ほうかごがかり5 あかね小学校

四話 ⑧

 ゆうが言う。そして押しつけるようにセンサーのパッケージをわたす。


「あ、ありがとう……」

「もうこれくらいしかできねーから」


 ぶっきらぼうに言うゆう


「考えるのが仕事なくんはまだやれることあるけど、俺はマジで役立たずになるから」

くん……」


 くやしそうな感情がにじむ。はそれに対して何を言えばいいのかいつしゆん迷って、押しつけられたセンサーを、複雑な表情で受け取る。


「そんなことないよ、いてくれるだけでも心強いよ」


 そして言う。うそではなかった。

 いてほしいと思っているのは本当だった。だが、これを言った自分の意識が、死を目の前にしたしんせきに対して、心にもないなぐさめの言葉を口にしているのと同じなことに、あらためて気がついて、思わずどうようした。


「……サンキュ」


 そして、ゆうが同じように受け取ったことも、には分かった。

 言葉が出てこなくなったから、ゆうは視線を外すと、ボディバッグのファスナーを閉めて、元のように背負い直した。


「じゃあリーダー……後はたのむ」


 そして言う。視線を合わさずに。


「あ……」


 は、そんなゆうにかける言葉が思いつかず、呼び止めることもできずに、ゆうが自転車の方に足早に向かい、乗って走り去るのを見送ることしかできなかった。




 もりけいは、顔合わせ翌日の昼過ぎに、えんどうの家を訪ねた。

 いつものはん製リュックサックとスケッチブック、それから片手にげたかみぶくろに入れた、何枚かの小ぶりなサイズの油絵。インターフォンを押して、げんかんに出てきたお母さんに招き入れられたけいは、家に上がりながら、お母さんがげんかんに入ってすぐのところにあるドアをノックするのを見る。


ー! もりくん来たよ! !」

「一回で聞こえるよ、うるさいな!」


 大きなノックと大声で呼びかけるお母さんと、部屋の中からり返すとの、だいたいいつも通りのやり取りを見てから、けいはドアが開くのを待つ。

 お母さんの気配がなくなるのを見計らって、中からドアのかぎを外す音。ドアが開き、ねこで不健康な顔色のすきから顔を出す。


「来た」

「ん……」


 あいさつとも言えないあいさつわして、けいを部屋に入れる。

 れいぼうのきいた部屋は、足のみ場もない。座とノートパソコンがある小さなテーブルの周辺以外のゆかは、山積みの本が林立していて、ろくに移動できる場所がなかった。

 そしてかべ沿いに────ずらりと並んだ、空っぽのほんだな

 これは、ほんだなを動かしてドアをふさぎ、そこに本をめこんでおもにすることで、ドアを開かなくするための独自のふうだった。

 部屋にある全ての〝開くもの〟をてつていてきにふさいでしまえば、『ほうかご』への〝入り口〟がなくなる。はこうやって『かかり』への呼び出しをきよして二年間の『かかり』を乗り切ったのだが、『卒業』してもう『かかり』ではなくなって一年以上ったはずの今も、毎週金曜日のこの習慣をやめることができなくなっていた。

 もしも、万が一、呼び出しのチャイムが聞こえたらという想像が、金曜日になるたびに頭をよぎって、こわくてやめられないのだ。

 は今も不登校だ。

 そしてそのせいで、このの部屋は、出会ったばかりの『かかり』だったころと、変わらない状態だった。

 そのころと大きなちがいがあるとすれば、部屋のはしの一角に、油絵のかれたキャンバスとこんぽう資材が置かれていること。元はせいっていた、ネットでけいの絵をはんばいするきよてんとしての役目を、今はいで、けいの画材代と、それから二人の『ほうかごがかりのしおり編集委員会』の活動資金にしているのだ。

 ここは『編集委員会』のきよてんだった。


「これ。新しい絵」

「ああ、そっちに置いといてくれ。あとでさつえいしてネットにのせるから」


 かみぶくろを差し出すけいと、座もどりながらこんぽう場所を指さす。部屋の一角に、けいが持ってきたものと同じような絵と、こんぽう資材が集めてある。けいだまってその近くにかみぶくろを置き、のテーブルの対面にあぐらをかいてこしを下ろす。

 が言う。


「で……行って来たんだろ? どうだった?」

「いいじようきようじゃないな」


 けいは答えた。

 そして、あかね小学校の『かかり』全員と顔を合わせ、話をした、その内容と感想を、に話して聞かせた。


「……なーるほどなあ。やばそうだな」


 そうしてしばし。ガラスポットからマグカップに麦茶をそそいで飲みながら話を聞いたは、やがてけいの話が終わると、ごとのようにそう感想を述べる。

 けつしたマグカップを、テーブルに置く。同じようなカップを置いたことがあるらしい、天板に丸いあとがついたノートパソコンの画面に目をやって、今まで得たあかね小学校についての情報のメモを見て、ため息をついて言う。


「まあ、『しおり』もないのに、おれらのトコにたどり着いたくらいだからなあ。そんだけめられてるのは当たり前か」

「初めてのパターンだからな」


 うなずくけい


「だからできるだけ力になってやりたいけど、『無名不思議』の方も初めてのパターンでどう対応すればいいのか分からない。〝死にもどり〟が二人もいるのは初めてだ。だいたい〝死にもどり〟自体、見るのが二回目だ」

「ほとんど何も分かってないからなあ。というか同じ〝死にもどり〟でも、本当に同じものなのかも、だいぶあやしいんだぜ」


 お手上げ、とばかりに軽く両手を上げる


「同じように見えるけど全然ちがうとか、つうにあるだろうしさ」

「だと思う」


 こと『無名不思議』に関しては、本当に何も信用できない。何が起こるか分からないし、見た目がそうだからといって、その通りである保証はない。むしろそういったものから予想して決めつけるのは、逆に害になりかねない。

 けいは言った。


「ていうか、いくら『無名不思議』でも、人間が本当に生き返ったりするのか? 僕はあやしいと思ってる」

「……お前、それ本人に言ってないだろうな?」

「言ってない」

「よかった」


 あまりにもたんたんとしたけいの物言いにを覚えたの問いは否定されて、は胸をろした。


「言わないよ。いくらなんでも」

「いや、お前、絵と『無名不思議』に関しては無茶苦茶やるからな。言ってても全然おかしくない。人の心がないまである」

「なんだよそれ」


 不満そうにまゆを寄せるけい。だがけいがそんな表情をしても、自分の意見をゆずる気のないは、ただかたをすくめて受け流す。

 そして話題をもどして言った。


「まあでも、『無名不思議』が、ただつうに生き返らせるはずがない、ってのは、おれも同意するけどな」

「だろ」

「どうも話を聞いてると、そいつらは『かかり』の自分が『ほうかご』に取り残されたタイプと同じで、夢で『ほうかご』の自分とつながってるみたいだし、ただつうに『卒業』したのとはちがうと思う」


 そこでは、ふと思い出した様子になって、口調を変えて言った。


「……そういや、〝死にもどり〟の片方は、『ほうかご』で砂にされたんだろ? おれ、いま『スワンプマン』ってやつを思い出したんだけど」

「スワンプマン?」


 聞いたことのない言葉を、いぶかしそうにけいは聞き返した。


「なんだそれ?」


刊行シリーズ

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断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
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