ほうかごがかり5 あかね小学校

四話 ⑦

 は、二人でって、こそこそと話していた。おびえと不安ばかりだった最初に比べて、少し前向きな顔。絵が『記録』に有効だと知ったのが大きかったようだ。けいが絵によって『無名不思議』を無力化したことがあるという事実を知り、さらに、絵本で入賞したことがあるくらい絵が好きで得意だというのを見込まれて、けいから絵の指導をしてもらえることになったのだ。

 そして────はると、ゆうは。

 二人はけいと話したあと、どこか放心したような、がらのような顔で、公園にいた。


「残念だけど、君らに僕から言えることはない」


 けいは二人に言ったのだ。


「たぶん、おくれだ」


 二人はもう『かかり』としては死んでいると、けいは断言した。

 ゆうはるが、『かかり』として『ほうかご』にもどれることは、たぶんないと。それからこのあと二人がどうなるかも分からないと。寿じゆみようが減って早死にするかもしれないし、何事もなくつうに人生を終えるかもしれない。だが断言できることは何もないと。少なくとも生きてここにいることが、これ以上は望めないほどの幸運だと。

 そして。


 いま二人は────『ほうかご』で化け物になって、仲間をおそっている。


 きっとそういうことなのだと、うっすらと分かってはいたが、認めたくなかったことを、けいは断定した。

 二人はそれから、気落ちしたような、気力がなくなったような様子で、みんなの個別の相談が終わるのを待っていた。仲間はずれになった、しかし他に行く場所もない、そんな様子でぽつんと時間を過ごし、そのままけいを見送った。

 二人は、けいに見捨てられた。

 けいは、と二人の時に、こっそりと言った。


「君がリーダーなら、大事なのはトリアージだ」


 と。


「トリアージは分かるか? 災害なんかでたくさんのにんが出た時に、最初にりようの優先順位を決めることだ。今にも死にそうなやつと、まだ助かるやつ、先にどっちを助ける? この答えは『まだ助かるやつ』だ。一人でも多く生かして帰したいなら、おくれのやつは優先できない。難しいと思うが、おぼえておいた方がいい」


 と。


「…………」


 その〝アドバイス〟が、二人を見るの心を、重くしていた。

 いや、確かにきちんと考えれば、二人はけいが言うように、幸運だった。

 少なくともここにいる二人は、消えずにいる。あるいは消えたのに助かった。一度、この世界から本当に消失してしまった様を見ているからこそ、この幸運がどれほどのものか、には理解できる。

 だが、それでも。それでも、二人のきよだつが、心に痛かった。

 ここにいる自分と地続きだった、ちがいなく今までそう思っていた自分が、化け物に殺されて、だつらくして、仲間をおそう化け物になったのだ。どんな気持ちなのだろう。想像が追いつかない。どんなふうに声をかけていいのか分からない。

 でも────声をかけないわけにはいかなかった。

 二人は仲間で、はリーダーなのだから。

 そして、には話さなければいけないことがある。ゆうに、言わなければいけないことがある。


「ねえ……」


 は、二人がたそがれているところに近づいて、声をかけた。

 気づけばさいがすっかり落ちた空の下。それでもまだ熱が残る空気の中、公園のベンチにかげを落としていた大ぶりの木の根元で、木に寄りかかってどこか遠くを見るゆうと、うつむいてくすはる


