「それで、二人は『ほうかご』に行けずに、代わりに『ほうかご』には二人の化け物が出たんだな?」
啓は重ねて質問する。
それには華菜が答える。
「……うん」
「……」
その肯定を、どこか怯えたように見つめる、双子の海深と陸久。それから差した日傘の影の下で、表情を暗くして、小さくうつむく恵里耶。
湧汰と春人は『ほうかご』に行くことができず、代わりに夢を見た。化け物になって『ほうかご』をうろつく夢を。そして実際に『ほうかご』では、二人が変わり果てた化け物になって徘徊し、バリケードのすぐ向こうまで、華菜を追ってきたのだ。
じゃあ、ここにいる二人は何なのか?
分からない。何も分からない。何が起こっているのかも、何をすればいいのかも。
相談役の『メリーさん』も、何も分からないの、ごめんね、と言っていた。だから華菜は外部の知恵に希望を求めたのだ。
「……」
その希望である啓は、問答のあと、じっと湧汰と春人を見た。
そして言った。
「実は、僕らが集めた他の学校の『ほうかごがかり』の話の中に、『かかり』の人間が化け物に捕まったりして帰れなくなった例がいくつかある」
「!」
「で、そのうちの何割かは────『かかり』としての自分が『ほうかご』に閉じ込められたまま、普通の自分が現実で目を覚ました、という例だった。そうなったら『かかり』と現実の自分が分離して、代わりに『ほうかご』の自分の夢を見るらしい」
「!?」
落ち着いた、だが、どことなく人を突き放すような響きのある声。そんな啓が語った例の、あまりにも思い当たる節に、みんなが息を吞んだ。
「先に君らの話を聞かせてもらって、こっちで似たような例がないか、調べてきた。残念ながら、ここの二人みたいな、存在が一回消えてから生き返ってきた例は、僕らの持ってる情報の中にはなかった。でも、これと似たようなものだとしたら、いま二人がどうなってるかの説明はつくんじゃないか思う」
「……!」
じっと二人を見ながら、淡々と言う啓。それを聞いて、目を見開く、湧汰と春人。
湧汰が口を開いた。
「それ……俺らは……分離しちまった奴は、どうなるんだ?」
「わからない。ただ、もしそうなら少なくとも、こっちにいる現実の自分と、『ほうかご』にいる『かかり』の自分との、意識のつながりはなくなる」
啓は答えた。
「現実の自分はもう『ほうかご』に行けないし、『ほうかご』に残された自分は目が覚めず現実に帰れない。今ここにいる君────現実の自分が、その後どうなるかの情報もない。僕の想像では、寿命が減ってるくらいは覚悟した方がいいと思ってる」
「……!」
衝撃を受けた表情になる湧汰。だが、次に湧汰が口にした問いは、華菜が思ったのとは違うものだった。
「じゃあ……俺はもう、『ほうかご』に行けないってことか?」
苦しげに、湧汰は言ったのだ。
「『ほうかご』でみんなが危ない目にあってても、助けに行けないってことか!?」
「そうなる」
「……っ」
この先どうなるか分からないことではなくて、もしかすると寿命が縮んだりしているかもしれないということでもなくて、もうみんなの助けになれないことへの嘆きを真っ先に訴える湧汰に、華菜はぐっと感情が動く。
その気持ちが意外で、しかしあまりにも共感できたからだ。同じことになったら華菜も、今の湧汰のように真っ先に思えるかどうかは分からないが、やはりみんなを手伝えないことが辛く、心配になるに違いなかった。
「どうにかならないのか?」
「方法は知らない」
湧汰の訴えに、啓は首を横に振る。
「……くそっ!」
啓は悔しそうにする湧汰から視線を外し、先生やスポーツの指導者がするように、みんなの方を向いて、言う。
「僕は、協力者と一緒に、少しでも『かかり』が生き残れるように、経験者としてアドバイスする活動をしてる」
