一章 真・オフライン会合IMAGINE ⑫
本音をぶちこんだ俺に、アコは本日一番の怒声を上げた。おとなしげな外見そのままに大した声量ではなかったが、俺の腰が引けるぐらいの迫力はあった。
「私、女の子だって言いましたよね!? なんで信じなかったんです!?」
「それはその……ついかっとなって」
「今も反省してないでしょう!」
「ご、ごめんなさい」
で、でもさあ。実際仕方ない部分もあると思うんだよ。
普通に考えて自分の嫁が可愛い女の子だなんて思わないし、俺には昔のトラウマもあるし。精神衛生上も男だと思って置いた方が楽だろ?
しかしアコは納得する様子もなく、さらに言い募る。
「だいたいルシアン、私が男だと思ってたならどうして結婚してもいいって思ったんですか?」
「それはほら……男でもいいかなって」
「え、ええっ!?」
「いやいやそういう意味じゃなくてな!」
目を丸くしたアコに慌てて言う。
「俺は本当にリアルとゲームは別だと思うんだよ。だからさ、例えゲームの外では男であっても、ゲームの中では俺にとってアコなら、それはそれでいいかな、って」
自分で言って思ったけど、なんか理屈としては大差がない気がする。
アコ、やっぱり引くかな──と思ったのだが。
「それは……『私』のことが好きだから、ですか?」
「………………………………まあ、うん」
き、聞きますか、そういうこと?
顔が真っ赤になるのを自覚しながら、アコから目を逸らして頷く。
うわあ、滅茶苦茶恥ずかしい。なんでこんな所で羞恥プレイをさせられてるんだ。
「じゃあルシアンは住所も年齢も顔も性別も、なにも関係なく、ただ『私』のことを好きになってくれたって、そういうことですか?」
「は、はい、そうです」
要するにそういうことで間違ってない。
おっかなびっくり答えた俺をじーっと見つめた後──アコはふにゃりと溶けるように微笑んだ。
「ルシアン、私もですっ!」
「お、おお!?」
アコは俺の両手をしっかりと握って何度も何度も上下に振った。
アコの手は凄く熱かった。そして柔らかかった。
俺の手を溶かすように、包み込むように、その温かみが伝わってくる。
「私もルシアンがルシアンだから一緒に居たいって思ったんです。ルシアンが近くに住んでる同い年の男の子じゃなくても、もしも私が思ってた人と全然違ったとしても、絶対に大好きでした! これは本当ですから、信じてください」
「……あ、ありがとう、アコ」
アコは目に涙まで浮かべて、本当に嬉しそうにそう言った。
えっと、それは、どう受け取れば良いんだろう。
もしも俺がアコの思った『ルシアン』と違っても大好きだった、って……じゃあ実際の俺は想像と大差なかったってことか?
そして仮に差があってもなくても、結局は俺が好きだって──。
「いや違う、落ち着け。ゲームとリアルは別、ゲームとリアルは別、ゲームとリアルは別……」
「? ルシアン?」
なんでもないなんでもない、とアコの手をそっとほどく。
さっきから騒いでいるし、流石に人の目があって恥ずかしい。
「もう遅くなる。帰ろうぜ」
「でも、私はまだ……」
「俺が帰らなきゃいけないの。ほら」
うー、と不満げに言ったアコだったが、結局は素直に頷いた。
「ルシアン、また明日……ううん、また後で! 今日は迷惑かけないようにしますから!」
「あ、ああ。気をつけて帰れよ」
「うん、じゃあ、のし!」
「ノシ、ってリアルで挨拶に使う単語じゃねえから!」
何度も何度も手を振って、アコは駅の中へと消えていった。
それに手を振り返してる俺は端から見たら仲の良い恋人同士に見えたんだろう、ちょっとした視線と、クスクスと笑われているのが聞こえる。
俺とアコはそんなんじゃない、全くの初対面だ。
