二章 マスター・オブ・現代通信電子遊戯部 ④
「マスター……会長に携帯で連絡取っとく。悪いけどお前も昼休みあけておいてくれ」
「二人ともどうしたんですか? 私また変なことを言いました?」
「いや……昼飯、一緒に食おうぜ」
アコはしょぼくれていた猫が名前を呼ばれたみたいに、ぱっと表情を輝かせた。
「はいっ!」
ああ、可愛いなあ。
可愛いよ、可愛いけど……これ、どうしよう。
マスターに連絡した所、昼休みに生徒会室へ来るが良いぞと返事があった。
いいのかよ、私室じゃねえんだぞ──とは思ったものの、他に当てもない。
昼休みを待って、俺達は生徒会室を訪れた。
「なるほど、そんなことがあったのか」
俺達以外に居ない部屋の中、一通り話を聞いたマスターはにやりと笑って言った。
「それはおもしろいな!」
「何も面白くねえよ!」
あの後どれだけ大変だったと思うんだ。
あれやこれや聞こうとするクラスメイトに、
玉置さんとはたまに一緒にゲームをする中で、俺の作ったルシアンってキャラクターが彼女の作ったキャラクターとたまたま結婚したんだ。
そう、完全にゲームの中だけの付き合いなんだ。
瀬川は俺が悪口で豚って教えてたのを玉置さんが勘違いして覚えてたんだ、こいつは完全な被害者で、部外者なんだ!
──みたいな言い訳を必死に作り上げたのだ。
「寿命が縮んだわよ」
「全くだ……」
俺と瀬川は疲れ切っていた。
「……ごめんなさい」
「いや、謝って欲しい訳じゃないんだけどさ」
「あんたは弁当までもらってんだしね」
まあ、な。
目の前にあるアコの弁当を撫でる。
女の子にお弁当を作ってもらいました──とか人生初で、ぶっちゃけ凄ぇドキドキしてる。
「アコの作った弁当、か。なるほどな、アコにとっては旦那であるルシアンに弁当を作ってくるのは当たり前なわけだ」
「おかしいですか?」
「普通ではないだろうな」
言葉とは裏腹に、マスターは楽しそうに言う。
「確かにアコとルシアンはゲームの中で長い付き合いを経てお互いに愛し合うようになり、ついに結ばれた、そんな仲なのだろう。しかしそれはゲームの中のことだ。現実のことではない。顔も名前も知らぬ相手と本気の恋をしていたわけでもあるまい?」
もっともなマスターの言い分。しかしアコは、
「そんなことありません!」
大きく首を振り、力強く言い切った。
「顔も名前も知らないからこそです! ルシアンとお話しして、ずっと一緒に居て、心と心で触れ合って、お互いの繋がり以外に何もない状態で好きになったんです。それはそこらにいくらでも居る一山いくらのリア充どもよりもよりずっとずっと純粋な愛です!」
「……なるほど、そう言われると一理あるな」
「マスター、流されんなよ!」
「おお、すまんすまん」
はっはっはと軽やかに笑うマスター。
「しかし一概に否定するのもどうかとは思わないか? 顔だの声だの身長だの体重だの、そういう要素を全て別にして、アコは純粋にお前の人柄が好きだと言うんだぞ。喜ぶべきことじゃないか」
「だから乗せられるなってば!」
アコの側に傾いているように見えるマスターを止める。
そんな単純な話じゃないっての。
「人柄だけで、なんて良い様に考えすぎだよ。ゲームの中で好きになるってことはキャラクターの外見や戦闘時のスペックが絡んでるだろ。俺はいつもアコの面倒を見てたからさ、そういう部分で本当の俺とは違う形で評価が上がってるんだよ。真っ当な評価じゃない」
「……だそうだが、どうだ?」
話を振られたアコは大きく首を振った。
「そんなことないです。ルシアン以外の人とも時々一緒にゲームしましたけど、みんなすぐ怒っていなくなっちゃって。でもルシアンはずっと一緒に居てくれたんです。私が何度失敗しても、何度忘れても、何度も、何度も──」
照れた笑みを浮かべて俺を見つめ、アコは言う。
「だから大好きなんです」
「……アコ」
やっぱ可愛いよなあ、この子。ノーマークだとか言われてたのは、こうしてしっかり顔を合わせて喋る相手が俺達しか居なかったからだろ、絶対に。
って考えるとアコは俺以外にこんな顔見せないんだろうな。それってなんか優越感があるかも。──い、いや、駄目だけどな! そんな『俺ってこの子にとって特別なんだぜ』みたいなのは絶対考えちゃいけないんだけどな!
