一章 真・オフライン会合IMAGINE ⑥
しかしそんなマイナーな駅、俺とマスターしか集まれないだろうと思うんだけど──でもそれはそれで気が楽か。マスターなら飯ぐらい奢ってくれそうだし。
幾らかは楽な気分で軽くキーボードを叩く。
エンターキーを入力した直後、俺とアコ、シューの上に同時に吹き出しが表示された。
◆ルシアン:マスターの家近いな。俺は行けるけど
◆シュヴァイン:俺様は構わんが、成立せんだろう
◆アコ:私は大丈夫ですけど、そんな所で大丈夫ですか?
………………えっ?
◆ルシアン:えっ?
◆シュヴァイン:えっ?
◆アコ:何これ、怖いです
再び三人のチャットが被った。
◆アプリコット:よし全員参加だな。良かった良かった
◆シュヴァイン:ちょっ、なっ……みんなそんな近くに住んでるのか?
◆シュヴァイン:信じられない……
何かの冗談じゃないのか?
思わず呆然とした。
マジで? もしかして駅ですれ違ったこととかあるかもしんないの?
ネットって意外と狭いなおい。
◆アプリコット:よーし、来ると言った以上は来てもらうぞお前達
◆アコ:わ、わかりました。私も男です、発言の責任は取ります!
アコの上に表示された吹き出しにはそんな言葉が。
◆ルシアン:おい今なんて言った
◆アコ:いえ今のは言葉のあやで!
すげえ嫌な言葉聞いた。嫌な言葉聞いちゃった。
あー、行きたくねー。
◆アプリコット:嫁が来るんだ、旦那のルシアンも来るな?
◆ルシアン:あー……わかったよ
やだ。超やだ。超やだけどもうしょうがない、覚悟を決めていこう。
◆アプリコット:私は当然出る以上、三人は参加だな。シュヴァインも来るだろう?
◆シュヴァイン:いや、俺様は……あー、やんのか? 本当にやんのか?
◆アプリコット:まあそう嫌がらずにシュヴァインも来い。来なかったから仲間外れだなどとは言わんが、無駄な疎外感を覚えることもないだろう?
◆シュヴァイン:ぬう……くそっ、わかった
シューはがっくりと肩を落として頷いた。
まあ、そうやってキャラを動かす余裕があるなら大丈夫だろ、多分。
◆アプリコット:では今週の日曜日、学生の諸君に配慮して昼の十二時に集合だ。店の手配等は任せておけ。ふふふ、楽しみだな
◆ルシアン:はぁい……
機嫌良く言うマスターに俺達は鬱々と返事を返した。
会う、のか。
本当に会うのか。
俺の嫁と──会わなければならないのか。
††† ††† †††
そして週末。
ギルド『アレイキャッツ』初のオフ会が開催されてしまう日だ。
俺はそこら辺のリアルが充実した男子高校生と違って髪型のセットとかよくわからないし、なんとなく気を遣ったような気分で鏡の前に立つだけ立ってから待ち合わせ場所へ向かう。
自転車を漕ぐこと数分、予定より幾らか早く着いてしまったのは気遣いなのか、それとも緊張が故なのか。
「ま、なるようになる。えーと……着いたぞ、っと」
携帯から全員に向けてメッセージを送った。
今着いた、着いたら連絡くれ、と。
さてさて、と周囲を見回す。小さな駅とはいえ日曜日だ、あちこちに待ち合わせの人が居る。
あのチャラ男っぽい人か。それともあのスーツ姿の男か。それともあっちの女連れの男だったりするのか。意外とあのツインテールの女の子だったりして。
と、ぴこん、と返事が来た。
それぞれがもう近くに居るとのこと。どうやら全員が着いているみたいだ。
そ、そうか。居るのか。この近くに。
ついに会ってしまうのか。一年間共に戦ってきた戦友に。
そして俺の嫁に。
いや、俺の嫁(男)に。
っていうか嫁と初対面でしかも相手が男だから怯えてるってどういう状況だよ。
いっそ電話しようかとも思ったのだが、やはり緊張する。とりあえず皆に連絡を入れよう。
「俺は白のシャツにジーンズ、靴は茶色。駅前の像の前に居る……と」
ドキドキしながら送信する。
すると、さほど間もなく返信が来た。三人から同時に。
誰から見ようかと考えて、やっぱり嫁のアコから確認することにした。
アコのメッセージには『私は黒い上着に白のシャツを着て、白い──』
続きを読むべく画面をスクロールしようとしたところで、ぽんと、背後から背に触れる感触があった。
同時に小さな声。
「あの……ルシアン?」
「え……うわっ」
鈴の鳴るような綺麗な声。
お、女の子だ。女の子の声だ。
え、えええ、うちのギルドに女が居たのか!? 誰だよ!?
