一章 真・オフライン会合IMAGINE ⑧

 あ、やべっ、ちょっと馴れ馴れしかった。アコが余りにアコらしいもんだからこんな風に接しちゃったけど、相手は初対面の女の子だぞ。体に触られたら嫌に決まってんだろ。


「ご、ごめん、大丈夫か?」


 しかもかなり大人しそうに見えるし、これは絶対にダメな行動だった。一発で嫌われたんじゃないか。

 そんな俺の危惧をよそに、


「えへへ……やっぱりルシアンだ」


 アコは何故か嬉しそうに笑っていた。

 いつもゲームの中でやっているのと同じ、あしらわれてもあしらわれても喉を鳴らして甘えてくる、よく懐いた猫のような彼女。それがゲームのアバターじゃなく、リアルの体でここに居た。

 アコがやってることはゲームと同じなのに俺の方はいつもと全然気持ちが違う。ドキドキと心臓の鼓動が速まっていく──って、いやいやいや。なに初対面の女の子と当たり前みたいにベタベタしてんだよ。

 まるでゲームの関係を利用してるみたいですんごい罪悪感があるんだけど。


「なんで適当に扱われて喜んでんのよ。むしろコイツを適当に扱うぐらいでいいでしょうが」


 瀬川がぽつりと、呆れたように言った。

 なんだよ、その言い方。俺だってこれはおかしいだろってわかってんだよ。


「んだよ、お前」

「な、何よ」


 睨みつける俺に一瞬怯えたように身を引いたが、それでも瀬川は俺から目を逸らさなかった。

 腹立つな、こいつ。あれだけ人にオタクオタクって言っておいて、お前の方こそネトゲオタじゃねえか──なんてことはさ、こんな時にわざわざ言ったりしないけどさぁ。ちょっとぐらいはしおらしくしても罰はあたらないだろ。


「? どうしたんですか?」


 俺達を交互に見つめるアコと目をあわさず、瀬川は、


「別に……」


 と小さく言った。


「さて飲み物も来た。まずは……そうだな、自己紹介からはじめようか」


 さっきまで何やら店員さんと会話をしていた会長は、俺達にグラスを配りながら言った。

 目の前に置かれたジュースのグラスに視線を落とし、ふっと息を吐く。

 自己紹介、か。

 一年付き合いがあるのに馬鹿馬鹿しいとは思うけど、確かに初対面みたいなもんだしな。

 マスターはカンッと軽い音を立ててグラスを置くと、ゆっくりと、やたらと絵になる動作で椅子から立ち上がった。


「私が『アレイキャッツ』マスターのアプリコットだ。職業はロウウィザード、ご存じだとは思うが火力には自信があるぞ。前ヶ崎高校二年で名前は御聖院杏、生徒会で会長をしている。今日は学校帰りなので、こんな格好で失礼する」


 自信満々の口調。キャラ変わらねえなあこの人。


「我々は今日この時が初対面だ。しかしすでに親しき仲でもある。その楽しくも複雑な関係を、たっぷりと楽しもうではないか」


 壇上で演説でもしているのかという様子で言うと、会長は軽くお辞儀をして椅子に腰掛けた。

 ぱちぱちと、軽い拍手が響く。


「では次だ」


 マスターから視線を向けられたシューがさっと目をそらす。その目が俺の方に向いて──うっわこええ、超にらんでる。別に俺が悪いんじゃないだろうに。


「ほらシュヴァイン、お前だ」

「うう……」


 シュヴァインと呼ばれるのが恥ずかしくてしかたない、といった様子で、瀬川がのろのろと立ち上がる。


「瀬川茜、前ヶ崎高校一年……です」


 普段と全く違う小さな声。緊張してんのかこいつ。


「それで、えっと……」


 らしくもなくもごもごと口ごもる。

 顔を見てみるとその顔は真っ赤に染まっていた。

 こうして見上げると、茶色の髪を両脇に留めたスタイルも、身長も何もかも小さめな体型も、可愛らしい相貌も、それこそ俺みたいなオタク人種に好かれそうにまとまった女の子だ。

