ほうかごがかり5 あかね小学校

五話 ⑩

 はるの担当していた『青い目の人形』がいる部屋は、戸にストッパーを差しこんで、開かないようにしてふういんしていた。はるを殺したあの〝化け物〟が出てこられないように閉じ込めている。それと同じようにしてほしいというのがはるの願いだった。


「でも、できれば、でいいんだ。みんなに危険なことしてほしいわけじゃないから」


 ただ、はるはそうも言う。


「できそうならでいい。チャンスがあればで。ただ、それは置いといても、〝あっちの僕〟がどうなってるのかは、かくにんしなきゃいけないと思う。閉じこめてあるアレ────『青い目の人形』の方も。それから、くんのやつも」


 そのどれも、もう長いあいだ、たちは目視していない。センサーのチャイムが鳴った段階で、たちはすぐにげているからだ。


「もしかしたら、最悪、〝僕ら〟を『記録』するだれかも必要かも……」


 なやましい様子で言う、はる

 はすぐに決めた。


「それ、わたしがやる」

「え!?」


 はるだけでなく、ふたも、を見た。


「危ないよ!?」

「危ないよ! 絶対!」


 おどろいて言うふたが念押しするように、かくにんして言う。


「……本気?」

「本気だよ。だれかやらなきゃいけないなら、たぶんゆうあるのはわたしだし。ちゃんもちゃんも、わたしがついて行かなくても、もう平気だよね?」


 は答えて、それからふたに向けて問いかける。


「え……」

「え……うん……」


 まどいながらもうなずくふたに、もうなずく。


「じゃあ、わたしがかくにんに行くね」


 は言った。

 この『かかり』のリーダーとして。新たな問題に、対処するために。



 そして十二時十二分十二秒。

 チャイムの音。『ほうかご』。三十三回目。



『……、の、れんらくでス。

 ……は、ガっ……こウに、集ゴう、シて下さイ』



 ガリガリと不快に音割れした、呼び出しの放送。カチャ……と小さな音を立てて勝手に開いた、その向こうに深夜の学校が続いている自分の部屋のドアを、はいつものように、しかし今日は久しぶりの本物のきんちようと共に、通りけた。


「……っ」


 いつものようにめまいがして、自分を取り巻く空気のにおいと温度が、全く変わる。まだ新しい学校のにおいがする冷たい空気。それを胸に吸い込むと、はバールの重みを確かめるように、あらためてにぎり直し、ホールへ向かって歩き出した。


「…………」


 そとぐつで学校のろうを歩く、自分の足音。

 変化のない、ひどくていたいした異界のふんがある『ほうかご』の校舎だが、この数ヶ月で明らかに変わったことがある。自分が歩くときにする足音と、歩くときのくつぞこかんしよくが、最初のころとはちがっているのだ。

 さりっ、さりっ、という、かすかな音と感覚が、一歩一歩に混じる。

 すなぼこりだ。学校中のゆかというゆかを、細かいすなぼこりが、うっすらとおおっているのだ。

 心なしか、校舎内の空気のにおいも砂っぽく、グラウンドに似たにおいになってきている気がする。どうやら最初から、じよじよじよじよにそうなっていたらしく、気づいたのはかなり後になってからだ。

 そんな校舎を歩く、

 暗く、外から明かりが差しこむろう。砂のようなノイズ。すます耳。

 ノイズの向こうにセンサーのチャイムが鳴れば、それを聞き取ろうと、息をひそめる。今までは聞こえるたびにきよをとっていた。だが今日はちがう。見つからないように接近して、かくにんしなければならないのだ。

 そして、可能ならば、閉じ込める。

 見つからずに跡をつけることができて、その間にどこかの部屋に入ってくれれば、そっと出入り口を閉めてストッパーをはさめば終わるのだが、そんな都合のいい状態になってくれるだろうか。

 最悪、自分をにして、どうにかしなければいけない。

 そう思いながら耳をすまし、気配をさぐりながら、しばらく感じたことのなかった強いきんちように胸をしめつけられて、呼吸が細く苦しくなった。


「………………」


 とにかくまずは、ホールに行く。

 行って、と話をして、三人を理科室まで送り出し、後の心配事をなくして、心を落ち着けて冷静になってから、〝化け物〟のかくにんに向かう。

 校舎内を自由にうろついている〝化け物〟に、自分から近づく。

 そんなことをするのは初めてだ。今まではげるだけだった。こわくないはずがないし、不安でないはずがないし、きんちようしないはずがない。だが、他の子には任せられなかった。いちばん足が速くて、いちばん勇気がある、自分がやるしかない。どう考えても自分がいちばん無事にすむ確率が高いのに、そうしない理由は一つもなかった。


 これ以上『かかり』のみんながせいになることに、えられなかった。


 死にたくないのに、死にたくなどなかったのに、死ぬのがこわいのに、死が目前にやってきてしまった人間のなげきほど周囲の人間の心をけずる毒はない。は人の死に慣れているわけではない。人の死を知っているだけだ。その時に際してどうすればいいのかを知っているだけだ。そしてたくさん知っているから、死のかくがない人間の死が、本人と周囲にどのような毒をまき散らすかを、よく知っていた。

 見たくないのだ。できるなら。

 だから決めていた。危険が目に見えている『しごと』をしなければならなくなったら、自分がそつせんして手を挙げようと。

 じようきようがしばらく静かだったので、使う機会がなかったかく

 その時がきた。手を挙げた。理由は十分だった。ゆうを守る。はるの心を守る。名前も知らない小さい子も。ホールでのさわぎを見て実感した。上級生のお姉さんとして、小さい子がをするのを、ましてや死ぬかもしれないのを、自分にできることがあるのに、見過ごすことなどにはできなかった。

 こわくないわけはない。こわくないと言えたら格好よかったけれど、無理だった。

 手を挙げた時も内心ではきんちようふるえていたし、金曜日が近づくにつれて不安はどんどん大きくなり、今日にいたっては夜になってから『ほうかご』の時間を待つまでのあいだ、ジェットコースターの順番を待っている時のように、心臓がバクバク鳴るのが止まらなかった。

 今もだ。こうして『ほうかご』を歩いている、今も。

 自覚している。これから危険でおそろしい『しごと』をしなければいけないのだ。心臓が動きすぎて気を失いそうだ。

 手もひざも肺もふるえていて、みんなの前でこれを止められるだろうかと、そんなことばかり考えていた。親指と人差し指で小さなライトを持っている、その左手を強くにぎりしめ、とがらせた薬指のつめを手のひらにてて落ち着こうとしたが、つめさる痛みが、明らかにだんよりにぶかった。


「……っ」


 息が上がる。

 早足で歩く。

 早くみんなに会いたかった。みんなと話をして、少しでも落ち着きたかった。

 話して、笑って、空元気を出して。それでもらえる勇気がほしかった。少しでも。死地に向かうための、勇気が。

 だがその時、向かう先の教室にじわっと明かりがついて、



 



 がお

 硝子ガラスの目。

 それらの貼りついた頭から、直接びた三本のうで

 要所でもなんでもない場所に、センサーはない。なんの音も兆候もなかった。そして、なんの気配もなかった。


「…………………………!!」


 いつしゆんにして、足の先から頭まで、かんがった。

 れつしそうなほど心臓がねた。息が止まった。心がこおった。時間が止まった。

 その目の前で、


 


 と人形頭が動く。

 目と鼻の先で、子供の頭の大きさをした人形の頭部が、へびの頭のようにかしげられて、こちらを認め、そして三本のうでが、こちらに向けてした。

 しゆんかん


「わ

     あ

         あ

       あ      あ──────!!」


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