一章 真・オフライン会合IMAGINE ⑪

 こんな俺でも彼女欲しいなーぐらいのことは思うのに。行き着くところまで行き着いちゃってるな、こいつら。

 呆れ全開で言った俺に、シューはじろりとこちらを睨んだ。


「何よ、文句あるの?」

「……いや。学校のお前より断然良い」

「絶対褒めてないわよね、それ」


 嫌そうな言葉とは裏腹にシューは機嫌良く笑った。

 こんな瀬川相手なら絶対できないような会話が、絶対に言えないようなことが、シューを相手になら簡単に話せる。

 普段なら腹の立つ言葉に全然苛立たない。

 なんだか面白い気分だった。

 そして俺の気のせいじゃなければシューもそれを楽しんでいるように思う。


「と、ここで逆転の発想! シューちゃんも私みたいにゲームの中で旦那さんを作ったらどうですか? ゲームの時間を減らさずに一緒に居られますよ?」


 俺の手を取ってアコが言った。

 いや、俺とアコが結婚してるのはゲーム内の話であって、それとリアルで告られたって話は全然全く欠片も関係ないんだけど。


「んー、一緒にネトゲできる彼氏っていうのは、まあ……いや、やっぱない。キモイし」

「おいこら」


 俺を見ながら言うなよ、同類のくせに。

 とにかく、何から何まで話した。昼から夕方まで店を変えることなくずっと個室に籠もっていて、欠片も飽きることがないぐらい、それはそれは楽しいオフ会だった。


 そして日が沈む頃、名残を惜しみながらも、俺達は店を出て駅まで戻ってきた。


「時間があれば皆で夕食も取りたかったんだがな。すまない、これ以上は家から許してもらえないんだ」

「平気よ、私も晩ご飯までに帰らないと流石に怒られるわ」


 ぺこりと頭を下げたマスターにシューが鷹揚に頷いた。立場が逆だろ、お前ら。


「本当に楽しかったです。また、いつか……いつか、やりましょうね」


 最後まで店から離れたがらなかったアコは、今も名残が惜しい様子で、しょんぼりと言った。


「いや、いつかってお前、同じ学校なんだからいつでもやれるだろ」

「そっか……そっか! そうですよね!」


 考えても居なかった! とアコは瞳を輝かせた。

 うむ、と頷いてマスターも言う。


「よし、ならば毎週の恒例行事とするか」

「毎週とかは勘弁してよ。これ以上あんた達に染められたら、あたしの暗黒面が日常に引っ張り出されそうだわ」

「その発言が既にラインを踏み越えてるぞ。なんだ暗黒面って」

「おっと、危ない危ない。オタクキモイオタクキモイオタクキモイ」


 それは呪文か何かかよ。

 駅まで戻ってきても最後の最後まで楽しいまま。

 全員が顔を合わせた時のひきつった空気とは正反対に、いつまでも柔らかく温かな空気が俺達を包んでいた。

 改札口に流れていく人波から少し離れた壁際で、別れるタイミングを探りながら──俺は知らぬ間に口を開いていた。


「なんかさ、ごめん」


 出た言葉は謝罪の一言だった。


「なんで謝るの、ルシアン?」


 不思議そうに俺を見上げるアコ。

 ただの友達と言うにはずっと近い距離、手を伸ばせばそのまま捕まえられそうな場所で、なんの危機感もなく俺に寄り添う『俺の嫁』。

 そうだ、彼女も理由の一つだ。


「俺さ、正直言って、みんな男だと思ってたんだ」

「ああ、そういうことか」


 マスターが珍しく柔らかく笑って、ゆっくりと頷いた。


「私はちゃんとリアルJKだと言ったのに、欠片も信じていなかったな」

「当たり前だ!」


 誰が信じるかあんなの!


