ほうかごがかり5 あかね小学校

六話 ①


 学校にはるが現れなかったことと、そのはるのことをゆうが分からなくなっていたという異常事態におどろいて、あわててじようきようかくにんし。

 結果、はるの存在が消えてしまったのだと結論するしかなくなった時、みんなが集まっている放課後のホールのかたすみかげで、は文字通りひざからくずれ落ちて、みんながはじめて見る表情を失った顔で、ぼうぜんとつぶやいた。


「わたしが殺したんだ……」


 足から力がけて、まさにその『ほうかご』で負ったった、両ひざの大きなばんそうこうが、コンクリートのゆかに打ちつけられる。だがは、その痛みを感じていない様子で、同じようにばんそうこうったひじの先の、やはりばんそうこうった手と指を、ふるえるほど強くにぎりしめた。

 つまり、

 あの『ほうかご』で化け物になってしまったはるが、『赤いクレヨン』の部屋にわれて死んだ。そしてきっと、きっとそのせいで、こちら側のはるも消えてしまったのだ。そう理解するしかなかった。

 一度はるが死んだ時と、じようきようが同じだった。

 二度目の死。それをやったのは自分だと、ショックにひざをつく。そして────そんなが、いったいなににショックを受けているのか分からずに、まどっているゆうという、前回とはちがじようきよう


「つまり、そのくん、って仲間がいて、死んだせいで消えちまったってことか?」

「そうだよ、くんと仲良かったんだよ……!」

「……」

「ほんとに忘れてるの?」

「……全然わからねえ。言われてることがマジでわかんなくて、すっげえ気持ち悪りぃ」

「っ……!」


 加えてそのゆうの反応が、のショックを大きくしていた。

 他のみんなにとってもだ。ゆうにだけにんしきできない、しかしだからこそ、あまりにもざんこくじようきよう。ひどすぎる。あんまりだ。こんなの。それに何より、前回はそうではなかったのに、今回ゆうはるのことを忘れてしまったということは、本当にゆうが『かかり』の仲間ではなくなってしまっているのだという、決定的なしようきつけられたのだ。

 部外者はみんな、死んだ『かかり』のことを忘れてしまう。

 部外者なのだ。もう。ゆうは。ゆうが。

 そして、


「わたしがやったんだ……」


 その引き金を、自分が引いてしまったと、殺してしまったと、へたりこむ。そんなの前に、あわててしゃがみこんで、支えるようにりようかたに手をれさせて、説得するように言う。


「じ、事故だよ、こんなの、こんなことになるなんて、だれにもわからないよ……」


 そう、必死で。


「責任感じることなんかないよ、だれだって、おそわれたらていこうするし、そうしなかったら、五十嵐いがらしさんが大変なことになってたんだから、仕方ないと思う」


 だがその言葉も、今のには届かない。


「…………」

「少し、休もうよ、ね、五十嵐いがらしさん、ずっとがんってきたんだから、休んだ方がいいよ」


 は言う。


「代わりに、私が、がんるから。今まで五十嵐いがらしさんがやってくれてたこと、ほんとは、私がやらなきゃいけなかったことだから……」


 今まで自分たちをまとめていた柱が折れそうになっている。そんなじようきようを、必死でどうにかしようとする


「…………!」

「…………」


 が、出そうとしつつも出せない手を宙にかせて、その様子を見ていた。

 自分たちもはげましたいけれども、どうにかしたいけれども、何もできないし、何も言えない。そしてが、そのとなりと同じようにしながら。しかし心の中で、ひそかに考えていることがあった。


 …………



 ふたとして生まれた。

 生まれた時からいつしよにいる。見た目は同じで、みんなからは、性格も好みも考えていることも、何もかも同じだと思われている。

 実際、二人で一人だと思っていた時期もあった。といっても、すごく小さいころの話だ。今はもちろんちがうと思っている。ゆうの質問にも答えたように、二人はただ、同時に生まれただけのきょうだいで、ものすごく近いけれども、ちがう人間だ。

 いつしよにいると周りの人は二人をひとかたまりであつかうし、確かにそんな時には、話し方とかタイミングとか、反応とか表情とかが似るけれども、それはみんなが期待しているような、二人にふたの不思議なつながりがあるからじゃない。つうのきょうだいだって、何なら友達同士でだって、話す言葉とかが似てくる。たちも、ただ二人のとしが同じなせいで、いつだっていつしよにいさせられる、長く過ごしすぎているきょうだいだから、似ているのだ。

 同じように見えるかもしれないけれど、考えていることは、心は、ぜんぜんちがう。少なくともはそう思っていた。同じなわけがない。ふたとはいっても、ちゃんと分かれたちがう人間なのだから。

 本当は。


 は────と思ったことがあった。


 のことを、友達も先生も両親もしんせきも、みんな二人で一人として平等にあつかうけれども、はそれを内心で不満に思っていた。だんは別にいい。ただ、たった一つだけ、どうしても許せないことがあった。

 だ。

 ふたの合作として、賞をった絵本。あの物語も、絵も、そのどちらも、本当はほとんど全部、が考えていたものなのだ。

 あの絵本は、放課後の学童クラブで遊びながらいたものだ。が考えて話を作りながらいて、はそれを聞いて楽しんだだけ。ただそれだけの遊びだ。考えたのもいたのもで、はただ質問や感想を言ったりして楽しみ、いた絵に、少しだけ好きなものをき加えたりして遊んでいただけなのだ。

 その時はただ楽しかった。それだけの遊びだった。

 だが、それを見ていた学童の先生がコンテストに出すことを提案し、そして忘れたころに大きな賞をってもどってきた。

 

 えっ、と思って、いつしゆんで頭のしんが冷えたのをおぼえている。なつとくいかなかったが、それを言い出せるふんではなかった。自分以外の全員が大喜びしていたからだ。先生も、両親も、祖父母も、それから、も。

 取られた、と思った。

 あれは『ふた』の作品ではなくて、『』の作品なのに。

 だが他のみんなにとって、親にとってさえ、ふたは二人で一人で、平等で、それ以外のあつかいは最初から頭になかった。がもっと小さな子供だったころなら、それでなおに喜んでいただろうが、今はもうちがった。二人はちがう人間だ。同じことをしているわけではないし、だから結果を平等に分け合うのもちがっていた。ちがうと思った。

 絵が、物語が、絵本が好きなのは、『ふた』ではない。『』だ。

 本当に好きなのはだ。も好きではあるのだろうけれども、自分で考えてくほど好きなのは、だけだった。

 だいたいは、とくらべて、ものを深く考えていない。だんからそうだ。ちゃんと考えていないし、ちゃんと見ていない。よく考えずに暮らしていた。とでは、周囲のものへの解像度が、ぜんぜんちがっていた。

 は、目の前にあるものに、ただ反応して生きている。


刊行シリーズ

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