一章 真・オフライン会合IMAGINE ⑩

「アコくん、回復職は絶対に最後まで生き残らなければならないのだが、その辺はわかっているか?」

「えー、でもルシアンは私が何かする前に死んじゃうし……」

「言っておくけど俺はメイン盾として何ら遜色のない装備だからな!?」


 俺のことをそんな風に思ってたのかこいつは!?

 俺はぐっとジュースを飲み干した。

 こいつら全然わかってねえ、金をかけるならまず防具だろ、ったくよぉ。


「あのな、まず防具が良くないと死ぬんだぞ。何せ俺達のヒーラーは超下手くそなんだから」

「それについては否定できないけど」

「うむ、議論の余地がないな」

「あー、あー、聞こえませーん」


 そんな風にしてゲームの話から始まった俺達の会話は、思うがままにあっちこっちへと話題が移り変わっていった。

 例えば昔の話。


「あの時のアコのヒールはやばかったよねー。死ぬ寸前のルシアン放置して敵にヒール連打するとは思わなかったもん」

「しかも俺が削ってた敵をピンポイントで狙ってガンガン回復していってたからな」


 ほんの数日前の話だ。あれはマジで死ぬかと思った。


「そ、それは、減ってるゲージを狙うようにしたらそうなっちゃって」


 もごもごと言い訳をするアコに、マスターがぽんを手を叩いた。


「ああ、わかったぞ。それは光の精霊の仕業だな」

「光の精霊?」


 あ、覚えてるぞ、それ!


「あー、最初の頃な。アコがスキルの使い方がわからなくて、NPCに聞いたら光の精霊の力を借りるって言ってたーって、ずっとチャットで『精霊さん』にお願いしてたやつ!」

「──っ!?」


 大昔の思い出に、アコが何かを吹き散らすように両手を振った。


「ちが、ちがうんです! だって教会の人が光の精霊の力を借りて傷を治すって言ってたんですよっ」

「信じる方も信じる方よ、それ……」


 例えば、今まではしなかったリアルの話をしてみたり。


「私もこの年齢だ、課金の元手は親から借りた資金だよ。放置気味の割に過保護な親でな、友達を選べ、などと時代にそぐわない冗談のようなことを真顔で言うんだ。せめて自宅でできる遊びに金をつぎ込むぐらいは許してもらわないと割に合わない」

「へー、マスターって良い所のお嬢様なんだ」

「そんな感じですね、凄く綺麗ですし」


 目を細めて言ったアコに、マスターはニヤリと笑って返した。


「それほどでもない」

「謙虚ですねー」


 け、謙虚かなぁ。何とも疑わしい所だ。


「実際それほどでもないんだ。金と言っても元手は借りたが、そこからは自分で増やしているし、実家もいくつかの会社と学校を持っているぐらいだ」


 おい、綺麗って言われたことの方は否定しなかったぞ。

 確かに否定する要素は何もないけど、絶対謙虚ではないだろ。


「しかし学校……っていうと」

「前ヶ崎高校もその一つだ。だから入学したようなものだ」

「うっそ凄い! 理事長の娘さん、ってやつ!」

「理事の娘、だ」

「へー、そりゃ凄い。成績とか勝手に補整入りそうだよな。羨ましい」

「補整って、ステータスじゃないんだから。発想がネトゲ脳よね」


 シューが呆れたように言った。うるさいな、お前だって絶対似たようなことを考えたくせに。

 ふん、と視線を逸らして横を見ると、アコが暗い瞳で微笑んでいた。


「うわあ……将来が約束されたお金持ちとか死ねば良いのに……」


 えーと……あ、あこさん?


