一章 真・オフライン会合IMAGINE ③
ああもう、ったく。
せめてもう少しまともなヒーラーが居れば楽になるんだけど。
◆シュヴァイン:おいルシアン、自分の嫁に対してその発言はないんじゃねえか、なあ?
◆アプリコット:うむ、これはドメスティックだな
◆ルシアン:酷いことされたのは俺の方だよ! それからドメスティックって家庭的って意味だからな!
ちょっと怒るとこうやって言われるしな! 結婚なんてしたせいで余計に甘やかすしかなくなったじゃないか!
◆ルシアン:とりあえず後何回かは敵を運んでくるから。アコ、無理しなくて良いから俺が死なない程度に頼むよ
◆アコ:はーい、頑張ります
アコは元気よく言った。
出発する直前、ぴこん♪ と軽い音と共にチャットウインドウが開いた。
◆アコ:ありがとう、ルシアン
続いてもう一言。
◆アコ:だいすき
要するに、断れなかったのだ。
ネカマにプロポーズしたトラウマがあるから結婚とか無理なんだよ! という俺の訴えを押しのけるほどの熱意で迫られた結果、ふがいなくも押し切られてしまった。
ゲーム内で嫁ができてしまったのである。
◆ルシアン:ああ、疲れた……
◆アプリコット:ルシアン、経験値は増えたか?
◆ルシアン:まあ一応は
全員で町に戻り、勝手に溜まり場にしている喫茶店に集まった。
高級感のある木目調の調度品に、落ち着くBGM。雰囲気の良いお気に入りの店だ。
その店内に置かれた椅子の一つに座らせた俺のキャラクター、ルシアンのぴったり真横に、当たり前の様にアコが座った。
◆アコ:お疲れ様です。ルシアン、何度も殺しちゃってごめんなさい
ぺこぺこと頭を下げ、アコのキャラクターがチャットの吹き出しを表示した。
吹き出しの中に書かれているのがアコの発言だ。吹き出しが出るだけあって周りの人全員に同じ台詞が見えている。
◆アプリコット:確かに今日は普段より危なかったな
◆アコ:だ、だって……
ぽんぽんと打ち込んだ俺の言葉の後に、ピコン♪ と軽い効果音が鳴る。同時にゲーム画面上に新しいウインドウが表示された。
現れたのはアコからのささやきチャット。
ウィスパー、WIS、TELLなんぞと呼ばれる他人からは見えない二人だけの会話窓だ。吹き出しで行うチャットと違い、こちらでどんな話をしても聞かれる心配がない。
皆と居る時にもアコはこうしてささやきチャットを飛ばしてくることがよくあった。
◆アコ:だってもっとルシアンと話したかったから……
「またそんなことを言ってなぁ……」
ゲーム内ではそろそろ一年の付き合いになろうかという仲の良い友人アコ。
こいつが俺の嫁だ。
自分でも何を言っているんだと思うが、本当に俺の嫁だ。
出会いは一年ほど前だろうか。初心者丸出しだったアコに簡単なアドバイスをしてからの付き合いだ。内容はログアウトの仕方とか、そういう話だったと思う。初心者がゲームを終了する方法がわからない、なんて本当によくあることだ。何も珍しい話じゃない。
しかし完璧な初心者だった彼女は、それこそ鳥の雛が初めて見たものを親だと思うように、最初に助けた俺にすっかり懐ききってしまった。
その時丁度猫姫さんに玉砕してギルドを抜けていて悲しいソロプレイをしていた俺はなんとなくアコの面倒を見てしまい、気がつけばごらんの有様である。
◆ルシアン:でもアコ、もう結婚してるんだし、別にささやきで言ってこなくてもいいんじゃないか? わざわざ二人じゃなくて皆で話せば良いだろ
ささやきでそう返事をすると、しばしの間を置いてアコからも返事があった。
◆アコ:今……あなたの心に……直接……語りかけています……
◆ルシアン:おーい、アコー?
