Case3:福田武男 ADEM本部、取調室
福田は暗い取調用の一室で、一人静かに座っていた。
クーデターを起こした海星の副司令であり、黒川謙の右腕だった福田に対し、これから行なわれるのは尋問だ。尋問はADEMのトップ伊達真治が直々に行なうという。異例中の異例だろう。
あの黒川がずっとライバル視していた伊達とはどのような人物なのか、見極めたいという気持ちもあった。いま、自分はテロリストの烙印を押された犯罪者だが、どんな恥辱にも耐えてみせると決意を固くする。
尋問が開始される時間になる二分前に伊達は現われた。
「伊達真治だ」
「存じ上げています。黒川司令からよくあなたのことを聞きました」
「私も君のことは蓮杖から聞いている」
伊達は書類を机の上に置くと、丁寧に広げた。見た目は眼光が鋭く威圧的に見えるが、所作の一つ一つが丁寧で、予想外に柔らかな物腰は品の良さを感じさせる。
――黒川司令と似たところがあるな。
それからいくつか言葉を交わすとその印象はますます強くなった。
おそらく黒川と伊達の違いはほんのわずかだろう。そのわずかな差がADEMと海星の違いを生んでしまった。伊達という人間を見極めることが、黒川の弔いになるように思えた。
福田は決意も新たに伊達と対峙した。いや対峙しようとした。
しかし、そのとたん、あまりに予想外のことが起こり、身体が硬直してしまう。
「う、あ……」
思わずうめき声が出た。
「どうかしたのか?」
不審に思った伊達から質問をされても福田は上の空だった。伊達の人となりを見極めようと思っていたが、それどころではなくなってしまった。
――なぜあの娘がいる?
伊達の後ろに、突然峰島由宇が現れた。伊達が由宇を連れてくるとは完全に予想外だ。鋭い眼差しでじっと福田を見ている。ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。
福田は由宇を捕えたとき、フリーダムの中で彼女がいかに暴れ回ったか知っている。たとえ自分がいかなる重火器を持っていても、この少女には勝てない。ましていまは丸腰だ。
少しでも不穏な動きを見せてしまったら、峰島由宇はあっというまに自分を取り押さえてしまうだろう。いや考えた瞬間に見透かされ、一秒で床にたたき伏せられそうだ。
「まずは君たちの処遇を明確にしなければならない。私のほうからいくつか質問をする。協力的な態度であることを望むが……」
伊達が話している間、由宇はゆっくりと福田のまわりを歩き出した。まるで狩りをする肉食獣が獲物を品定めをしているかのようだ。
視界の左側から消えて足音のみが聞こえてくる。背後で足音が止まる。すぐ後ろに気配だけがある。つま先で床を叩いていた。
「どうした? 気分が悪そうだが」
伊達が問うてきた。どうしたもこうしたもあるものか。世界一危険な人物が背後にいるというのに。
「少し落ち着いた方がいい。まだ尋問は始まってすらいない」
これが伊達という男か。黒川と似ていると思ったが、やはり本質は違う。こちらの胆力を削りにきている。ヘビのようにねちっこく、こちらがまいるのを待っているのだ。
――いや、やはり似ているのか? しかし、なぜ峰島由宇が……。
かつんかつんと足音が再開した。右側から現われて今度は伊達の背後に立つ。
福田は思わずのけぞって、椅子ごとひっくり返りそうになった。
「ふむ、思ったよりも落ち着きがないな、福田武男。それとも緊張しているのか?」
由宇は話しながら冷酷な笑みを浮かべる。そのまま今度は伊達の肩に肘をついて福田に顔を突き出した。伊達はいっさいとがめる様子もなかった。その傍若無人な振る舞いは、この世に自分の敵になる人間などいないと言いたげだった。
「ああ、ああ……」
福田のうめき声に
「何か気になることがあるのか?」
伊達が不思議そうに問う。
「その、あなたが峰島由宇を連れてくるとは思っていなかったので……。それに、そのようなふるまいを許していることが意外で」
伊達が怪訝な顔をする。
「峰島由宇を連れてきた? 何を言ってるんだ?」
「何ってすぐ背後にいるではないですか。あなたの肩に肘を置いていますよ?」
福田は青い顔をしたまま伊達の肩を指差す。
伊達は後ろを振り返った。
「誰もいないぞ」
「え、でも……」
伊達は顎に手を当て数秒考えていたが、
「君が嘘をついているとは思えない。いま見えているものを詳しく説明してくれないか?」
と落ち着いた声で福田に申し出る。
峰島由宇は恐ろしいが、伊達真治という人物を、黒川が高く評価していた理由は解る気がする福田だった。