「あーはいはいお幸せにー。あたし帰るからー」
と、見つめ合う俺達に鬱陶しそうに言い、瀬川は席を立った。
「ったく、何が悲しくてノロケを聞かされて昼休みが潰れるのよ」
「いやいや、待て瀬川! これでお前まで居なくなったら大変なことになるから!」
生徒会室から出ようとする瀬川を必死に引き留める。
マスターもなんだかアコ寄りに見えるってのに、その上瀬川が居なくなったら俺の味方は誰も居なくなる!
すがりついた俺に、しかし瀬川は吐き捨てるように言う。
「近寄らないでよ、この直結厨」
「ちょ、ちょ……ちょっけつちゅう……だと……」
「そうよ、やっぱそうだったんじゃないの」
「俺は違う、違う……!」
「何が違うっていうのよ。ゲームの中でアコに声かけて、会ってモノにして……」
「うわああああああああやめてくれええええええ」
嫌だ、そんなのは嫌だ!
直結厨なんてネトゲプレイヤーとして最高に嫌な称号じゃないか!
「ちょっけつちゅう? ってなんです?」
「直結厨というのはネトゲで男慣れをしていない女を漁っては手を出すという腐った男のことでだな」
「言わないでくれえ!」
俺は泣き叫んで頭を抱えた。
嫌だ、直結厨なんて断固お断りだ! 絶対にそんな称号は受け入れられない!
そんなことになったら、またあんな悲しい事件が起きる!
「やってやる……やってやるぞ、アコ!」
「な、何をですか?」
きょとんと言うアコ。
「お前の意識改革だ」
「意識……改革?」
「そうだ」
心底不思議そうな彼女の肩をぐっとつかみ、力強く頷く。
「いいか、ゲームとリアルは別だ。通じるところがあるって部分まで否定はしないけど、それでもやっぱり別のものなんだよ。それをアコに理解してもらう」
「ど、どうしてそんな恐ろしいことを……ルシアン、まさに外道です」
「お前実は俺のこと嫌いだろ」
「いえいえ大好きですよ」
そんな当たり前みたいな顔をして大好きとか言われても、なんだか信じられなくなってきたよ。
「で、そう簡単に言うけどどうやってよ」
「そうだなぁ。ゲームの中のルシアンとリアルの俺は別だってのが伝わりそうな何かがあればいいんだけど……」
うーん、と考える。
俺とルシアンは違うってことをはっきり認識させるにはどうすればいいだろうか。
「ふむ、ゲームとリアルの違いを実感させればいいんだな?」
「マスター、何か案でも?」
「ああ、いいことを思いついたぞ、ふふふふふふ。全て私に任せておけ」
マスターはにやりと笑って携帯を出すと、凄まじい勢いで操作し始めた。
「これ、任せて大丈夫なわけ?」
「た、多分」
大丈夫かな、大丈夫だといいなあ。
††† ††† †††
「現代通信電子遊戯部……?」
放課後、俺達はマスターに指定された場所、部室棟の一角に集まっていた。
そこで見たものは、真新しい表札のつけられた教室だった。
「現代通信電子遊戯……って」
「ネトゲじゃないの?」
だろうなあ。マスターが呼んだからには間違いなくネトゲに関係することなんだろうし。
「西村、前ヶ崎高校にこんな部活あった?」
「あったら入部してるよ」
「あんたならそうよね」



