二章 マスター・オブ・現代通信電子遊戯部 ⑦
確かに小さな手でマウスを操作しながら、ちらちらとメモを見てゲームをしているシューを想像するとなんだか微笑ましいけど。
「ちなみにマスターはどうやってんの?」
「私も普段は全画面だな。……トリプルモニターだが」
『金持ちうぜえ』
アコと俺、見事に台詞が重なった。
「さて、全員無事にログインできたか?」
「はーい。あ、ルシアンだ。こんにちは、ルシアン……っと」
◆アコ:こんにちは、ルシアン
アコがそう言うと、俺の画面にアコからのチャットが表示される。
何の意味があるんだよ、その行動に。
「隣に居るんだからチャット打たなくて良いって」
「あ、そうですね」
っつうかチャット打つの遅え。キーボード見ながらゆっくりゆっくり打つのかよ。
そんな状態でチャット好きだからパーティー自体危なくなるっていうのに。
「んでどうすんの? 狩りにでも行く?」
言葉と共にシューのキャラクターが肩をすくめるモーションを取った。
ちらりと見ると本人も同じように肩をすくめている。
いやはや、こいつも素直な奴だな。
「うむ、今なら連携も完璧だろう。昨日の続きでブルーンク大火山で狩りをするぞ。普段よりずっと良い効率が出るに違いない」
「折角四人集まってるのに効率狩りって……まあ、あたしは良いけどね」
「よし、では出発──」
「いやちょい待ち」
俺はマスターの言葉を遮った。
前々から気になって仕方がなかったことがある。今日この機会にはっきりさせておきたい。
「アコ、ちょっと装備見せてみ?」
「はい? どうぞ」
隣に座ったアコの画面をのぞきこむ。こちらからアコに身を寄せているようで落ち着かないが、意識しないように気をつけて装備欄を確認した。
「お、おおお……」
思わず感嘆の声が漏れる。
こいつは、こいつはひでえや……。
一瞬気が遠くなってしまった。いかん、これはいかんですよ。
「……アコ、今から大火山に行くって言ってるのにどうして装備が水耐性なんだ?」
「このドレス、ルシアンにもらったから大事に着てるんです」
きゃっ、と両手で顔を隠すアコ。
「きゃっじゃねえよ! それを渡したのは海で狩りする時の為だろ! 素直に火耐性着てこい!」
「ええー、炎のローブって可愛くないですよ?」
「あんた、そういう問題じゃないでしょうが……って、うっわ。なにこれ」
俺同様にアコの画面をのぞきこんだシューは唖然として言った。
「この杖、わけのわからないエンチャントついてるんだけど、何なの? 聞いたことないわよピンクスターのキラキラロッドなんて」
「これ、敵をたたくとキラキラって星が飛ぶんです。凄く可愛いんですよ!」
アコは得意満面で言ったが、シューの方は驚愕と納得の合わさった複雑な顔で吼えた。
「戦闘中なのになんか定期的にキラッ☆ キラッ☆ ってなってると思ったらあんたの仕業だったのね!」
「ぶっ、ははははははは」
「なんで笑ってんのよマスター!」
ああ、俺達は知らぬ間にとんでもない地雷を育成していたようだ。
「えっ……もしかして、私の装備、弱すぎ?」
今更気付いたのか、アコがおろおろと俺達をうかがう。言うまでもないだろそんなの。
「弱いっつうか柔らかいっつうかいっそ舐めてると言うか。ちょっと待ってろ、倉庫に回復用の慈愛のロッドが入ってるから貸してやるよ」
「それ持ってますよ?」
「じゃあ使えや!」
アコに本人曰く『可愛くない』装備を押しつけ、俺達はようやくブルーンク大火山マップに到着した。見ているだけで熱そうな火山の内部。火属性のそれなりに強いモンスターが溢れるマップだが、四人で危うくなるような場所でもない。
入り口のゲートを抜けて四人狩り場の入り口に並び、炎に包まれた洞窟の奥に目をこらす。
