ほうかごがかり5 あかね小学校

四話 ⑥

 空をあおぐように、ベンチの背もたれに背を預けるゆう


「確かに、あれすげえよな」

「そうらしいな。できるなら実際に見てみたかった」


 ゆうのため息まじりの言葉に、けいが応じて言う。


「絵にきたい。想像でくことはできるけど、それだと僕の想像をえない。そういうつうじゃないものは、実際に見て、スケッチしたい」


 その言葉は今までと変わらず、表情もたんたんとしていたが、その目の奥に不意にみような情念が宿ったように見えた。ひどく暗くて────赤い情念。そう感じた。気づいたはぎょっとしたが、しかしそれはいつしゆんのことで、すぐに見えなくなり、けいはつい今しがたまでと変わらない態度で付け加えて言った。


「あとは、去年生き残った『かかり』の一部は、実は完全には助かってなくて、ここの二人みたいな状態になってる可能性もある」

「あ……」


 その想像はしていなかった。

 顔色を悪くして口元を押さえる。みんなの間に、ちんもくが落ちる。


「…………」

「まあ────とにかく、全体的にはこんなところだ。あとはそれぞれの『無名不思議』を個別にぶんせきして、地道に記録していくしかない」


 けいはまとめた。


「自分の担当の『無名不思議』がなのか、てつていてきに観察して、考えて、記録するんだ。それ以外に今のところ、やつらを大人しくさせる方法が見つかってない。だけど、逆に言うと、それが成功すれば『卒業』まで生き残る確率が上がることがわかってる。

 外見、印象、行動、変化、できるならそれ以上のものも、全部記録するんだ。

 それ以上のもの、っていうのは、たとえば『れいかん』が見たり感じたり読み取ったりする、つうの人間じゃ知ることのできない情報がそうだ。他に、つうの人間ができることだと、やつらののなんかは、有効だってことがわかっている」


 けいは言う。は気づいた。ここからは、事前に会って話を聞いていたも、まだ受けていない、じつせんのレクチャーだった。

 たずねた。


「ルーツ?」

「そうだ。やつらにはルーツがある。それを見つけて記録するんだ。これに成功すると記録の強度がだんちがいに上がる」


 答えて言うけい


「まず、やつらは『学校の七不思議』のひなだ。だから、と似てることがある。それを見つけるとやつらは未知のきようじゃなくなる。

 それから、やつらは担当の『かかり』をかいだんがい者というえさにするために、になろうとする。僕たちの人生に強くかかわる何かになって、僕たちの人生の最後という物語として、できるだけこわかいだんの結末というやり方でしよくしようとするから、それを見つけて記録することに成功すると、もう結末の見えた話になって、僕たちを殺す化け物としての力が弱くなる」

「ルーツ……」


 思わずは考える。だが考えたのは、自分のことではなかった。あの人形頭の化け物。砂になったゆうふたが担当している人体模型と骨格模型。他の子のことばかり。どうしようもない、しようぶんだった。


「たとえばだ」


 そこでけいは、手を背中に回し、背負っているリュックサックのポケットをさぐり、けいたいを取り出した。


「たとえば────えーと、こっちで色々調べたんだけど────たとえば、君らが『ほうかご』にいる時に首に巻かれる赤いリボンだけど、調べたらそれと似た、全国的に広まってたかいだんがあった」

「えっ」

「『赤いマフラーの女』というやつだ」


 も、それからみんなも、その言葉におどろいた。けいはみんなが注目している中、慣れていなそうな手つきでけいたいを操作し、そしてメモのアプリを呼び出して、「えーと……」と目を細めて内容を読み上げた。


「あるところに、一年中、いつも首に赤いマフラーを巻いている女がいた。ある男がその女のことを好きになって、告白して交際を始めた。男はいつもマフラーを巻いている理由を女にたずねたが、女は『いつか教えてあげる』と言うだけだった。やがて二人はけつこんすることになった。男はもう一度マフラーの理由をたずねた。女は『そろそろ教えてあげる』と言った。そしてマフラーを外した。そのとたん、女の首はぽろりと落ちた」


