一章 真・オフライン会合IMAGINE ⑨

 ついでに腕にくっついていたアコが立ち上がった。


「おいアコ」

「はい?」


 アコが当たり前のように俺を見上げる。

 よく懐いた猫みたいで可愛いけど、俺達そういう関係じゃないし。


「俺の自己紹介だから、座ってなさい」

「はーい」


 割と聞き分けが良い所も普段通りらしい。アコは素直に座りなおした。


「なにイチャついてんのよ」

「いや、そんなんじゃないけどさ」


 と、そんな場合じゃない。

 すう、と大きく息を吸うと、俺は三人を見回した。


「俺はルシ……ルシアン、だ。LAでは、その……その、アーマーナイトをやってる。……うっわ、キャラ名で自己紹介するの超恥ずかしい」


 大したことを言った訳でもないのに思わず言葉に詰まるぐらいの恥ずかしさがあった。


「あんたなんて存在自体が恥ずかしいくせに何言ってんのよ」

「うっせ」


 瀬川のちゃちゃが入る。普段なら──いや、ほんの少し前なら同じ言葉に相当腹が立ったと思う。

 それが何故だろうか、少しも嫌じゃない。普段通りにゲームの中でシューと言い合いをしているような落ち着きがあるだけだった。


「大体、豚の方がずっと恥ずかしい──ごめん、二度と言わない。ええと、俺も会長──あ、はい、すいません、マスター。敬語要らないんですかね? ……あい。えー、マスターと同じ学校の一年で、名前は西村英騎。部活は帰宅部で特筆する特技なし。趣味はまあ……ネトゲ。よろしく」


 ぱちぱち、と軽い拍手が鳴った。

 なんつうか、アレだな。やっぱ一年の付き合いって伊達じゃないな。話しながらこちらを見てくるマスターと瀬川の視線だけで何が言いたいかが何となくわかった。


「では最後、アコ」

「はーい」


 よいしょっ、と軽い声をあげてアコが立ち上がった。

 真横、すぐそばで立ち上がったせいでスカートに隠れていた細い脚が顔の横に来た。

 自己紹介とは違う意味で鼓動が速まる。

 次いでふわっと漂った甘い香りに頭がくらくらと揺れた。

 本当に今更だけど、女の子だなーと感じた。


「えっと、私はアコです。LAではクレリックしてます。ゲームは余り上手くなくて、みんなにはいつも迷惑かけて……ごめんなさい」


 いーよいーよ、とシューが言う。

 そりゃまあお前は直接命に関わることが少ないしいいだろうけどな!


「みんなと同じ前ヶ崎高校の一年生です」

「あれ、同級生なのか」

「はい、実はそうなんです」


 結局全員同じ学校かよ、ネットの世界狭すぎだろ。


「ごめん、わかんなかった。あたしも一年で他のクラスの子とか知らないし」

「えへへ、私もです」


 そりゃそうだ。入学してまだ数ヶ月、部活でもやってないと他のクラスと接点なんてない。アコは大人しそうな子だし、接点があるタイプでもないだろ。

 そのまま気にした様子もなく続けるアコ。


「名前は玉置亜子です。いつも通りアコって呼んでください」

「え、本名?」

「はい。……おかしいですかね?」


 おかしいだろ、そりゃ。


「いや、ネットリテラシーとかさ、そういうの……いや、まあいいけど」

「ははは、アコらしいな」


 明らかに不味いだろうアコの名付け方に渋い顔をする瀬川とおおらかに笑うマスター。

 そんな温かく柔らかい空気が、


「部活は何も入ってません。学校に友達も、居ません」

「っ!?」


 ビシっと凍り付いたように固まった。

 あ、あの、アコさん? 何をおっしゃっているので?


「あまりに行かないのでたまに学校に行くとみんなが私に注目するぐらいです」

「へ、へえ……」


 流石の瀬川も二の句が継げないらしい。

 どうしよう、と二人の顔を見るが、笑顔で空恐ろしいことを言うアコにすっかり表情が青ざめていた。いきなりこんなカミングアウトをされて、俺達にどうしろと言うんだ。


「だ、大丈夫だ! 生徒会長だが、私にも友達は居ないぞ!」


 そこを同意すんの!?

