが過ぎた部屋は、あれほど満ちていた『ほうかご』の気配はもうざんすらなくなって、外も空がうすあかるくなり始めた世界には、すでにの問いに答えるきくぼうれいすら、現れる余地がなくなっていた。

刊行シリーズ

断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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