上巻

一話 空とワンダー ⑥

着地するが早いか、男の子は再び私を地面に転がすと、何やら空中に人差し指でA4ノートぐらいの長方形を描く。するとそこに、まるでゲームのメニューでも開くように、透明な薄い光の板が出現したのである。

 男の子は光るパネルにそっと触れると、スマホを操作するみたいに、指を上下に滑らせた。


「“カンパネラ”は在庫切れ。“トーチカ”もこの足場じゃ出せない。温存してもしかたないか。役に立ってもらうぞ、ランクS」


 男の子はパネルをタップし、告げた。


「来い――“フェアリ・テイル”」


 まもなく、彼の目線の高さにまばゆい光が集まり、光のひとつひとつが糸のように撚り合わさり、一本の槍が生み出された。

 実体化した槍を手に取った男の子は、魚に背を向け建物のふちまで歩き、そこで身を翻した。

 同時だった。

 まるで筋肉を収縮させるようにぎゅっと縮んだ魚群は、一気に突撃を始める。

 ギョロリと動く無数の目玉が捉えているのは、男の子たった一人。


「ねえ、またヤバいのが来るって! ねえ!」

「大丈夫だ」


 男の子は魚群に真っ向から向かい合い、助走をつけた。その鋭い視線を高く持ち上げ、全身をぎゅっと捻り、そして――。


「一撃で潰すから」


 槍を放った。

 ギィン、と、そんな音がした。人が何かを投げるときに音が出るのだと、私ははじめて知った。

 魚群の迫力に負けない、いやそれ以上の勢いで打ち出された槍は、先頭の魚の頭へと突き刺さった。

 その瞬間。

 濁流のように虹の光が溢れ出したのである。

 虹の爆発だった。

 頭の中が焼かれそうなほど眩い光に、意識が朦朧とする。


「うっわ。やば」


 爆発は、まるで空間ごと抉り取るように魚群全体を飲み込むと、一気に縮んで小さな光の粒になって、消失した。失った空間に流れ込む空気が、突風となって私のツインテールをコイノボリみたいに宙に遊ばせた。

 私は心の中でガッツポーズを決める。

 こんなメチャクチャなものを見せられたら、流石のセンセーも、物理教師を廃業するかもしれないな……。

 いかにもゲームっぽいメニュー画面と、どこからともなく取り出される武器アイテム、それにぶっ放される謎の必殺技。言いたいことは山ほどある。すべてのことがメチャクチャで、トンデモなくて、胸焼けがしそうだ。

 それでも、一つだけわかったことがある。

 私は出会うべき人に出会える日を、ずっと待っていた。

 今日がその日だ。

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トンデモワンダーズ 下 〈カラス編〉の書影
トンデモワンダーズ 上 〈テラ編〉の書影