ほうかごがかり5 あかね小学校

五話 ⑨

 そうしてほどなくして目を覚ましたはるは、そのだんとはちがっていた異様な出来事と、〝自分〟がしまった〝ゆう〟の部位のことを、なんだか脳にへばりつくようないやな感じでおぼえていたのだが────その土曜日の夜、ゆうからの電話を受けた。用件は、まさに昨夜に見た夢の話と、その夢の中で〝化け物〟のはるったのと全く同じ部分を、ゆうまえれもなくしたというものだった。


「……絶対、あれが原因だと思う」


 いつも集まっているホールの、グラウンド側の出口の外のすみはるは下ろした細いうでの先でおびえるようにこぶしにぎめ、にそう言った。

 眼鏡の奥に見える目がせられて、足元を見ている。元々、人と目を合わせるタイプではなかったが、〝化け物〟に殺された後に生き返ってきたあの日から、以後、ますますそのけいこうが強くなっていた。

 くつたくなく話すのは、ゆうとだけだ。


「電話で、くんも、夢の中で食べられた感覚をはっきりおぼえてて、ずっとその場所が気になってた、って言ってた。それより前も、生き返ってから指先の感覚がにぶかったり、体というかどうたいっていうか、こしのあたりが変につかれやすくなった、って言ってたから、やっぱ『ほうかご』で僕らが死んだことは、こっちの僕らにも良くない関係があるんだと思う」

「そうなんだ……」


 深刻な表情ではるの話を聞くいつしよに『かかり』ができなくなって、二人のいない『かかり』も安定してきて、たちとはるたちの間には少しきよができた。そのことをさびしく思いつつも、しかし二人が『かかり』からはなれられるの自体は良いことだと、できるだけ前向きに考えようと思っていた矢先の、この事件と相談だった。


「……そっか」


 は、ばしてとがらせた左手薬指のつめを気にして、手のひらにれさせながら、少し顔をうつむけた。

 そしてすぐに顔を上げる。


「そっか、わかった。じゃあ、どうしよっか」


 そうたずねる。


「何かしてほしいこと、ある? 教えて。そっちは夢で自由になんないんだよね? くんとくんがどんな感じなのか、わたしらにはちゃんとは分かんないからさ」


 もう何ヶ月もリーダーとしてってきたは、判断が早かった。不意にもたらされた良くない報告と相談に感じた不安から、はすぐさま頭の中をえて、必要なことを当事者にかくにんした。

 はるは答えた。


「うん、まだくんとはちゃんと相談してないんだけど……僕の考えでいいなら」


 こちらも最初のころとは比べ物にならないくらい、ものじのない発言。これまでいられてきた『かかり』の活動で、みんな成長しているのだ。

 だが、はるがそうして意見を言おうとした、その時だった。


 


 と急に服の背中が引っ張られ、かえった。


「うん?」


 かえった先には、の上着の背中をつまみ、しかし視線はを見ておらず、別の場所を見ていて、そしてその顔は、


「えっ、なに? どしたの?」

「……」


 気分でも悪くなったのかと思って、おどろいてたずねた。その様子にふたも、それからはるも話すのをやめてを見ると、その視線の中では、自分の見ていた方向にだまって人差し指を向けた。


「……」

「え?」


 かえった。が指さしていたのは、たちが立っているグラウンド側の出入り口から、げんかんホールのほぼ対角線上だったホールから校舎へと続く東西のろうの片方、『ほうかご』ならばバリケードがある場所だった。

 ろうが見える。

 朝なので人がいる。

 それだけだった。何を指さされているのか、には分からなかった。

 しかし分からないままに、指さされるままに、はそのあたりをじっと見つめて。そしてあきらめて答えをに聞こうとしたその時、ようやくは、その風景の中にあるみようなものに気がついた。


 かべに。

 があった。


 子供たちが通り、あるいはふざけ合っているろうの、白いかべてんじよう付近。そこに細長い明らかに子供のうでの形をしたかげが映っていて、太いロープが垂れ下がるようにして、かすかにれていたのだった。


「……!?」


 絶句した。そんな形のかげができるようなものは、もちろんろうてんじようには、いつさい存在していない。みんながう中、五本の指の形もはっきりとしているうでの形のかげが、だれにも気づかれることなく、頭上のかべでゆらゆらと小さくれていた。


「…………………………!!」


 とりはだが立った。目を見開いた。

 はるふたも気がつく。息をむ気配がした。

 だれも、何も言えずに固まっている中────その手のかげは、ぐうぜんさつかくのように、消えてくれたりはしなかった。




 かげが不意に、するするっとへびのように


 そして、ぎょっとしたたちが見ている先で、ろうまってふざけ合っている年少の男の子の、かべに落ちたかげへと向かっていくと、今まさに走り出そうとした男の子のかげの足首を五指でつかんで、その部位を


「!?」


 直後。

 男の子が激しくてんとうした。


「痛あ──────!!」


 男の子の大きな悲鳴。その声にいつしゆんろうとホールが静まり返り、次にそのせいじやくに流れ込むように、大きなざわめきとさわぎが広がった。

 たおれた男の子は起き上がらなかった。立ち上がれない様子で泣き声を上げた。その足首が異様な方向に曲がっていた。そこはまさに、たったいま彼のかげがむしり取られた部分で────そしてそれをした手の形をしたかげは、先生が走ってきてさわぎになっているろうの頭上で、当事者たちのだれにも注目されることなく、てんじように引っ込んで消えた。


「あ……」


 見てしまった。

 目の前で大きくなってゆくさわぎを見ながら、たちは立ちつくした。

 いましがたのはるの相談。それと目の前で起こったと、自分たちの見たものが、無関係だと思う者は、この中にはいなかった。

 何かまずいことが始まったのだと、そしてゆうは、おそらくそれの始まりだったのだと、だれもここでは口にはしなかったが、たちのだれもが心の中で予感し、そしてまた、確信していた。



7


「僕の考えを言うね。もしできそうなら────向こうにいる〝化け物〟の僕を、どこかの部屋に閉じこめてほしい」


 次の『ほうかご』を目前にした金曜日の、放課後の公園で、はるが口にした希望。

 ゆうと、あの男の子の。砂になったゆうの足をむしり取った〝化け物〟の自分の手と、男の子のかげから足首をむしり取った得体の知れないかげの手。はるはそれらを無関係だとは考えなかった。どちらも〝自分〟だと確信している様子だった。


「きっと、何か新しい段階に入ったんだ」


 ゆうの登校は来週からになるので、一人欠けた話し合いで、はるはそう言った。


くんのは、絶対〝あっちの僕〟のせいだ。それと学校で続いてるも。〝あっちの僕〟がってるんだ。このままだとくんか、他のだれかを殺しちゃうと思う。それを止めるために、閉じこめてほしい。僕の担当してたアレにやったみたいに」



刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影