ほうかごがかり5 あかね小学校

四話 ⑤

「それで、二人は『ほうかご』に行けずに、代わりに『ほうかご』には二人の化け物が出たんだな?」


 けいは重ねて質問する。

 それにはが答える。


「……うん」

「……」


 そのこうていを、どこかおびえたように見つめる、ふた。それから差したがさかげの下で、表情を暗くして、小さくうつむく

 ゆうはるは『ほうかご』に行くことができず、代わりに夢を見た。化け物になって『ほうかご』をうろつく夢を。そして実際に『ほうかご』では、二人が変わり果てた化け物になってはいかいし、バリケードのすぐ向こうまで、を追ってきたのだ。

 じゃあ、

 分からない。何も分からない。何が起こっているのかも、何をすればいいのかも。

 相談役の『メリーさん』も、何も分からないの、ごめんね、と言っていた。だからは外部のに希望を求めたのだ。


「……」


 その希望であるけいは、問答のあと、じっとゆうはるを見た。

 そして言った。


「実は、僕らが集めた他の学校の『ほうかごがかり』の話の中に、『かかり』の人間が化け物につかまったりして帰れなくなった例がいくつかある」

「!」

「で、そのうちの何割かは────『かかり』としての自分が『ほうかご』に、という例だった。そうなったら『かかり』と現実の自分がぶんして、代わりに『ほうかご』の自分の夢を見るらしい」

「!?」


 落ち着いた、だが、どことなく人をはなすようなひびきのある声。そんなけいが語った例の、あまりにも思い当たる節に、みんなが息をんだ。


「先に君らの話を聞かせてもらって、こっちで似たような例がないか、調べてきた。残念ながら、ここの二人みたいな、存在が一回消えてから生き返ってきた例は、僕らの持ってる情報の中にはなかった。でも、これと似たようなものだとしたら、いま二人がどうなってるかの説明はつくんじゃないか思う」

「……!」


 じっと二人を見ながら、たんたんと言うけい。それを聞いて、目を見開く、ゆうはる

 ゆうが口を開いた。


「それ……俺らは……ぶんしちまったやつは、どうなるんだ?」

「わからない。ただ、もしそうなら少なくとも、こっちにいる現実の自分と、『ほうかご』にいる『かかり』の自分との、意識のつながりはなくなる」


 けいは答えた。


「現実の自分はもう『ほうかご』に行けないし、『ほうかご』に残された自分は目が覚めず現実に帰れない。今ここにいる君────現実の自分が、その後どうなるかの情報もない。僕の想像では、寿じゆみようが減ってるくらいはかくした方がいいと思ってる」

「……!」


 しようげきを受けた表情になるゆう。だが、次にゆうが口にした問いは、が思ったのとはちがうものだった。


「じゃあ……俺はもう、『ほうかご』に行けないってことか?」


 苦しげに、ゆうは言ったのだ。


「『ほうかご』でみんなが危ない目にあってても、助けに行けないってことか!?」

「そうなる」

「……っ」


 この先どうなるか分からないことではなくて、もしかすると寿じゆみようが縮んだりしているかもしれないということでもなくて、もうみんなの助けになれないことへのなげきを真っ先にうつたえるゆうに、はぐっと感情が動く。

 その気持ちが意外で、しかしあまりにも共感できたからだ。同じことになったらも、今のゆうのように真っ先に思えるかどうかは分からないが、やはりみんなを手伝えないことがつらく、心配になるにちがいなかった。


「どうにかならないのか?」

「方法は知らない」


 ゆううつたえに、けいは首を横にる。


「……くそっ!」


 けいくやしそうにするゆうから視線を外し、先生やスポーツの指導者がするように、みんなの方を向いて、言う。


「僕は、協力者といつしよに、少しでも『かかり』が生き残れるように、経験者としてアドバイスする活動をしてる」


 その流れに、みんな、自然とけいに注目していた。


「僕らは今までに、いくつかの学校の『かかり』に協力してて、それから他の、もっとたくさんの学校の『かかり』の情報を手に入れてる。でもそれだけだ。『やつら』に同じものは一つもないし、こうりやく法もうらわざもない」


