一章 真・オフライン会合IMAGINE ⑤
──とまあそう考えることで心に折り合いをつけたのだ。ゲームとリアルは別物。まったく関係ない。それが今の俺の理念なのだ。
そんな俺が、相手がネカマかもしれないから結婚とか無理だしー、と言うのは余りに自分に都合が良いじゃあないか。アコはアコなんだから、例えリアル男でもそこは別に見るべきじゃないか。
そんな思いから最終的には押し切られてしまったのだ。
ほら、それにさあ。
◆アコ:ルシアン、怒ってる? やっぱり誰にも言わない方が良かったですか?
ピコン、とアコからのささやきチャットに表示が出る。
◆ルシアン:あー、気にすんな。いじられるのは覚悟の上だし
◆アコ:ありがとう、ルシアン
というチャットから一拍おいて。
◆アコ:だいすき
そんな文字が映し出されると同時に、アコから幾つものハートマークが飛んだ。
だってほら、やっぱり可愛いものは可愛いじゃん!
「…………お、落ち着け、落ち着くんだ俺。のめり込むと後悔するのは経験済みだ……!」
すーはーすーはー。
深呼吸して心を落ち着かせる。
俺のキャラの隣に座る黒髪に白いローブをまとった少女。これはあくまでもアバター、ゲーム内の外観であって、リアルの俺がそれにドキドキするなんて不健全だ。
◆アプリコット:なるほどな、それで渋った訳か
ひとしきり笑って落ち着いたか、うんうんと頷いてマスターが言った。
そんな気にしてるわけじゃないよ。リアルとかどうでもいいし。マジマジ、本当にどうでもいいと思ってる。
そりゃ確かに、中身女ならいいなとは思うよ。中身が男じゃないならアコのことは良い子だと思ってるし、中身が男じゃないならゲーム内とはいえ女の子から好かれるって悪い気分じゃない。中身が男じゃないなら──でも、男だよなあ普通に考えて。ふひひひひ、とか笑い出す女が居るのかよ。
万が一の確率で女の子だったとして同年代とかあり得るか?
クラスの女子を想像してみてその子がネトゲしてるって……ねーよなぁ。
あー、どう考えてもないない。
◆アコ:私、一応女の子、ですよ?
そんな空気を感じたか、アコがそんなチャットを打った。
おい、一応ってなんだよ。
◆アコ:LAではクレリックだけどリアルでは文学少女タイプですから
◆シュヴァイン:おい待て、その宣言をオープンチャットでするのはネトゲ最大のタブーだぞ
シューがたしなめた。
確かにリアル情報、それも女アピールとか最も嫌われることの一つだ。
◆アコ:そうなんですか?
◆ルシアン:そだな、もうやらない方が良い
きょとんとしたアコを俺もたしなめる。
町中とはいえ人通りがない喫茶店で本当に良かった。
◆アプリコット:タブーなど下らない。私などもう普通にリアルJKだからな
ふふん、と笑ってマスターが言う。
リアルJK──女子高生。マスターが。
全身課金装備で固めて戦闘中は課金アイテムでパワーアップし死にそうになると課金回復アイテムを食う、この超重課金戦士が女子校生だと申すか。
◆ルシアン:マスターマジないわ
余りの気持ち悪さに素で突っ込む。
◆アプリコット:勇気を出してタブーを踏み越えたというのにこの扱い、むしろ若干気持ちが良い
◆シュヴァイン:マスター、それはありえんぞ
◆アプリコット:シュヴァインまでか
◆アコ:マスターマジないです
◆シュヴァイン:四面楚歌か
どう考えても独身社会人な重課金をしておいて何が女子高生か。馬鹿を言うもんじゃない。
一般的な男子高校生の俺でも羨ましくなるような課金額を、男より何かと金のかかる女子が捻りだせるもんか。
◆アプリコット:しかし、なるほどな。ルシアンの懸念はわかった
◆ルシアン:いや、何も言ってないけど
◆アプリコット:うむうむ、みなまで言うな
最初から言ってないって。
そんな俺の意見を軽やかにスルーし、マスターは続ける。
◆アプリコット:ならば! こうしよう!