「二人とも、だいじよう……?」

「……」


 その声かけに、二人はすぐには反応しなかった。二人とも、じっと何もないところを見つめて、何か考える表情で、だまっていた。

 ちんもく

 やがてぽつりと、ゆうが口を開いた。


「……残念だけど、俺らはもうゲームオーバーなんだな」


 そのたんたんとした、さびしそうな声を聞いて、はぐっと胸がつかえた。


「っ……」

「向こうの俺らは、バケモノになっちまったってことなんだろうな。悪りぃ、リーダー。もう助けになれねえわ」


 どこか遠くを見たまま、謝るゆうちがう。ちがうのだ。謝らなければいけないのは、の方なのだ。


「それどころかヤバいのが増えちまった。マジでごめん」

「……ちがう」


 言わなければいけない。言いづらいけれども、言わなければいけない。

 だれのせいで『ほうかご』で、ゆうが死ななければならなかったのか。


ちがう! ごめん! わたしのせい!」


 だから、は言った。言って、深く頭を下げた。


「あ? 何が?」

「話、聞いたと思うけど────くんが『ほうかご』で死んじゃったのは、わたしがくんの『記録』をしようなんて言ったからだよ!」


 とつぜんの発言におどろき、不思議そうにするゆうに、ざんする。これだけは言わなければいけなかった。謝らなければいけなかった。


「わたしがあんな提案したから、くんのバケモノも引き受けちゃって、おそわれちゃったんだよ! 本当にごめん!」


 頭を下げたまま、は勢いのまま言う。言いながらぎゅっと目をつむる。本当に申し訳なかった。言葉にしてしまうと、その申し訳ない思いが、後から後からして、止まらなくなった。なみだが出そうだった。


「ごめん、あんなこと、言わなきゃよかった……!」


 心の底から謝罪する

 ゆうは、そんなの言葉を聞いて、遠くを見ていた目をに向け、「あー……」と少し困ったように指先でほおをかいた。


「いや……いいよ。あの時は知らなかったし。俺も一応、こうして生きてるし……」

「でも、あくえいきようあるかも、って言ってた……!」

「いや、寿じゆみようとかそんな先の話されてもわかんねーし、何もないかもなんだろ? だったらいいよ、別に。俺たち失敗したけど、運はよかったんじゃね? って、くんとも話してたんだよ。な?」

「あ、うん……」


 話をられて、あわてて顔をあげ、うなずくはる


「ショックはショックだけど……ここにいる僕は別にこわかったり苦しかったりするわけじゃないし、どっちかっていうと、『ほうかご』に行けなくなってごめん、って気持ちのほうが強いんだよね。みんなはまだ『ほうかご』でこわい思いをするのに、僕らだけけちゃって、申し訳ないな、って話してた。

 なんていうかな…………死んだら復活できないゲームのアバターが死んだ、くらいの感覚なんだよ、僕。ショックだけど、正直、それほどでもない。運よく生きてけれたって気持ちのほうが強いんだ。だからちょっと、悪いと思ってる」


 はるは言う。それでもは頭を上げられない。


「……でも、ごめん」

「あー、もう、いいって。だから頭あげろよ」


 ゆうはめんどくさそうに言って、かたをばんとたたく。


「俺らがごめんって思ってるのはマジなんだから、そんなにされたら二倍になるじゃんか。もうやめにしようぜ」


 なぐさめではない。ゆうは心にもないことを言うタイプではない。

 そこまで言われて、ようやく顔を上げる。それでも表情は晴れない。そんな顔でゆうと顔を見合わせる。


「……うん……」

「はあ……」


 晴れない空気。ため息をつくゆう

 しばらく二人ともだまっていたが、ふとゆうが何かを思い出した表情になって、「あ」と視線を外した。


「そうだ、忘れるとこだった」


 そして自分の背負っていたボディバッグを胸の前にやり、ファスナーを開けた。


「リーダーにわたさなきゃいけないものがあった」

「え?」


 まどの前で、ゆうはバッグからパッケージを取り出した。ホームセンターで買ってきたしようのシールのついた、追加の人感センサー。本当なら前回の『かかり』の時に、『ほうかご』に持ってくるはずのものだった。


「あ、僕も……」


 はるもそれを見て、自分のバッグを開ける。同じく、『ほうかご』に持ちこむはずだったガジェット。き出しで持ってきたゆうとはちがって、ビニールぶくろに入れてある。


「俺らが『ほうかご』にもどれるならいいけど、もどれないならわたそうと思って持ってきた。ないと困るだろ」



刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
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ほうかごがかりの書影