 ちんもくが落ちた。

 ひどいちんもくだった。全員、顔色を失って押し黙り、動きを止めてくし、あるいは無意識に自分の首に手をやった。

 みんな思い出していた。『ほうかご』で自分の首に巻かれているリボンのかんしよくを。それから全員が初日に見た、自らリボンを外して、それと同時に首が落ちた、本当は『かかり』の仲間としてやっていくはずだったのだろう、名前も知らない男子の死に様を。

 それから校門の前に並んで立つ、通せんぼの子供たちを。

 初日に首が落ちた男子をふくむ、その五人ほどのぼうれいたちは、全員が首に赤いリボンを巻いていた。自分たち全員の首にもリボンが巻かれているので、今までそのように意識したことはなかったけれども。


「話にはいくつかバリエーションがあるらしい。女と男がおさなじみで、どうしてマフラーをしてるのか、っていうやりとりを何度もかえす話だったり」


 そんな、みんなのちんもくの中、けいは続ける。


「それから、秘密を見せた女がそのまま男の首を切り落として、その後、赤いマフラーを首に巻いた女と、青いマフラーを首に巻いた男の、ふうの姿が見られるようになった、っていう結末だったり」

「………………」


 切れた首をマフラーでつないでかくして生活し、外すと首が落ちる人間。秘密を知った相手の首を切り落とし、仲間にする化け物。

 話を聞いているうちに、みんな、自分の首にギロチンがかかっている気分になった。

 みんなうっすらと思っているが、いつもはできるだけ考えないようにしている、あのリボンを外したら首が切れるのではなくて、実はリボンの下ですでに切れているのではないかという想像が、ありありとかんだ。

 自分の首に巻かれた、『ほうかご』のリボンのかんしよく

 そのリボンの下の首が、はだが、中身が、骨が、えいに切断されていてつながっていない、まぼろしの感覚。

 それらが、いま聞かされた話にからみつくようにして、頭に、体に。

 自分たちがかいだんの登場人物になっている想像に、感覚に、どうしようもなくおそわれる。


「こういうルーツを探すんだ。それぞれ」


 けいが言う。


「観察して、記録して、その記録をぶんせきして、それも記録する。『無名不思議』がどういうものか分かれば分かるほど、それを記録するほど、やつらは弱くなる。そのぶんだけやつらの自由がなくなって、『かかり』を殺すだけの力がなくなる。

 観察。ぶんせき。記録。『かかり』がどうしてそれをしなきゃならないか、何を目標にしてそれをするのか、っていう理由が、それだ。君らは学校が新しいせいで、そういう情報が今までなかった。今日、それを教えるから、これから頭に入れて、自分の担当してる『無名不思議』を観察して、よく考えろ。やり方は僕らが相談に乗る。ぶんせきにも協力できる。

 とりあえず────君らの担当してる『無名不思議』と似てると思うかいだんを、こっちで調べてきた。まずは、そいつらにその名前をつけるところから始めよう。それから、君らの『無名不思議』と、君らのじようきようについて、個別に話をしよう。他にも協力できることは協力する。気になることとかあったら、好きなだけ相談してくれ」


 ………………




 数時間。

 夕方になるまでみんなと話をして、けいは帰っていった。

 全員にれんらく先を伝え、また来ることを約束して。とりあえず夏休み中は週に一度、けいがここを訪ねて来るということになった。

 日のかたむいた公園で、残されたみんなは、それぞれの表情でけいを見送った。それぞれ『かかりのしおり』をわたされて、個別に何十分もけいと話をした後のみんなは、決して明るいものではなかったが、最初に公園に集まった時とは、またちがった様子になっていた。


「……」


 は疑いとも心配ともつかない、まだ確信が持てないような表情で、けいが去っていった方向をじっと見ていた。


刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影