二章 マスター・オブ・現代通信電子遊戯部 ⑤
瀬川は至極当たり前の様に頷いた。
そりゃ、あったら絶対入部してたってのは本当だよ。でもだからってそこまであっさり言われるとちょっとむかつくんだけども。
「私も入部してましたね」
「アコ、あんたね……」
仲間が居たらしい。嬉しいかというと微妙な所だが。
「ったく。仮にあったとしても間違いなく女子向きの部活じゃないと思うわよ。それにここ、確か空き部屋だった筈だし」
瀬川は表札を見上げ、不思議そうに言った。
「何で知ってるんだ?」
「隣の手芸部に入ってたのよ。隣は空き部屋だったのを覚えてるわ」
へえ、手芸部か。らしくないような、意外と似合うような。
「……コスプレ衣装とか作ってないわよ」
「先に釘刺すなよ」
図星なのかって勘ぐっちゃうだろうが。
まあロリキャラなら何を着ても似合いそうな外見だけどさ。
「で、今も手芸部なのか?」
「ゲームの時間が減るからやめたわ」
「やっぱお前も大概だよな」
言われて見ると確かに隣は手芸部だ。
ということはこの部室は最近まで間違いなく空き部屋だった筈だ。
そしてこの表札も見る限りにはかなり新しい。いや、かなり新しいというか、もう今日つけた所、みたいな──。
「すまない、待たせてしまったな」
と、後ろから聞き慣れた流麗な声。
振り向くとマスターが静かな笑みを浮かべていた。
「申請に少し手間取ってな。無事に済んで良かったよ」
そう言って片手に持った鍵をちゃりちゃりと弄ぶ。学校で普段使われている教室の鍵と同じものに見えた。
「申請って何の話よ?」
「ふふふ、中を見ればわかる。さあ、入ってくれ」
無造作にドアに近づくと、マスターは鍵を開けてドアを開いた。
隙間から冷たい空気が流れ出してきた。
のぞきこむと、そこはカーテンの閉められた少し薄暗い部屋。中には四つ並んだ机、四つ並んだ椅子。そして四つ並んだモニターと、四つ並んだデスクトップ型のパソコンがあった。
凄く凄く小さなインターネットカフェのような部屋。俺みたいなタイプの人間にはすっごく居心地が良さそうな空間だった。
「えーと、これは……」
「なんというか、あつらえたような部屋ねえ」
小さく溜息を吐いて瀬川。
「あ、パソコン!」
アコはパソコンに寄っていった。
そして部長はくるりと俺達を振り返り、大きく両手を広げた。
「ようこそ現代通信電子遊戯部──む、長いな。ようこそネトゲ部へ……いや、オンゲ部か?まあいい。とにかく私が部長の護聖院杏だ。部員諸君、これから共にこの部を盛り上げていこうではないか」
「ネトゲ部かぁ……」
「オンゲ部だってよ……」
本気でやりやがった、この人。
呆然とする俺と瀬川を余所にマスター──いや、部長は続ける。
「活動内容は主に放課後のオンラインゲームと休日のオフ会だ。残念ながら課金は部費から出ないので実費になるがそこは我慢してもらいたい。ただし冷暖房は完備だし、回線の方は学校のものが使える。環境については心配しなくていいぞ」
「いやちょっと待っておかしいでしょ」
ようやく再起動した瀬川がマスターの肩をつかんだ。
うん、おかしい。明らかにおかしい。
「何がだ?」
「何がじゃねえよ」
しれっと言い放つマスターに、俺も瀬川と一緒に詰め寄る。
「どうやって部活作ったんだとか、昼に決めたのにもうパソコンが揃ってるのはどうしてだとか、俺達が入部決まってるのがどうしてかとか、もう全部だよ全部! 突っ込み所しかない! なあアコ、お前も何か言えよ!」
パソコンの周りをくるくると歩きまわるアコに話を振ると、アコはこちらに向き直ってにっこりと笑った。
「はい? 見事な仕事だと関心はしますがどこもおかしくはないでしょう?」