「んじゃとりあえず良さそうな場所に拠点を置くわよ。アコ、BUFFかけて」
「はーい」
味方を強化する魔法を要求された支援キャラのアコがおっかなびっくりキーボードを叩き、シューにスキルを使用する。
じょわーん! と派手な音が全員のスピーカーから響いた。
「みんなの音も聞こえるんですね」
「そりゃ一緒に居るからな」
「へえ……じゃあこうすると……」
じょーわんじょわーんじょわーんじょわーんじょわーん。
「ああああうるさいっ! ってか重いわよ! いつまでじょわんじょわんやってんのよ!」
「えへへ、ごめんなさい」
「遊んでる間に敵が来てるぞー」
「よし、ここで私のうめえ棒が火を噴く所を皆にみせてやろう!」
ぱっとマスターが魔法の詠唱を開始する。
その瞬間、俺とシューは同時に叫んだ。
「マスターは課金アイテム禁止!」
「な、なに!? そう言われると使うアイテムがないぞ!」
「は? ちょっと見せてよ──うっわ、なんでアイテムの半分が課金アイテムになってんの!?」
「課金の方が強いではないか、他は必要ないだろう」
何がおかしいのかさっぱりわからない、という表情で言う。
ああ、こういう人の力でオンラインゲームは繁栄しているんだな、と謎の感慨を得た。
「ちょっとルシアンこいつどうにかして!」
「他人が課金を使う分には俺は何も損しない」
「あんた最低ね!」
冗談だよ冗談。
「よし、マスターは俺達が見てる前で課金アイテム使うの禁止な」
「横暴な! 私はギルドマスターで部長で生徒会長だぞ!?」
「うるさい黙れ」
移動狩りの形で敵を倒しながら火山の奥へと進んでいく。
敵がまとめてくるわけではないのでさして苦戦するわけでもないが、なかなかこの機体の操作に慣れない。
「んー、操作が面倒くさいな」
「ルシアンは普段と違うパソコンではやりにくいか?」
「そうじゃなくてさ」
ぽんぽんとマウスを撫でる。
問題はパソコン本体ではなく外部機器の方だ。
「普段はクリック移動にしてサイドボタンマウスを使って片手でやってるからさ、左手使うのが面倒くさいんだよ」
「いつも片手でやってんの? 一体どんなマウス使ってるのよ?」
「普通の十二ボタンマウスだけど」
市販品だ。珍しくもなんともない。
しかしシューは異様な物でも見るように、半眼で俺を睨んだ。
「……頭おかしいんじゃないの、あんた」
「失礼だな」
だって片手の方が楽だし、クリック移動も対応してるなら最終的にはそうなるだろ。
「そうだ、特殊マウスと言えば面白い物をもっているぞ。ちょっと待っていろ」
そう言うとマスターは席を離れ、奥の棚を漁りだした。
もう色々と運び込んでいるのか、棚の中にはいくつかの箱やツールが入っているのが見えた。
そしてそこから大きな楕円形のキーボードと、飛行機の操縦桿の様な形をしたマウスを取り出す。
「見ろ、人間工学に基づいた超ハイテクゲーミングキーボードとマウスだ!」
「本当に人間工学に基づいてんのかよ、とんでもない形してるぞ」
「これを考えた人は未来に生きてますね。凄く素敵です」
うんうんと感心した様子でアコ。
あー、こいつ、こういう変なもの好きそうだよな、なにせ俺の嫁だし。
「んで、変な形してるけど、使いやすいの、それ?」
「それが驚くほどに使いにくい」
マスターは欠片も躊躇うことなく即答した。
「……捨てなさいよそんなの」
「私、それ使ってみたいです!」
「アコはせめて普通のキーボードが使えるようになってから言えよ!」
やいのやいのとやっている間になんとか最奥にまで到着した。
「ここまで来るだけで偉い疲れた気がするわ」
「でもアコの回復力が上がってるから普段より楽だな」
「可愛くないんですけど……ルシアン、嫌じゃないです?」