「アコ、アコ!?」

「落ち着いてアコ、これマスターだから! ってかその病気こっちでも同じなの!?」


 戻ってこい戻ってこい、とアコの肩を揺らす。

 ぐりんぐりんとまわされたアコの顔色はおよそ十回転で元に戻った。


「すいません、取り乱しました」

「乱し過ぎよ……それにさ、理事長の娘で生徒会長って色々気を遣わない?」

「まあ否定はできないな」


 苦笑して、マスター。


「元々人に好かれる性格でもないというのに、友達まで制限されてはな。しかし心配するな、ネットゲームを始めてネットの世界に触れた後、私は開眼した。親との戦いの末、好きな友達を作って良いと認めさせたのだ」

「おおー」


 全員から感嘆の声が漏れる。

 ネットで真実を見た──の、成功バージョンか。

 うんうん、良かった良かった。


「手遅れだったが」


 全員の声が止った。


「マ、マスター?」

「……ふっ。クラスに友達など居なくとも、私は一人で戦って行けるさ」

「マスター、一緒にリア充のやつらと戦っていきましょう」

「そうだなアコ、私達は仲間だ」


 学年を超えた友好を結んだアコとマスターはがっちりと手を握り合った。


「これ、見てるだけで胸が痛いんだけど」

「俺はこんな握手、見とうはなかった……」


 俺とシューはぐっと涙を拭った。

 そうして今まではできなかったリアルの話をするのは思ったよりずっと楽しかった。これまでどうしてしなかったんだろうと思うぐらい。

 といっても事前に話していたらこんな機会は絶対になかっただろうし、結果としては良かったんだけどさ。

 と、リアルと言えば、で思い出した。


「そういや前、学校で瀬川……シューの噂を聞いた」

「は? なんて?」

「なんか告られたって噂。凄えじゃん、お前」


 全校集会で聞いた前田なにがし君の話だ。シュー本人も言っていたと思う。


「は、はあっ!? どうしてそんなのが噂になんのよ? これだから男ってのはさぁ」

「ってかゲーム内で自慢してただろ、覚えてるぞ」

「それはそれよ」


 これはこれ、か。

 俺はいいけど──他のヤツが納得するかどうか。


「なるほど、シュヴァインは私達と違って立派なリア充だというわけだな。しっかり理解したぞ。──へい、壁殴り代行!」


 ぱちん、と指を叩くマスター。

 それに応えるようにアコがさっと両腕を上げたポーズを決めた。


「壁殴り代行はあなたの近くの壁を無差別に殴りまくります!」

「断った! 断ったって言ったでしょ!」


 拳を握るアコに、シューが大慌てで火消しに走る。


「すげなく振ったってことは、シューはそういうのにあんまり興味はないのか? それとも別に好きな人でも?」


 なんとなく、そこまで聞いていいのかよ、と思うような踏み込んだ質問をしてしまった。普段なら絶対にできない質問なのに、どうしてだろうか、あっさりと尋ねることができた。


「いや、それは……うーん……」


 そして言われた方のシューもこれといって違和感のない様子で普通に答えを考え始める。

 瀬川はそんなにスタイルが良いってわけじゃない。身長も小さいし、そもそも体が全体的に小さい。女性的魅力を云々するタイプじゃないだろう。ツインテールを子供っぽいと見るか可愛らしいとみるかは人によるだろうし、中には受け付けない人だっているかもしれない。

 しかし少なくとも彼女の顔の作りは充分過ぎるぐらいにレベルが高い。明らかに可愛いと言っていい。

 そして前述の特徴は、ある意味で言えば需要がないこともない──と思う。


「だって彼氏を作るとさー、色々時間かかるじゃない」


 しばし悩んだ後、シューは小さく言った。


「そりゃまあ二人の時間は必要だろ」

「でしょ。するとネトゲする時間が減るじゃん」

「そこかよ!」


 色々と台無しなことを言い出した!


「確かにネトゲをする時間は減りますね」


 何故かそこで力強く同意するアコ。


「そう、それよ!」


 我が意を得たりと瀬川が続ける。


「それって、絶対に嫌じゃん?」

「絶対に嫌ですね!」

「お断りだな」


 そしてノータイムでアコとマスターが同意した。


「真性だなお前達……」

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