ほうかごがかり5 あかね小学校

四話 ④

 それを背中の向こうに聞きながら、走る。

 息を切らせて、バタバタと走って、走って、走って、げる。

 そして、階段を一階までけ下りた、その時だった。

 ずるっ、と足がすべった。足が階段からゆかんだしゆんかんかたいタイルのゆかに、うっすらと砂がまかれているのをんだかんしよくがして、思い切りくつが前へとすべったのだ。


「!?」


 ゆう感。飛び上がる心臓。かろうじて身をひねり、頭をかばった。階段に頭をたたきつけられる最悪の事態だけはかいしたが、てんとうし、激しくうでを打ちつけ、骨が折れたかのような激痛が走って、息が止まった。


「うぐっ!!」


 押し殺した悲鳴。それでも必死で、ゆかって顔を上げた。

 バールもライトもはなさずに守った。止まっているひまはなかった。早くげないと。はやがねを打つ心臓。しやくねつするうでの痛み。


「……っ!!」


 ひざを立てる。立ち上がる。

 そして、バリケードまで続くろうへ出るために、前のめりに、うっすらとした砂をみながら前を見た時────られてよぎったライトの光に、が照らされた。


「ひっ!?」


 見た。息をんだ。かんしようげき

 頭が理解をこばんだ。そこには。階段からろうに出た、そのすぐそこに、



 



 激しいもんの表情をかべ、周囲のゆかにうっすらと砂を広げて、家庭科室にあったはずのゆうなきがらが、一階のろうに、移動していた。


「!!」


 こうちよくする。動けなくなる。

 その背後で、


 ピンポーン、


 と階段の上に設置した、センサーが鳴る。

 追いつかれた。せまっていた。気配が、足音が、階段を下りてくる。

 ぺた、ぺた、と。そして、くすの目の前で、ライトの光に照らされた、ゆうの形をした砂が、そのもんに満ちた顔が、



「わあああああああああああああああああっ!!」



 さけんだ。けつかいした。

 全力で悲鳴をあげて、全力でろうに飛び出して、全てをって、全力でげた。

 走った。走った。そしてやがて、バリケードにたどり着く。はそのまま、通路をめて机が積み上がったバリケードのすきに急いですべりこみ、ガン! と音を立ててとびらがわりの机ですきめ、かぎがわりのロープをたおれこむようにして引っ張って、組み合わされた他の机の脚にふるえる手でくくりつけた。

 そのたん


 ピンポーン、


 と少しおくれて、バリケード近くに設置したセンサーが鳴った。

 そして、



 ガタガタガタガタガタッ!!



 とバリケードが強くさぶられた。

 たったいまげ込んだ、みちをふさいだ、とびらがわりの机が外からつかまれて、がそうとしてさぶられたのだ。


「………………………………………………!!」


 座り込んだ。こおりついた。動けなかった。激しくさぶられるバリケードを、大きく見開いた目で見つめながら、バリケードの内側にしりもちをつき、身動きもできずに、ただただふるえる体で、肺で、ふるえる呼吸をかえした。

 バリケードをさぶる音は、すぐにんだ。代わりに、


 ピンポーン、


 ピンポーン、


 と明らかにバリケードのすぐ向こうをうろついている、センサーの音がひびいた。


 ピンポーン、


 かえされる電子音。げられ、しかしあきらめず、しゆうねんぶかくバリケードの向こうをうろついている、かいぶつの立てる音。まるで、異常者がげんかんの前に立って、ずっとすわって、しつようにチャイムを鳴らしているかのように。

 人形頭のかいぶつが立てる音。

 

 そのじようきようがとてもみこめず、とても信じられず、はただ、バリケードの内側で固まるしかなかった。そして、この異常事態に気がついたが、おくれてあわててぱたぱたとホールにけこんで来て、となりに立って、センサーのチャイムがずっと向こう側から聞こえているバリケードを、ぼうぜんとした表情で見上げた。


「えっ……なにこれ……」


 つぶやくようにが言った。


 ピンポーン、


 ピンポーン、


 引きつったようなちんもくの中、バリケードの向こうから、ホールにセンサーの音が、かえひびく。

 そんなおそれときんちようの中に、が、反対側のバリケードをくぐってやって来る。

 そして二人も、この異常事態におびえて、縮こまる。


「………………!!」


 この日はだれも、ホールから外に出られなかった。

 心待ちにしていたゆうはるが、ホールにやって来ることは、なかった。


 ………………




 そして、水曜日。

 が夏休みの公園に呼び集めたみんなの前に、一人のとしうえの少年が立っていた。

 たくさん絵の具よごれのついたはんのリュックサックと、折りたたみ式のイーゼルを背負った中学生。古着のTシャツに、ジーンズ、ぶかにかぶったキャップ。これもやはり絵の具で少しよごれているぼうのつばの向こうから、わった目が、たちをじっと見ていた。


「……もりけい。中学二年。かみ小ってところで『かかり』をやってた」


 けいは、みんなに向かって、そう自己しようかいした。

 がそれに付け加えて、みんなに言った。


「元『かかり』の人を、見つけてきたの。アドバイスしてくれる経験者」


 何も聞かされていない、以外のみんながおどろいた。だが、その次に続けたの言葉に、みんなのふんが、どことなくしずんだ、重いなつとくに変わった。


「もう────、って思ったから」

「……」


 ああ……といったふんだった。

 もう手に負えない。全てはそれにきた。はいりよして注目しないようにしていたが、他のみんなはその最大の原因に思わず目を向けていた。

 ゆうはるの、二人に。

 死んだ二人。その後でどういうわけか生き返ってきた二人。そのとんでもない異常事態をせめて前向きに受け止めようとしたのに、『ほうかご』に来ることがなかった二人。その代わりに二人が変わってしまった化け物が『ほうかご』の校舎内をはいかいするというおそろしい事態になっていた、そんなちゆうの二人。

 その二人はみんなの視線にさらされながら、中でも一番気になる視線に向けて、視線を返していた。けいの視線に対してだ。ゆうは、ぜんとしつつしやに構えて。それからはるは、こつに不安そうに。

 初めて会う、しかもとくしゆな事情の、とくしゆかたきの人間だ。何を言われるのか、そもそも本当に信用できるのかといった、けいかいの視線を向けられながら、けいはそれらを意にかいさずに、二人に向けて問いかけた。


「……二人は前回、『ほうかご』に行けなかったって聞いたけど」

「あ、ああ」


 その問いかけに、ゆうが答える。

 そして、一度の方を見て、がうなずいたのを見て、その時の事情を語った。


「いつもみたいに準備して、時間になるのを待ってたんだ」


 たちは、すでに聞いたその話。


「でも、いつ時間になったのかも分からなかったし、チャイムの音も聞こえなかった。なんかいつの間にかてて────夢を見たんだ。俺が、夢だった」

「……」


 そうなのだ。となりに立つはるも、その話に合わせて、小さくうなずいた。



刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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