 確かにこれで趣味はネトゲですとは言いにくいかもしれないけど、だからってオタクキモイキモイと言いまくるのもなあ。

 そんな瀬川の緊張をどう受け取ったのか、


「うん、わかるぞシュヴァイン、人前でシュヴァインと名乗るなど当然恥ずかしいだろうな」

「え……っと、マスター?」


 いきなりうんうん同情するようにマスターが言った。

 彼女はそのまま感慨深げに続ける。


「何せシュヴァインというのはドイツ語で豚という意味だからな。私は豚ですよろしくお願いします、などと言うのは乙女には恥ずかしかろう」

「は……え、はい?」


 ぽかんと固まる瀬川──シュヴァイン──豚。

 数秒呆然とした後、顔を真っ赤にしてマスターに問いかける。


「何、え、嘘、それマジで言ってるの? 豚? シュヴァインが?」

「うむ。……なんだ、知らずに使っていたのか?」

「当たり前でしょ、誰が自分の名前に豚なんてつけんのよ! なんか格好良いから使ってたに決まってるじゃない!」

「シューちゃん……お気の毒に……」


 実は知っていたのかもしれない、アコが沈痛な表情で俯く。


「ちょっ、マスター、なんで言わなかったのよ!」


 本当に想定外だったのか、マスターを普段通りに呼び出す瀬川。

 あ、こいつ、大分元気が出てきたな。


「考えなくもなかったが、わざとでなく素でつけていたらもっと恥ずかしいだろうと指摘するのは控えていたんだ。いや、まさかこんな場で暴露することになるとは、この私ですらも予想外のことだった……」

「うわあ、ちょっと、やめてよ!」


 あわあわと手を振る瀬川。

 そんな彼女をよそにマスターは機嫌良く笑った。


「ほら、シュヴァイン(笑)、早く自己紹介を続けろ」

「かっこわらいかっことじ、とかわざわざ口に出して言ってんじゃないわよ! あんた、いつもモニターの前でそんな読み方してたの!?」

「ねえシューちゃん、そんなに大人しくしなくても、普段通りに、俺様はシュヴァインだぜ! みたいなテンションで大丈夫だよ?」

「それは言わないでええええええっ!」


 アコの言葉にトドメをさされた瀬川はがっくりと崩れ落ちた。

 だ、大丈夫かな? 流石にいたたまれないんだけど。


「くっくっくっ……初っぱなから飛ばしていくな、シュヴァイン。普段ならwwwが飛び交っているところだ」

「そういえば、そのいつも使ってる『だぶりゅーだぶりゅーだぶりゅー』っていう文字、何て読めばよかったんですか?」


 www、ってヤツのことか?

 確かによく使う割に口には出さないし、読み方とかわかんないな。


「あれはワールドワイドウェブの略だ」


 マスターが訳知り顔で言った。いや違うだろ。


「そういう意味じゃないだろ。あれはワラワラワラって読むんじゃねえの?」

「へー、流石ルシアンっ」


 アコがぱちぱちと手をたたいた。

 んなことで感心されても。そもそも正解とかあんのかよ。


「あああもう人を放って置いてあんたらは!」


 ばんばんと机を叩き、シュヴァインが大きく息を吸った


「すー……はー……あー、私がシュヴァイン。LAではソードダンサーをやってるわ。今後豚って呼んだ奴はぶった切るから。あと、wwwは三つセットでテラワロって読む。それ以外は認めないから。以上!」


 言うだけ言ってどっかりと座り込む瀬川。

 ぱちぱちぱち、とさっきより幾分元気な拍手が彼女を包んだ。瀬川も幾らか割り切りがついたのか、仏頂面ながらも少しは表情が緩んで見える。


「ちなみにだが、私は本当はダブダブダブ派だ」

「聞いてないわよ、そんなの」

「それはすまないな」


 そんな瀬川に、マスターは少しだけ優しい笑みを向けたように見えた。

 あいつを普段のあいつにしてやろうと、わかってわざとやったのかな。だとしたらやるなあ、流石ギルドマスター。


「では次、ルシアン」

「あいよ」


 だよな、と思っていたのですいと立ち上がる。

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