「お前に期待した俺が間違ってた!」
「ひどいっ!?」
がーん、とあからさまにショックを受けてみせるアコは放っておく。
問題はこのしっかりと準備されてしまった空間をどうするかだ。
「とりあえず、みんなでネトゲ部作ってネトゲやろう──ってことでいいの?」
「その通りだ。少し無理を言って状態の良いパソコンを運び込んでもらった。部室の使用許可はもちろん、ネットワークの接続許可も既に取ってある。今日から放課後はこの部屋でネトゲができるぞ!」
「ここならみんなでいつでも遊べるんですね」
アコは単純に喜んでいた。
いや、そんな笑って受け止められるような簡単なことじゃないだろ、これ。一体何人の人に迷惑をかけてこうなったんだ。
「ふっふっふ、ここでなら皆で何をはばかることなくオンラインゲームを楽しめる。どうだ素晴らしいだろう」
自身の功績に大いに胸を張るマスター。
「そりゃ凄いわね。んじゃあたしは帰るから」
そして真っ先に帰宅を決め込んだ瀬川。
こいつずるいぞ、後始末を俺に押しつけて自分だけ逃げる気だ。
「待てシュヴァイン、お楽しみはこれからだろう。どうして帰る!」
「シュヴァイン言うな! ……あのね、あたしはあんた達と違って普通に趣味としてネトゲができれば十分なのよ」
胸の前で腕を組み、先輩相手に酷く偉そうに言う。
とりえずマスターと瀬川の攻防を見守ることにした。
「わざわざ学校でまでネトゲしようなんて考えもしないわよ。友達に『部活はネトゲ部です』なんて言えるわけないし。やりたいならあんた達だけでやってよ」
「そういうことを言う人間はログインできる時間が減るから彼氏は要らないなどとは言わない筈だが」
「うぎっ」
お、瀬川が変な声で鳴いた。
気のせいか、見慣れたクリティカルヒットのエフェクトが見えた気がした。
「そ、それは優先度の問題よ。ネトゲは男なんかより大事だけど、だからといってあたしの学校生活を犠牲にする程ではないわ」
「プレイ時間が二時間延びると一日に何M多く稼げるだろうな」
「うぐっ」
さらに直撃が入り、瀬川のライフゲージが削られていく。
「だからあたしは学校では普通の女子高生として……」
「皆とどんどんレベル差ができて狩り場も変わって、シュヴァインとは一緒に遊べなくなるんだろうな。いやあ、残念でならない」
「うう、幾ら言われたってあたしは──」
「ねえねえルシアン、電源ってどれですかね?」
「あー、これだろ」
そんな攻防をよそにアコは勝手にパソコンを起動しようとしていた。
アコがボタンを押し込むと同時に見慣れた起動シークエンスが始まる。うわ、こうやって見るとモニターでけえな。
「ねえルシアン、もうLAインストールしていいですよね?」
「俺に聞かれてもわかんないけど……そもそもスペック足りてるのか?」
学校のパソコンでネトゲとかできるのかよ。
ぽちぽちとコマンドを入れてパソコンのスペックを確認してみる。
さてさてダイアログに表示されたこの機体の中身は。
「んーと、CPUはちゃんとi7か。おお凄ぇ、OSはSSDに入ってる。んでメモリが……16G? グラボがGTXの二枚差し!? なんだこれ!」
想定外のハイスペック、幾らかかってるんだこれ!
驚愕した俺の声に、さらに驚きの声が被った。
「マ、マジでっ!?」
マスターと向かい合っていた瀬川がぐりんとこちらに顔を向けていた。
「マジマジ。なんだよこのネトゲやることしか考えてない頭悪そうなパソコン!」
「ははは、状態の良い物を運んだと言っただろう」
良すぎだろ! 専用に組んだレベルじゃねえか!
「わ、なんだか動くのも私のパソコンより、ずっとはやい!」
「だろうなぁ……」
「SSDにグラボ二枚差し……メモリ16G……」



