ほうかごがかり5 あかね小学校

五話 ⑪

 さけんだ。

 した。

 すぐさま背を向けて、後ろへと走ってげた。今は、今はえられなかった。何の準備もできていなかった。たたきつけるようなくつの音。自分の足音。だがその足音に、自分の背後に、明らかに追いすがってくる、気配と、肉の足音。



 ぺたぺたぺたぺたぺた……!



「────────────────っ!!」


 げる。

 げる。

 息もできないままげる。

 こわい。こわい。苦しい。頭の中が真っ白になる。れる視界。ろうやみと窓の明かりが、心をかき乱すように目まぐるしくわる。

 追ってくる足音。

 げなきゃ!

 げなきゃ!

 げ……


 


 としゆんかん、足がすべった。

 すなぼこりで。転んだ。体が投げ出された。たたきつけられた。


「!!」


 しようげき。痛み。なみだ。しかし痛がっているゆうなどなかった。せまる足音。絶望。それでもあらがうために、砂だらけのゆかにひじをついて痛みにえて身を起こし、体をひねって、目を見開いて、必死に顔を上げた。


「えっ」


 はそこに、見てはならないものを見た。

 。自分の真横にある戸が全開に開いていた。

 そして教室の中に、明かりがともっていた。

 照らされた教室の中は、

 教室の中が、かべが、ゆかが、机とまでもが赤茶けたなぐきの文字でめつくされ、それが冷たい照明に赤く赤く照らされていた。

 開いているはずのない入り口が開いていた。


 ここは────『』の部屋。


 が担当し、もはやかえりみたことのない、開けたことのない『無名不思議』の部屋。それがだれれていないのに開いていた。だれも開けていないのに。まるで、ごくへの門かなにかのように、口を開けていた。

 ぼうぜんとした。

 いつしゆんぼうぜん。だがそれはめい的だった。


 


 人形頭の異形が追いついた。に向かって手をばした。

 つかみかかった。無感情に見つめる硝子ガラスの目。そして、はるをバラバラに引きちぎったのと同じものであろう細く異様な化け物の手が、まだ立ち上がれていないに、もうげられないの目前に、大きくせまった。


「ひっ────!!」


 きように身を縮めた。

 恐怖し、目を見開き、そして反射的に、最後のていこうで、転んでもなおにぎりしめていたバールを、全身で思い切り、異形の頭に向けて真横にいた。


 ごっ!


 と重量と遠心力の乗ったバールのせんたんが、人形の側頭部にたたきつけられた。激しい手応えがして手が痛み、追いすがって勢いのついた明らかにバランスの悪い人形頭が、そのしようげきんで、かられて、真横の教室へとたおれこんだ。

 しゆんかん



 ばしん!!



 と耳が割れそうな激しい音を立てて、教室の戸が閉まった。

 あの『赤いクレヨン』の教室が、中に入ったはるの異形をみこんで、勝手に入り口を閉じたのだった。


「!?」


 目を見開いた。何が起こったのか分からなかった。

 だが理解するひまもなく、


 ばん!!


 と向こう側からすさまじい力で戸をたたかれ、そのおそろしい音としようげきへのきように、えられず、思わず強く身を縮めた。


「──────────っ!!」


 ばん!! ばん!! ばん!! ばん!! ばんっ!!


 何度も、何度も、今にも破られそうなほど、たたかれる戸。きようで動けない。座り込んでバールをかかえて身をすくませるの前で、大きな音を立てて、ゆれ、しんどうし、たわむ、教室の戸。

 ばしっ!! と戸にまった窓が激しくたたかれ、ガラスに血の手形がついた。


「ひっ!」


 しかし、それでもガラスが割れることはなく、戸も破られず、戸をたたく音はだんだんと遠くなって、まただんだんと回数を減らし、やがて聞こえなくなって、気がつくと周囲にせいじやくが広がっていた。



 シャ──────────────ッ、



 という、スピーカーかられる、砂を流すようなノイズだけが広がっていた。

 それに気がついて、まどいながら顔を上げると、とつぜん


 がらっ!


 と音を立てて、閉じていた目の前の戸が開いた。


「……っ!?」


 もはや声も出ないほどおどろ。再び身を縮めたが、中からあの人形頭の異形が出てくることはなかった。それどころか異形の姿はなかった。入り口の向こうには、赤の強いかつしよくをしたどろのようなもので、『たすけて』『だして』と無数になぐきされた、何もいない空っぽの教室が見えているだけだった。

 はるの顔をした人形頭の異形は、部屋から姿を消していた。

 何が起こったのか、理解できなかった。

 自分が助かったのかもしれないというあんさえ、その確信さえ、なかった。

 は、ふるえる手で異形をなぐりつけたバールをにぎりしめ、ただろうに座りこんで、またどこかから異形が現れるのではないかとおそれながら、とつぜんその正体を現した、『赤いクレヨン』の部屋を見つめ続けた。


 ………………



 はるの顔をした人形頭の異形は。

 それから二度と、の前に現れることはなかった。

 そして────それだけではなかった。『ほうかご』を終え、週末が明けた、月曜日。いつもそうするように登校して、『ほうかご』について報告しあうためホールのかたすみに集まったみんなの中に春人の姿はなく。


「……くん? って、だれだ?」


 それだけではなく、ゆうの頭の中からも────そしてこの世界からも、再びその生きていたしようが、存在が、完全に消えてなくなっていたのだった。

刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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ほうかごがかりの書影