 何を思ったのやら、マスターが大きく頷いて言った。

 いやいや、そんな悲しいアピールは要らないんだけど!


「ほ、ほらアコ、俺達が友達だし」


 慌ててフォローすると、瀬川も必死の表情で同意した。


「そうそう! 友達がふえるよ!!」

「やったねアコちゃん!」

「おいやめろ!」


 そうして馬鹿なことを言う俺達にアコはクスクスと笑った。


「はい、だから……こうして話せる友達ができて、本当に嬉しいです」


 その言葉は少し震えていた。

 隣に居た俺にはアコの足や肩が小さく震えているのもわかった。

 オフ会に緊張してる……LAの中でそう言ってたっけ。


「これからもよろしくおねがいします」


 アコはぱちぱちと拍手を浴びながら座り直した。

 一言、二言、言葉を交わすたびに、目の前のアコが、瀬川が、会長が、いつものギルメンと重なっていく。

 そうして俺達のオフ会は始まった。



「要するに私はね、防具の強化に金をかけるのが、相対的に自分を弱体化させてるってことを言いたいわけ」


 コーヒーのカップをスプーンでつつき、シューが偉そうに言う。


「だってその分の資金で武器を強化した方が明らかに効率が上がるじゃない。狩りの効率ってのは要するに火力よ火力。なのに防具のマイナーチェンジにM単位の資金を投入するなんて自己満足以外の何物でもないわ。まさに馬鹿の所業ね」

「いいや、その見方は一面的過ぎる」


 鼻息も荒く自説を説く彼女を前に、俺は真っ向から噛みついた。


「言いたいことはわかる、火力は大事だ。でも一定の防御力を備えないと狩りにならない場所ってのは確実にあって、そういう場所でこそ本当の高効率ってのが出るんだよ。実際お前の装備じゃサイオン研究所で狩りにならないだろ。同じレベルなのに余裕で狩れてるソードダンサーは沢山いるってのに」


 わかるか、とシューと目を合わせる。

 しかし彼女は軽く肩をすくめると呆れたように笑った。


「それは一定のラインを超えさえすれば良いってことでしょ。過剰に強い防具は不要って意味じゃ同じことよ」

「防具に求められるラインってのは一本じゃねえし、そんなに低いハードルでもないんだよ。大体だな、基準を超えさえすれば良いって言うなら武器だってそうだろ。それなりの武器を握った後はちょっと上位に変えたってほとんど効率はかわらん。それこそ費用対効果は最悪ってやつだ」

「武器の重要性を舐めるんじゃないわよ。アンタみたいに一確か二確かでしか考えられないヤツは絶対つまんない狩り場にしか行けないのよ」

「んだとこの俺様野郎」

「それは言うなつってんでしょうが!」

「まあ待てお前達」


 一歩も譲らず言い合う俺達に、横から入って来るマスター。


「いいか、もっと簡単でわかりやすく、それでいてパーフェクトな考え方がある。説明してやろう。それは足りない部分を課金で補強することによって攻撃と防御が両方そなわり最強に見えるという考え方でだな」

「ちょっと重課金戦士は黙ってて、あたし達は一般プレイヤーの話してるの」

「マスターの扱いが酷い件について」


 マスターが一刀両断にされた。


「はい、はい、私も思うんですけど!」


 次いで入ってきたアコ。


「私はお金をかけるなら見た目装備だと思うんです。装備の強化とか別にしなくても放っておけばみんなが倒してくれるんだし、正直どうでもいいことなんじゃないかと」

「お前マジでふざけんなよ」

「張り倒すわよあんた」

「ひぃっ!?」


 俺とシューの二人から睨み付けられたアコが怯えて後ずさる。

 なにが見た目だこの野郎、服装を気にしてる暇があったら一秒でも長く耐えて一ポイントでも多く回復しろっつうんだよ。

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