二章 マスター・オブ・現代通信電子遊戯部 ⑥

 瀬川はアコが機嫌良く弄りまわしているパソコンにちらちらと視線を送り、落ち着かなさげに身を揺らしている。

 これは酷い、マスターの状態異常攻撃が瀬川にクリティカルヒットしてる。瀬川のライフゲージに莫大な持続ダメージが入っているのが見えるようだった。

 このまま時間が過ぎればあいつの残りライフはぐんぐん削られていくだろう。


「そういえばシュヴァイン、君のパソコンはスペックが微妙だった筈だな」

「うう……そうよ、お下がりだもの。このパソコンがあればあたしも釣りができる、わよね」


 瀬川の体がゆらゆらと揺れる。

 一歩パソコンの方に踏み出し、その脚を戻し、しかし再び踏み出す。

 その間も視線は一瞬たりとてパソコン本体から離れてはいない。


「一人に一台用意してある、一台好きに使って構わないんだぞ、シュヴァイン」

「ぐっ……これは魅力的だけど……この程度で……しかしSSDの魅力は……」

「汚い、さすがマスターきたない。こんなの余りにも卑怯過ぎます!」


 嬉しそうだなあ、アコ。

 マスター対シュー。見守ってる間に勝敗は決してしまったようだ。


「諦めろシュヴァイン、もう勝負はついている」


 にやりと笑ったマスターに瀬川はついに膝を屈した。


「わ、わかったわよ、入れば良いんでしょう入れば! その代わりこの子は好きにさせてもらうからね!」

「よしよし。アコはもちろん、ルシアンも構わんな。これで無事に現代通信電子遊戯部がはじめられるというわけだ」


 こうなっちゃうとどうやっても折れないだろう。

 最終的にマスターが余計な責任を被る羽目にならないならなんでもいいけどさあ。


「それは構わないけど、マスター、何の為にこんなの作ったんだ?」

「何を言うルシアン、お前とアコの為だろう」

「俺たち?」

「はい?」


 そりゃ学校でもゲームができるってのは嬉しいけど、こんなわけわからないことをやれって言ったっけ。

 首を捻る俺達を順番に見回し、マスターは一台のパソコンに歩み寄った。

 そのままゆっくりと電源を入れながら言う。


「アコにゲームとリアルの違いを理解させなければならない──そう言ったではないか。忘れたか?」

「そりゃ言ったけど……」


 それがどうしてこんなことになったのかさっぱりわからないんだけども。


「良いか、ここでネトゲをするということは全員が顔の見える状態でゲームをするということだ。どんな顔で、どんな風にキャラクターを操作しているかがすべて見える。普段ならチャットでしている会話も声に出してできるのだ」


 ぽんぽんと光を放ち始めたモニターを叩いてマスター。


「ゲームのキャラクターと中の人が同時に存在している状況。アコにゲームとリアルの違いを感じさせるのは最高の状況だと思わないか?」

「あー、そりゃ確かに!」


 チャットでの会話と実際の会話は全然違う。

 普段のように甘えた台詞もそうそう出て来ないだろうし、アコもルシアンと俺じゃ全く違うってことに気付いてくれるんじゃないか。


「そうだな、確かにそうだ。しばらくここでゲームしてればアコの勘違いも落ち着くだろ」

「んー……何も変わらないと思いますよ?」


 そう思ってられるのは今のうちだ。


「見てろよアコ、お前の夢見がちな幻想を粉々に打ち砕いて、俺という情けない男に気付かせてやる!」

「その台詞だけで百年の恋も冷めそうなもんだけど」

「いいえ、私の愛がその程度ではないことを証明して見せますよ!」

「…………はあ」


 苦笑する瀬川と睨み合う俺とアコ。

 こうして現代通信電子遊戯部、第一回部活動が始まった。


「では早速始めるとしよう。下校時刻までまだまだある、それなりに狩りになるだろう」

「んじゃ、あたしはこのパソコン!」


 気を取り直したか、瀬川がうきうきとパソコンの電源を入れる。

 俺も残った一台の前に腰を落ち着けた。

 電源を入れると……うっわ、起動はええ。


「マスター、壁紙可愛いのにしていいですか?」

「好きにいじってくれて構わない。自分の使いやすいようにしてくれ。……ああ、不適切なサイトには繋ぐなよルシアン。職員室で問題になったら困る」

「俺限定で言うなよ!」


 人前でそんなもん見ねえよ! 俺を何だと思ってんだって!


「うっわ、きっも」

「普段のテンションで言うのやめてくれ! ……っつかお前も怪しいツールとか入れんなよ、俺達まで巻き添えでIPBANされるんだからな」

「入れないわよそんなの! 馬鹿にしてんの!?」


 シューはぷんぷんと怒ってみせるが、俺は覚えているぞ、こいつの悪行を。


「そう言うがシュヴァイン、以前に自動ポーションのツールを入れてポーションの使用が止まらなくなったことがあったではないか」

「<外字>っ」


 そう、そんな事件があったのだ。禁止されている外部ツールに興味本位で手を出したシューは、ぽわーんぽわーんとポーション使用エフェクトが出たままになって大いにテンパったのである。


「そういえば私はBOTです事件というのもあった気がするが……」

「いやああああ、黒歴史を掘り返さないで!」


 やいのやいのと言いながらクライアントをインストールし、ゲームを起動する。

 聞き慣れすぎるぐらいに慣れたBGMと共にIDとパスワードを入力する小さなウインドウが表示された。

 プレイする場所は違ってもこっちはいつものログイン画面でなんだか安心する。


「あれ? ルシアン、フルスクリーンにするのってどうすればいいんですか?」

「ALTキー押しながらENTERキー……ってアコ、お前全画面でやってるのか?」

「おかしいんですか?」


 俺の隣のデスクにちょこんと座ったアコが不思議そうに見上げてくる。

 フルスクリーン、全面表示というのはゲームのウインドウだけをモニターに表示して他のウインドウは一切映し出されない状態だ。言わばゲーム以外に何もできないモードである。


「だってお前、全画面じゃWIKIとか見ながらできないだろ。それに何か通知だのメッセージだのが送られて来たらゲーム自体が最小化されて動けなくなるし」

「うん、いつもそれでやってますけど?」

「初心者かよ!」


 いや一年以上やってなお初心者なアコだけども!

 くそ、それで時々謎に動きが止まって俺が死ぬんだな、わかったぞ。


「……え、何言ってんの? フルスクリーンが普通じゃないの?」


 ここにも初心者が居た!


「お前もかシュー! 前衛だろうが!」

「だ、だって全画面の方がパソコンに優しいって言われたし! スペックが悪いからその辺りで気を遣ってんのよ、悪い!?」


 ああ、そうか。

 そういえばフルスクリーンの方がちょっとパソコンに優しいらしい。スペックが足りない場合はその辺りで調整する場合もある。


「なるほどね、そりゃ悪かったよ、怒んないでくれ」

「ふん」


 拗ねたようにキーを押し込み、シューもLAを全画面で表示した。

 どう考えてもこのパソコンならウインドウモードで充分だってことは言わないでおこう。


「でもさ、ゲームしながらデータ確認したい時ってあるだろ。どうしてるんだ?」


 ふと気になって聞いてみる。

 データを脇に表示できないならどうしてるんだろうか。

 何の気なしに尋ねただけなのだが、瀬川は微妙に頬を染めて、俺から目を逸らして言う。


「……それはほら、手元のメモで」

「お前ネトゲの攻略を手書きでメモってんの!?」

「うるさいわねっ! あたしの好きなようにやればいいでしょっ!」


 シューはばんばんと机を叩いた。

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