なのにこんなに仲の良い感じで──。
なんだろう、微妙に嫌な予感がする。
例えて言うならそう、凄く大きな地雷を思いっきり踏み抜いてしまったような。
「さ、さっさと帰ろう。うん、帰ろう」
俺は何かから目をそらすように、急いで帰宅の途についた。
††† ††† †††
◆シュヴァイン:ははは、アコの操作が普段よりさらに酷いぞwww
◆アコ:が、頑張ってるんですけど……
◆アプリコット:気合いが空回りすることもある、気にするなアコ
◆シュヴァイン:俺様は全く気にしないぞw 何も問題ないからなw
◆ルシアン:ああそうだな気にするな。デスペナで俺の経験値がとんでもない減り方をしただけだからな
◆アコ:ごめんなさいルシアンっ
◆ルシアン:……冗談だよ、冗談
オフ会の夜、いつも通りに集まって狩りに出かけた俺達だったが、アコの操作は普段に輪をかけて酷かった。俺のキャラが見ていて可哀想な目に遭っていた。
しかしアコの操作の幅としては悪い意味でブレの範囲内だ。それにモニターの向こう側に涙目になったアコが──玉置さんがいるのかと思うとなんだか許せる気がしてくるし。
あんなにゲームとリアルは別だと自己弁護してたっていうのに、我ながら現金だとは思う。
そうして狩りを終え、町に戻ってきていつもの椅子に座ると、アコもまたいつものように隣に座った。
◆アコ:お疲れ様です、ルシアン
◆ルシアン:ん、お疲れ
何も変わらない普段通りの行動なのに、今日俺の隣に座っていた彼女を思い出してなんだか一人でドキドキしてしまう。
落ち着け落ち着け、あの子はリアルの亜子さんであって、俺の嫁のアコはこっちの方だ。
しかしこうして普通にゲームをしているのがちょっと意外ではあった。
実際に顔を合わせて会って、同い年の同級生だとわかって、その後も仲間だ嫁だ旦那だなんて言っていられないだろう、と思ってたんだ。
この居心地のいい空間はリアルで見知らぬ他人だったからこそ維持できたのだ。出会って、そして決して遠からぬ関係であることがわかった以上、一人の気持ち次第でどう変わってしまうかもわからない──なんて、不安に思ってたんだけどな。
と、マスターの上にぽんと吹き出しが表示された。
◆アプリコット:では私はそろそろ落ちるとしよう。明日は朝から用があってな
◆シュヴァイン:それ、学校で? あ……っと
◆アプリコット:うむ、そうだ
ぽろりとリアルの話を漏らしたシューに気にした風もなく、マスターは頷く。
◆アプリコット:皆が思うよりも会長は暇なのだが、たまには忙しかったりもするのだ。校内で見かけたらいつでもマスターと声をかけてくれて構わんぞ
◆シュヴァイン:かけないわよ!
◆ルシアン:おいシュー、素がでてるぞ!
◆シュヴァイン:お、俺様に限ってそんなことはないわよ! な、ないのぜ!
◆ルシアン:落ち着け! 超不安定になってるから!
◆アプリコット:ははは、寝る前に笑わせてくれるなよ。ではな、また会おう
言うだけ言って、マスターはあっさりと落ちた。
この人は本当に何も変わらないな。泰然自若っぷりが凄い。
◆アコ:じゃあ私も、お風呂に入って寝ますね
そう言うアコに、今日会った玉置さんがシャワーを浴びるところを一瞬だけ想像し──すぐに打ち消す。
リアルとゲームは別、リアルとゲームは別。
◆ルシアン:お疲れー
◆シュヴァイン:湯船で出汁でもとられて来るんだな
◆ルシアン:豚のお前じゃねえんだから、シュヴァインさんよ
◆シュヴァイン:俺様を豚なんて呼ぶんじゃねえ! マジうざいわねあんた!
◆ルシアン:だから混じってるって
◆シュヴァイン:か、顔を見られた後だとなんかやりにくいのよ!
そりゃそうだろう。
あの顔で俺様とか言ってるんだなって考えると俺もニヤニヤが止まらないし。