 けいはみんなに向けて、想像以上に明るくない見通しを告げる。


「僕らにできるのは、僕らの知ってることを教えて、少しでもじようきようを楽にするか、じようきようなつとくするきっかけにしてもらうことだけだ」

「……」


 無言になるみんな。

 そうしてけいは、かかえたイーゼルを地面に下ろし、すいとうから水を一口飲むと、あらためてみんなに向けて言った。


「じゃあ、これから君らに、『ほうかごがかり』の説明をする」




 聞かされたのは、『ほうかごがかり』という存在は、学校の七不思議のえさであること。

 それから、その七不思議────つまりたちがたいしてきた化け物たち、すなわち『』と名づけられたきようが、どういうものかということと────思っていたよりもはるかに低い他の学校での生存率と、いくつかの悲劇の事例。


「…………」


 しばらくった、公園のベンチがあるかげの下で、けいの話を聞いたみんなの、重苦しい顔が並んでいた。

 けいの話す『かかり』は、かつてと『メリーさん』が説明し、みんなが頭の中で思っていたものよりも、はるかに危険でこくで、そしてあまりにも救いのない、なつとくのできる理由さえないものだった。

 って、ちんつうおもちで、つぶやくように言う。


「やっぱり、私たちも死んじゃうんだ……」

「やだあ……」

「そうだと思ってた。ずっと」

「思ってた」


 このメンバーの中でも、特におくびようで『ほうかご』と化け物のことをおそれていた二人。この二人にとって、ぜんめつすらつうにあり得るというけいの話は、きようであるのと同時に、自分たちのおそれが正しかったという裏付けでもあった。

 ベンチの上で、ゆうが言う。


「なあ、ずいぶん話がちがわないか? うちの学校の『かかり』は、去年はみんな無事だったんだろ?」

「う、うそじゃないよ……!」


 ずっと、一言も話さずにくすようにしていたが、そのゆうの言葉に、あわてて慣れない反論の声を上げた。


「去年は、ちゃんと……」

「いや、うそついてるまでは言わねーよ。疑うならとうより先に、初対面の兄ちゃんの方を疑うよ。まだうそまでは疑ってない。ただずいぶんちがうな、って思ってる」


 そう言いながら、ベンチに浅くこしけて、身を乗り出すようにして何度か体をらし、少しいらたしそうにするゆう。自分のじようきようと、情報の不協和音で、落ち着きがない。答えを求めるように、けいの方をじいっと見上げる。


「……僕も、全員無事だった『かかり』はまだ聞いたことがない。でも、ありえないかと言われると、ないとは言い切れない」


 けいは、折りたたんだままのイーゼルをつえのように地面について、ゆうの言葉にしばらく考えたあと、言った。


「たとえば同じ学校の『かかり』でも、どれくらい危険か、どれくらいせいが出るかは、年によって全然ちがう。僕らの知ってる話だと、できたばかりの新しい学校は、『かかり』のシステムが育ってないせいでひどいことになるパターンだった。

 でも『無名不思議』の方も育ってないし、数も少ないから、逆のパターンでもおかしくはない。君らの学校には、それぞれが担当してるやつ以外は、全然『無名不思議』がいないんだろう? 僕が『かかり』だった小学校は創立から百年以上で、担当のいない育ちかけの『無名不思議』が二十以上いた。

 そうだな……君らの学校の話を聞いて、他では聞いたことがないと思ったのは、『バリケード』だ。もしかすると早い段階でそういう大きな対策を立てたおかげで、去年まではまだ十分に育ってない『無名不思議』を有利にふうじ込めできてたのかもしれない」

「バリケードかあ……」



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