一章 真・オフライン会合IMAGINE ⑦
あー、こいつアコだ! この人の話の聞かなさは確かにアコだ!
向こうも同じような確信を持ったのか、アコは緊張に固まっていた体から力を抜いて、ふにゃりと微笑んだ。
「うわー、ルシアンだ! 本当にルシアンですよー!」
「その名前連呼しないでくれ、本当に頼むから」
駅前でネトゲのキャラ名連呼とか死ぬほどの恥だ。
さっきも思ったけど、こんなのクラスメイトにでも見られたら──。
「る、るしあん……?」
「ひっ!?」
横から声がした。それも聞き覚えのある声。
見るとそこにはものすごく唖然とした顔をしたツインテールの女の子が居た。
「せ、瀬川?」
「西村……よね?」
クラスメイトの瀬川さんだった。
あの俺にキモイウザイと言ってはばからないあの瀬川だった。
何てことだ、よりにもよってコイツに見られたのか。
「あ、あ……あああああ」
何か言おうとして喉から変な声が漏れ出す。
うわあああ、天下の往来でキャラ名で呼ばれてるところ見られたあああああ!
やべえええええ!
お、おおおおちつけ、おちちつつくんだ俺!
なんとか誤魔化すんだ。明日からクラスで生きていくために!
「……?」
「あ……え?」
ふいっと、俺の隣に居たアコが瀬川に視線を送った。
「この人、知り合い、ですか?」
さっきまでと違い、なんだかじろーっと睨む怖い視線。
「え、えっと、知り合いっていうか……」
視線を向けられた瀬川が戸惑う。
まあわかる。この状況で女の方に声かけられても困るだけだ。
いや、待てよ。しかし、だからこそこのタイミングなんじゃないか!?
「ち、違う違う、ただのクラスメイトだよ。は、恥ずかしい所を見られたな、瀬川。クラスの皆に言わないでくれよは、ははは」
まるで隣のアコに言い訳をするように言ってみせる。
これでほら、甘えん坊な彼女に困ってる彼氏の図が完成だ。
完成か? 完成してるか? 大丈夫か?
「そ、そそそそう。そうなんだ」
俺の不安をよそに瀬川の方もカクカクと、どうしてか不器用に頷いた。
「あんたもそういう相手が居たんだ。ま、まったく、その子を変な趣味に巻き込まないようにしなさいよ、あ、あははははは」
「そ、そうだな、ははははは」
あっちも笑いがひきつってる、俺も超引きつってる。
何故か二人で乾いた笑いを交わし合う。
「じゃ、あたしはこれで……」
「お、おう。またな」
かくかくと後ずさる瀬川。おお、帰ってくれ帰ってくれ。ついでに忘れてくれ。
ずりずりと下がっていく瀬川を見送っていると、その肩が後ろからぽんぽんと叩かれた。
「えっ?」
足を止めて振り返る瀬川。当然俺の視界にも入るが、そこにはうちの学校の制服を着た見覚えのある女生徒が居た。
「あ、えっと……」
瀬川の知り合いかと思ったが、こっちも言葉に詰まっている。
誰だったかな、間違いなくどこかで見たんだけど。
クラスメイトかと思ったが、違う。リボンの色が俺達一年生の赤じゃなく、二年生の青だ。
「……会長さん」
と、相変わらず胡乱げな視線でアコが言った。
ああそうそう。そりゃ見たことあるはずだよ、うちの生徒会長だ。ちょうど前の集会で見たところだぞ。
「あ、そ、そうそう、会長さん。何か用でしょーか?」
やはりかくかくと尋ねた瀬川に、生徒会長の先輩は何故かニヤリと不適に笑い、
「いいや、違う」
大きく首を振って見せた。
そして瀬川の両肩をつかんで俺達の方に押して進みながら、力強く言った。
「私は会長ではない。マスターだ。うむ、無事に全員が揃ったようだな」
「は?」
「な、に?」
「え……」
きょとんとする三人を順番に見て会長は笑った。
「初めましてになるか。私がギルド『アレイキャッツ』マスターのアプリコットだ」
う、嘘ぉ?