マスターの頭の上にどどんと大文字が現れた。
「ギルド アレイキャッツ……第一回オフ会開催決定……?」
ぽけー、とその文字を読み上げる。
ついでにどどーんと花火が上がった。ここ室内なんだけど。
◆アプリコット:はい拍手!
◆ルシアン:マスター、そのビッグチャットも花火も課金アイテムでは
◆アプリコット:はい拍手!
ぱちぱちぱち、とおざなりにそれぞれが手を合わせた。
何、え、オフ会?
オフ会ってオンラインで知り合いの面子がオフライン、つまりリアルで会うってことだろ?
この流れでやんの? マジで言ってんの?
◆アプリコット:ギルド結成一周年とあれば何かしらイベントをしない訳にはいくまいな、と思っていた所だ。そこでこの機会だ、初のオフ会をするというのはどうだろうか
◆シュヴァイン:どうだろうか──と言いながら、開催決定になっていないか
チャット内容へ突っ込んだシューに、マスターは、
◆アプリコット:開催するのだ!
◆シュヴァイン:独裁になったぞ!?
仮にもマスターなんだから仕方がないっちゃ仕方がない。
しかしまあ別に決めるのはいいけど……。
◆シュヴァイン:ぬう……それには、皆も参加するのか?
若干嫌そうに言うシュー。
文字だけのチャットでもそういう空気は十分に伝わる。
◆アコ:オフ会って、皆と会うんですよね?
ほんのりと引き気味なアコ。その言葉だけで、やっぱりな、と思った。オフ会なんて出ちゃったら中身がわかるもんな。そうだよな。
とはいえ俺の方も積極的ではない。
だってほら、アコの中身が男でも女でもどっちでもいいよ。リアルとゲームは別だよ。それが俺にとって絶対の真理だよ。だから結婚したんだよ。
でもそれって、やっぱり真実を知らない前提じゃん?
俺の嫁が中身男だって知った上で、さらにお前の真理を貫けって言われると……まだまだ若い俺にはちょっと難易度が限界を超えるんじゃないかな、みたいなさ。
◆ルシアン:でも住んでる場所とかバラバラなんじゃないか? そんな簡単に集まれるか?
俺は恐る恐る消極的な反対意見を出した。
このギルドはリアルの話を余りしない。リアルの話──主に性別──とかできれば聞きたくなかった俺は余り話さなかったし、アコもシューもマスターも大してそういう話はしていないと思う。
しかしマスターは、
◆アプリコット:ふふふ、私を舐めるな。気象の変化やローカルテレビの話題に関するリアクションから推測はできている。まず間違いなく全員関東地方だろう
力強く言い切った。
はい、正解です、俺は確かに関東です。
確かに雨が降ってきたとか、地震だとか、そういう話題は全員揃っていたかもしれない。
◆シュヴァイン:おい、俺様は秋葉原だとか言われても行けねえぞ
◆ルシアン:そうだな。東京オフとか言われたらきつい
◆アプリコット:わかっている。皆が学生であることも予想済みだ
む、それもバレてたか。確かに来週からテストだからログイン不定期、みたいなことをほんの少しだけ漏らしたことはあったような気がしなくもない、けど。
◆ルシアン:よく見てるなマスター……なんか怖いぞ
◆アプリコット:ギルマスとして当然のことだ。心配するな、開催場所はマスターの権限で私の最寄り駅に設定する
◆アコ:マスター横暴ですねー
◆アプリコット:何とでも言うがいい。開催日は今週末日曜日! その日に前ヶ崎駅に来られない者は来なくて良い
「近え!」
思わずモニターの前で吹き出した。
お、驚いた。俺の最寄り駅と同じだぞ。自転車でいける距離だ。