◆アコ:……ギルメンと……チャットをしている場合では……ありません……あなたのお嫁さんを大事にするのです……大事にするのです……大事にするのです……
◆ルシアン:人の話を聞けよ
まあマイペースなヤツだ。しかし一緒に居て飽きない奴ではある。
困ったことも、面白かったことも、興味があることも、ネタみたいな話も、とりあえず俺に振ってくる。そんな女性キャラだった。
『女性』じゃない、『女性キャラ』だ。
中身については俺は知らない。
ぶっちゃけた話、中身は男なんじゃねーかなーとは思う。
っていうか、俺はネトゲに女なんていないと思っている。
いや、この広いネトゲ世界のどこかには存在してるってのは知ってるよ? もしかしたら俺の周りにも居るのかもしんないよ? とんでもなく低い確率でアコが女だったりするかもしんないよ? でもそれは俺には関係ない。ゲームの中の俺は『ルシアン』だし、アコは『アコ』だ。女ではなく『女キャラ』なのだ。
ゲームとリアルは別物。まったく関係ない。だからここに居るのは『男キャラ』と『女キャラ』であって、男と女じゃない。そういう考え方をするようにしてる。
その方がお互いの為だし、精神衛生上も良い。
──何せ中身男にガチ告白するなんて酷い思いをすることもない訳だし。
◆シュヴァイン:しかしルシアン、あの程度の数で死にかけるとか、鈍っているなw
と、集めたアイテムを精算して戻って来たシューが偉そうに言った。
こうして狩りが終わった後のアイテム分配をやってくれたり、俺様とか言ってるくせにやることはマメなヤツなのだ。裏側に真面目っぽい影が見え隠れして案外可愛い。
◆ルシアン:大きく出たなお前、じゃあ代わりにやってみろよ
◆シュヴァイン:あ、言うか? それを言うか? よし見ていろ、次回は俺様が全部釣ってきてやる
ふん、と気合いのモーションを取ってシューが言う。
それに大きく拍手してアコは
◆アコ:メイン盾来た! これで勝つります!
◆シュヴァイン:いや、俺様が持ってるの剣だが
◆ルシアン:アコ、それで良いのかお前は
うん。やっぱこんなこと言う女が居るわけねえよな。
だからってネトゲとリアルは別だし、気にしない。
「まあこんなもんか」
今回の狩りで集まった資金の分配を受け取って息を吐く。
幾ら死んでも平気だよ、というほどLAは優しくない。死ぬとペナルティとして経験値がぐぐっと下がるようになっているのだ。今日も色んなモンスターを倒したが、その分の経験値はそのままなくなるぐらいのデスペナを受けている。得た物はこのお金ぐらいのものだ。
皆と遊ぶのが目的であって、得られる物の多少は構わないけども。
◆アプリコット:しかし二人とも、今日もべたべたと引っ付いているな
と、俺達のキャラクターへ視線を向けて、マスターが言い出した。
◆ルシアン:ベタベタって、普段通りだろ
◆アプリコット:それが普段通りだというのがつまり愛の証ではないだろうか。私達が出会ってそろそろ一年になるが、ルシアンとアコは以前から仲が良かったしな。収まるところに収まったというところだ
画面の中でうんうんと頷くマスター。ゲームの結婚で愛がどうだとか、そういう言い方をされると凄く恥ずかしいのでやめて欲しい。
◆ルシアン:そんなんじゃないって
◆シュヴァイン:何だその謙遜は。ふん、リア充どもめが
分配金を配り終えたシューが剣を振りかざして言った。
どういう理屈だよ。ゲーム内結婚のどの辺りがリア充なんだか俺にはさっぱりわからん。
◆ルシアン:どこがだよ、いいとこネト充だろ
◆シュヴァイン:それはそうだが……いやいや待てよ。考えて見るとやはり俺様の方がリア充だな。最近はリアルで告白もされたしな
◆アプリコット:ほう、それは凄いな