そんな全員の心の声がシンクロした気がした。
「それでそっちがルシアンで、旦那にしがみついてるのがアコだな」
「あ、はい」
「マスター、こんにちは」
呆然として頷くしかない俺と、先程と違い温かい声で挨拶を交わすアコ。
そんな二人を見ながら違和感に気付く。
「え、あれ、会長、今全員が揃ったって……」
俺が視線を向けた先には、会長──マスターに肩をがっしりとつかまれた、真っ青になって固まっている瀬川。
「え、お前……シュヴァイン?」
呆然と言った俺。
「あ、シューちゃんだったんですか」
ほっとした表情でアコ。
「なんだ、まだ言ってなかったのかシュヴァイン」
ふっふっふ、と笑いながらマスター。
「そ、その名前で呼ばないでー!」
そして瀬川──シュヴァインが頭を抱えてしゃがみこんだ。
「嘘ぉ……」
「そ、それはあたしの台詞よ!」
絶望的な表情で俺を睨む瀬川を余所に、マスターは普段通りの自信満々の口調で言った。
「それではギルドアレイキャッツ、記念すべき第一回目のオフ会をはじめよう」
マスターに連れられるまま、予約したというレストランの個室に入った。
どうみても安くはないと主張する高級感あふれる外観に、中身もそれに合わせて居心地と持ち主の趣味を反映したセンスの良い内装。俺の金で足りるかな、と若干不安になった。
しかしそんなことは些細なことだ。もっと重要なことがある。
まず間違いなく男四人のむさくるしいオフ会だろう──そう思ってやって来た俺の前に居るのは、三人の女の子だった。見た目はそれぞれに可愛いし、綺麗だと思う。傍目から見たらもしかすると羨ましい状況なのかもしれない。
それが俺の気持ちとしてどうかと言うと、もう本当にきまずい。超きまずい。
まずテーブルを挟んで斜め向かい側に座った瀬川だ。それはもう超睨んできている。普段からオタクキモイお前キモイとあれだけ言ってる瀬川だ。あっちも気分が悪いだろうがこっちも気分が悪い。
そして悠々と注文を済ませる会長。普段壇上で見上げている彼女は、こうして見ても話し方から感じるイメージ通りに冷静沈着で泰然自若でクールビューティーで、近くに居るとなんだか落ち着かない。
そして何よりも、まるっきりゲーム内と同じように俺にぴったりと寄り添って座る隣の少女──アコ。
「…………」
「……?」
じりっと横にズレて離れてみると、当たり前のようにその距離を詰められた。
ちらりと見るとニコニコと笑顔を向けてくる。
ああ、こいつアコだ。この問答無用の懐き方はアコだ。
アコだけど……アコだけどさぁ。
おかしいよ、だって本当におかしいだろ。
可愛いんだぞ、このアコ。アコなのに可愛いんだよ。
さらさらの髪の毛に小さめの身長。ほっそりとした相貌は図書館で本でも読んでるのが似合いそうなんだけど、俺を見てにこにこ笑ってる所を見ると、ふわふわしてやわらかそうにも思える。
なんだかどこかで見た記憶があるけど、さっぱり思い出せない。こんな可愛い子そうそう忘れないと思うんだけど。
「ね、ね、ルシアン」
そうして見つめている俺を何故か嬉しそうに見返し、アコはこちらに手を伸ばしてきた。
「な、なんだよ」
「んー……」
ぺたぺたと俺の肩を触り、胸を触り、頬を触り……お、おいっ、何のつもりだよっ。
「うわー、ルシアンって生きてるんですね」
「なんだそれっ!?」
挙げ句出てきたのはそんな言葉だった。
こいつの中の俺ってどうなってたんだ?
「俺が生きてるのがおかしいみたいな言い方すんな」
アコの頭を前からおさえ、ぐっと後ろに押し戻す。
「きゃんっ」
アコは小さく言って後ろに身を揺らした。



