一章 真・オフライン会合IMAGINE ①
俺が通う県立前ヶ崎高校では月に一度、朝に全校集会がある。
体育館で集会の開始を待っていた俺は隣に並んだ友人に声をかけた。
「速報、俺氏ついに嫁ができる」
「はっ、今年何人目だよ西村」
クラスメイトが呆れた様子で言い返した。
西村ってのが俺のリアルの名前だ。
いや、リアルの、とか前置く必要もなく、普通に俺の名前なんだけど。
ネットにどっぶり浸かってると、現実のことに一々『リアルの』って前置きをする癖がついたりしないかね?
「いやな、それが聞いて驚け、一人目だ」
「大嘘つくな、嫁とか三ヶ月毎に変わってるくせに」
真面目に言ってみたんだけど、思いっきり否定された。
あの、返事まで一秒もなかったんだけど。
そこまであっさり言い切らなくても良いんじゃないかな。
「もうちょっと他のリアクションないか? マジで結婚したのか!? みたいなの」
「ねーよ」
「お前に彼女ができた時点で既に心臓が止まるぐらい驚くけど」
「二十年後ぐらいに結婚したって連絡が来ても滅茶苦茶に驚くな」
「異論はねえけどもうちょっと言い方があるだろ!」
他のクラスメイトまで乗ってきて、随分と酷い言い様だった。
その内一人はいぶかしげに眉をひそめると、
「ってか何なんだよ、嫁って」
「こいつの言う嫁って、ただのお気に入りキャラだよ」
「そーそー、『俺の嫁』ってヤツ」
「うわ、キモッ」
「やめろよ! ガチトーンで言われると傷つくだろ!」
俺は頭を抱えて、わざとらしくダメージを受けてみせた。
といっても傷ついて見せるだけだ。実際はそんなにショックじゃない。
これはなんというか、一種の処世術みたいなもんだ。
学校のクラスってさ、どいつもこいつも何かしらの『キャラ』みたいなのを持ってないかな。
運動部所属のスポーツマン、音楽には詳しいバンドマン、成績の良い委員長タイプ、ちょっと柄の悪い不良系、みたいなヤツな。
でも俺は成績が中の中、部活は帰宅部で趣味はネトゲ。もうリア充できる要素なんて一つもない平凡な男子高校生だ。
そんな俺がそれなりにクラスで生きていこうとキャラ作りを試みると、その結果は──。
「西村、本当にガチオタだよな……」
「俺はそれで人生楽しいんだよ、放っといてくれ」
「まあその嫁、今度紹介してくれよ」
「モニターから西村の嫁を取り出す方法を調べるのが先だろ」
そう、オープンオタクになってしまったのだ。
でもさ、これが意外と楽なんだ。オタキャラって結構需要があるもんだから、クラスでは何をはばかることなく生きていけるんだよ。
例えば、そう。
「そういや西村、芸人のジャンボ佐藤がネットで生放送してるって聞いたんだけどマジ?」
「ああ、マジマジ。昨日もやってた」
「うっそ、おもしれえの?」
「聞けばわかるけど、これがもう超つまんねえから」
「だよなー! だと思った!」
こんな話をする時に、俺の存在が欠かせないらしい。
オープンオタクは『そういうネタならこいつに聞いとけ』という需要がある。
オタっぽい話を振って大丈夫な相手、という安心感を提供できるのだ。
ネットの生放送なんて話だが、俺が当たり前の様に『見た』と言ったせいか、クラスメイトはほっとした様子で話を続ける。
「あいつ、どうせ一発ギャグしかできないんだろ?」
「そうそう、どのコメントにも返し一緒なんだよ。そいつはジャンボだ! って」
「コメント荒れまくりだろそれ」
「それだけなのにたまにハマるのが怖いけどな」
会話に乗ってくる他のクラスメイト。どうせこいつらは自分で生放送を見ていたに違いない。
でもそれっぽいことを言ってオタ扱いされるのを避ける為に、わざわざ俺を介してからこの会話をするのだ。
何せ思いっきりオタク宣言をしている俺と話している限りはオタクっぽい話が許されるという免罪符が与えられる。