「あんた、最初は凄い顔してたもんねえ」

「主にお前のせいでな」


 シューも驚きだった。

 普段は自分のこと、俺様とか言ってたくせにさ。


「それでさ、合流した後、ちょっと気まずいなって思ってた」

「一人だけ男で、会話に入れないのではないか。疎外感があるのではないか。そう思ったのか?」


 マスターが微笑む。


「そ、最初は不安だらけでさ。でも──楽しかった」


 今日の本当に楽しかった半日を思い出し、俺は闇の深まっていく夜空を見上げた。


「俺さ、ゲームはゲームで、リアルはリアルで、ゲームとリアルは全く別物だって思ってたんだ。一緒にしない方が良い、できるだけ分けて考えた方がいい、って。だってゲームで良い奴だったのにリアルでは最低だったとか、リアルでは良い奴なのにゲームでは最低だとか、そんなの幾らでも聞いてたし、さ」


 本当によく聞く話だ。

 リアルでは理性的な人間なのに、ゲームだから何をしても良いなどと言い出す輩は幾らでも居るし、ゲームの中で甘言を尽くして、出会ってしまえば卑劣漢になる男など、枚挙に暇がない。


「でもこうやって実際に会ってさ、本当に楽しかったんだ。ああ、俺の仲間はゲームでもリアルでも最高だったんだなって思った」


 ゆっくりと顔を下ろし、周りに居る仲間達に頭を下げる。


「だから──ごめん、最初みんなのこと信じてなくて。それから、ありがとう」


 真剣にそう言った俺に、ふっと笑ったシューは、


「くさっ! その上にキモっ!」

「酷くねえか!?」


 台無しになるようなことを言い放った。


「酷くないわよ。リアルでもゲームでも、あんたにこんなこと言われたらあたしのリアクションは同じよ」

「そうかもしれないけどさ!」


 くそっ、謝ったりするんじゃなかった。


「ぶっ……ふふふ、ははははは」

「マスター笑い過ぎだろ!」


 こっちもこっちで酷い!


「い、いやいや。私も人のことは言えん。ルシアンを最初に見た時、女だからと色目を使うような男でないかどうか疑った部分はある。おあいこだ」


 マスターは笑いを堪えてそう言った。

 人を何だと思ってたんだ、ったく。


「……でもね」


 と、シューはぐっと俺の襟首を引き寄せると、背筋が冷えるぐらいの無表情で言った。


「学校でも馴れ馴れしくするようだったら、絶対に容赦しないからね? おーけー?」

「学校ではあのキャラ続けんのな……お、おーけー」

「よろしい」


 一転くるりと表情を変えて、シューは笑顔を浮かべた。

 ち、近い。顔が近い。こうしてみるとこいつ、やっぱ顔は可愛い。顔は。

 間近に迫った女の子の笑顔にドギマギする俺の頭が、後ろからぐいっと引かれた。


「うわっ」


 そのまま後頭部が柔らかい何かに包まれる。

 あったかくて、ふわふわしてて、すげえいいにおいする。


「むー!」


 で、真上からなんか不機嫌な声がする。

 え、えーと、アコさん?

 何をしてるんですかね? っていうか、どうしてそんなにシューを睨んでおいでで?


「あ、アコ?」

「……むー!」

「いや、威嚇なんかしなくてもあんたの旦那は取らないわよ」


 要らないし。と失礼なことを言って、シューはマスターに目を向けた。


「ねえ?」

「そうだな」


 苦笑を向け合うと、二人は揃って振り向き、改札へ歩き出した。


「ではまたな。学校で会ったら気軽にマスターと声をかけてくれ!」

「いや、会長って呼ぶから! それじゃ、またね!」


 軽く声をかけ、そのまま駅に入っていく二人。

 二人の姿が視界から消えた後、アコはようやく俺を放した。中腰の姿勢がちょっと辛かったからほっとすると同時に、離れていくアコの感触がちょっと残念だったりする。

 ──で、あの、アコさん、どうして俺を睨んでいるんでしょうか。

 黙って見返していると、アコは小さな声で言った。


「ルシアン、私のこと本当に男だって思ってたんですか?」

「……ごめん、ぶっちゃけおっさんまでありえると思ってた」

「なんでですか!?」

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