ってかやべえ、ゲームの名前を呼ばれるのって凄え恥ずかしい!
こんなところで横文字のキャラ名で呼ばれるとかクラスメイトに見られたらマジで死ぬぞ!
「は、はい、俺がそのルシアンですけど……」
恐る恐る、カクカクと振り向く。
「こ、こんにちは」
そこに居たのは少し怯えた様子でこちらを見上げる少女だった。
肩まである黒髪、ちょっと長めの前髪で顔が隠れているが、不安そうに揺れる大きな瞳の中に俺が映っているのがわかった。ゲームをするとか休日に外出しているというよりは、図書館で本でも読んでいそうなのが似合う少女。
服装は黒い上着に白いブラウス、そして白いスカート。
「あの、わ、わたし、アコです」
少女はつっかえつっかえ、そう言った。
アコ、ああアコか。へえ、ギルドに女の子なんて居るのかと思ったら、よりにもよってアコか。びっくりしたなあ、俺の嫁じゃん。
──って、そうじゃん!
アコって俺の嫁じゃねえか!
「あこ? アコ!? えええっ!?」
アコ? これが? この子が!?
思わずメールを確認する。
『私は黒い上着に白いシャツを着て、白いスカートで来ています』
お、おおう。
この後女装したおっさんがやって来るんでなければ、この女の子が。
「……ほ、本物のアコか?」
「は、はい」
ま、マジで? 本当にリアル女!?
しかも前髪に隠れた顔をじっと見ると、うわ、滅茶苦茶可愛い。線は細いんだけど顔の作りがやたらと整ってて、そんな子がちょっと怯えた感じでおずおずと俺を見上げてるのが警戒心の強い小動物みたいで凄く可愛い。
この子が『俺の嫁』だって?
毎日馬鹿みたいな話で笑い合って、つまんない冗談に付き合って、付き合わせて。
一緒にモンスターを狩りに行って、たまに狩られたりもして。
怒ったり、怒られたり、甘えられたり、放り出して泣かれたり。
それで、いつも俺のことを大好きだって言ってくれる──アコ?
それが、この子?
「い、いやいやいや、落ち着け、落ち着け俺」
こちらを見上げるアコから少し目を逸らして、俺は口の中だけで呟いた。
駄目だ俺、冷静になれ。
嫁とはいえそれはゲーム内の話で、実際には初対面だ。そう、相手は初対面の女の子。ここは紳士的に、あくまでもジェントルマンな対応をせねば。
「えーと、初めましてアコさん、俺は──」
「これがルシアン……生ルシアン!!」
少女は俺の言葉にかぶせるように言った。
な、なま!?
「生ってなんだ生って! 普段生じゃないみたいだろ!」
「っ!」
思わず突っ込むと、少女はビクリと身を震わせた。
あ、まずかったかな──と思ったのも一瞬、彼女はすぐに表情を緩めた。
「それはほら、普段はモニタ越しだから……半解凍ルシアン、みたいな」
「なんで中途半端に解凍されたシャーベットみたいになってんだ俺!」
「半解凍ぐらいのアイスも結構好きなんです」
「繋がりがわからねえ! 意味がわからねえ!」
なんで初対面の女の子とこんな言い合いしてるんだよ俺!