その流れに、みんな、自然と啓に注目していた。
「僕らは今までに、いくつかの学校の『かかり』に協力してて、それから他の、もっとたくさんの学校の『かかり』の情報を手に入れてる。でもそれだけだ。『奴ら』に同じものは一つもないし、攻略法も裏技もない」
啓はみんなに向けて、想像以上に明るくない見通しを告げる。
「僕らにできるのは、僕らの知ってることを教えて、少しでも状況を楽にするか、状況を納得するきっかけにしてもらうことだけだ」
「……」
無言になるみんな。
そうして啓は、抱えたイーゼルを地面に下ろし、水筒から水を一口飲むと、あらためてみんなに向けて言った。
「じゃあ、これから君らに、『ほうかごがかり』の説明をする」
4
聞かされたのは、『ほうかごがかり』という存在は、学校の七不思議の餌であること。
それから、その七不思議────つまり華菜たちが対峙してきた化け物たち、すなわち『無名不思議』と名づけられた脅威が、どういうものかということと────思っていたよりもはるかに低い他の学校での生存率と、いくつかの悲劇の事例。
「…………」
しばらく経った、公園のベンチがある木陰の下で、啓の話を聞いたみんなの、重苦しい顔が並んでいた。
啓の話す『かかり』は、かつて恵里耶と『メリーさん』が説明し、みんなが頭の中で思っていたものよりも、はるかに危険で過酷で、そしてあまりにも救いのない、納得のできる理由さえないものだった。
海深と陸久が寄り添って、沈痛な面持ちで、つぶやくように言う。
「やっぱり、私たちも死んじゃうんだ……」
「やだあ……」
「そうだと思ってた。ずっと」
「思ってた」
このメンバーの中でも、特に臆病で『ほうかご』と化け物のことを恐れていた二人。この二人にとって、全滅すら普通にあり得るという啓の話は、恐怖であるのと同時に、自分たちの怖れが正しかったという裏付けでもあった。
ベンチの上で、湧汰が言う。
「なあ、ずいぶん話が違わないか? うちの学校の『かかり』は、去年はみんな無事だったんだろ?」
「う、噓じゃないよ……!」
ずっと、一言も話さずに立ち尽くすようにしていた恵里耶が、その湧汰の言葉に、慌てて慣れない反論の声を上げた。
「去年は、ちゃんと……」
「いや、噓ついてるまでは言わねーよ。疑うなら御島より先に、初対面の兄ちゃんの方を疑うよ。まだ噓までは疑ってない。ただずいぶん違うな、って思ってる」
そう言いながら、ベンチに浅く腰掛けて、身を乗り出すようにして何度か体を揺らし、少し苛立たしそうにする湧汰。自分の状況と、情報の不協和音で、落ち着きがない。答えを求めるように、啓の方をじいっと見上げる。
「……僕も、全員無事だった『かかり』はまだ聞いたことがない。でも、ありえないかと言われると、ないとは言い切れない」
啓は、折りたたんだままのイーゼルを杖のように地面について、湧汰の言葉にしばらく考えたあと、言った。
「たとえば同じ学校の『かかり』でも、どれくらい危険か、どれくらい犠牲が出るかは、年によって全然ちがう。僕らの知ってる話だと、できたばかりの新しい学校は、『かかり』のシステムが育ってないせいで酷いことになるパターンだった。
でも『無名不思議』の方も育ってないし、数も少ないから、逆のパターンでもおかしくはない。君らの学校には、それぞれが担当してるやつ以外は、全然『無名不思議』がいないんだろう? 僕が『かかり』だった小学校は創立から百年以上で、担当のいない育ちかけの『無名不思議』が二十以上いた。
そうだな……君らの学校の話を聞いて、他では聞いたことがないと思ったのは、『バリケード』だ。もしかすると早い段階でそういう大きな対策を立てたおかげで、去年まではまだ十分に育ってない『無名不思議』を有利に封じ込めできてたのかもしれない」
「バリケードかあ……」