それ以外に話題のない俺に付き合ってやっている、という言い訳だよ。
「一発芸人とかどうでもいーんだよ。あー、彼女ほしー」
「悲しい話するのやめろよお前」
「嫁ならいるぞ」
「悲しい話するのやめろよ西村」
勿論こうやって普通の話にも絡める。
自分を隠さなくて良いし、サブカルの話題なんて幾らでもある。リア充っぽい話について行けなくても、それが俺のキャラなんだから何も問題ない。
我ながら結構上手いことやったな、と思ってたりする。
唯一の問題は────女子からの視線、かな。
「きっも……」
と、俺達の斜め後ろからそんな声が聞こえた。
「まーた気持ち悪い話してる。オタクマジ気持ち悪い。近寄んないでよね、本当に」
そちらに顔を向けると、そこには冷たい視線で俺を睨むクラスメイトの女子が。
オープンオタクなんてやってると、やっぱ『キモイ』だの『ウザイ』だのと言われる機会はある。ちょっと腹は立つけど、やっぱそれが普通の女子校生なんだろうな。
あの子の名前は確か、瀬川なにがし、だったと思う。
「なんだよ瀬川、オタク一纏めで気持ち悪いみたいに言うなよ。世の中にはワインオタクとかフラワーオタクなんかの洒落たオタクもいるんだぞ、そういう人に悪いだろ」
形だけ言い返した俺に、瀬川はさらに視線を細めた。
「っつか、西村が気持ち悪い」
「ぐうの音も出ないからやめてくれ!」
「ああ西村、可哀想に。事実って痛いよな」
「いくら本当に気持ち悪いからといって、気持ち悪いとはっきり言わなくてもいいのに」
「お前達の方がよっぽど酷えよ!」
まあ、こんなのだからさ、絶対彼女とかはできないんだよな。
自分でも正直諦めてる。俺にはもうゲームがあればそれでいいんだ。
「でも瀬川、口だけマシなら可愛いのになあ」
「知ってるか、隣の前田が告って粉砕されたらしい」
「勇者だなおい」
「アイツもオタっぽいよな。そういや西村みたいなヤツが好きそうだよな、瀬川って。ほら、顔はそれなりだし、背は小さくてツインテールだし」
ひそひそと話すクラスメイトに促され、さっきの子に視線を向けると、
「んー、それでツンデレならいいんだけど、あいつツンしかないから……う、わ……」
それはそれは猛烈な殺気の籠もった瞳と目が合った。
「……あんた、本気でぶっ殺すわよ」
「すんませんでした!」
「西村を、西村を許してやってくれ! こいつはただツインテールを愛しているだけなんだ!」
「マジで気持ち悪い……あたしと同じ所で空気吸うのやめてくんない?」
「酷い!」
そこまで言うことなくねえ!?
びっくりして身を動かしたところで、隣のクラスの女子と肩が当たった。
「きゃっ……」
「あ、ごめん。大丈夫?」
「ぁ、いえ……」
その子は怯えたように身を引いて、ふるふると首を振った。前髪が長い上に俯いていてよくわからないが、本気で怖がられているみたいだ。
そんなに怖いですかオタクが。
そうですよね、近くに存在してごめんなさい。
ま、世間のオタクに対する目なんてこんなもんだよな。
「そろそろ集会が始まるわー、全員静かにしなさーい」
クラスの前方でうちの担任がだらだらと言う。二十代前半、未婚の女教師。若い割にやる気は見せないが厳しくも言わない、極々普通の国語教師、斉藤先生だ。うぃー、と適当に返事をしながらクラスメイトが口を閉じ始める。
『おはよう、皆。会長の御聖院だ。これより全校集会を始める』
そして生徒会長の平静な声が響き始め、集会が始まった。その美貌と自信満々な態度で当選したと噂される会長の姿をぼんやりと見ながら、俺は小さく溜息を吐いた。
いや、本当にリアルじゃ女の子に縁とかないんだよ。
マジマジ、全然ないの。
でも、でもさあ。
俺に嫁ができたってのは、本当に本当なんだけどなぁ。



