二章 マスター・オブ・現代通信電子遊戯部 ⑧

 何を言うかと思えば。

 見かけの可愛さが全く要らないとは言わないが、狩り場においては強力な装備品こそがもっとも美しい衣装。

 それこそが正式なドレスコードというやつだろうに。


「一応言うと、見かけの可愛さよりも俺を守る方を重視してくれた方が嬉しい」

「あ……そう、ですよね」


 苦笑して言うと、アコははっとしたように目を見開いた。


「そうですね、幾ら可愛くなっててもルシアンが死んじゃったら意味ないもんね。うん、ルシアンの為に頑張りますから!」

「……あー、うん」


 そんなに純粋な顔で言われるとリアクションに困る。


「じゃあ適当に敵を持ってくるから、こっちに沸いたら頼むな」

「任せておけ」


 ぐっと頷くマスターの平静な顔を見て、すぐに残りの二人に視線を向けた。


「頼むぞシュー、アコ」

「はい、微力を尽くします!」

「課金させないように精一杯努力するわ」

「私の金だろう!? 何故だ!?」


 三人は置いておいて周りの敵をかき集める。

 俺はできる限り殴られないように気をつけながら拠点へと駆け戻った。


「みーんなー、十秒ぐらいで戻るぞー」


 移動しながらチャットを打たなくて良いので非常に楽だ。ほいほいと攻撃を避けながらルシアンを走らせる。


「任せろ、範囲魔法で片付け──何だシュヴァイン、何故腕を押さえる!」

「今! 課金アイテムを! 使おうと! したでしょうがっ!」

「派手な魔法は魔法使いの命だろう!?」

「金で火力買ってどうすんのよ!」


 場外乱闘が激しさを増しているようだが、大丈夫なんだろうか。


「もう着くぞー、いいかー」

「くっ、仕方あるまい……いつでも来い!」

「おっけー、いいわよ」


 ギリギリのタイミングで二人は自分の席にもどった。

 よし、間に合う。


「さーん、にー、いーち、今!」


 俺のキャラクターが本拠地に飛び込んだ直後、氷の魔法が降り注いだ。


「喰らうが良い、我がパーフェクトブリザード! ははは、まさにパーフェクトなタイミングだ!」

「完璧過ぎて全部マスターに流れてるじゃないのよ!」

「ひゃっほいし過ぎです!」


 ターゲットを固定する前に大威力の魔法を受けたモンスター達は、すぐにマスターの操る魔法使いへとターゲットを切り替えた。

 課金していない魔法では一撃で葬り去ることもできず、全ての敵が彼女に襲いかかる。


「普段の私と今の私、どうして差がついた……慢心、課金の違い……」

「パーフェクトブリザード、マスターは死にます」


 アコが目を伏せて黙祷を捧げた。


「いや本当にマスター死ぬって、ちょっと、マジで……マジで死んだー!」


 敵の大群に囲まれたマスターはあっさりと溶けていった。

 うん、そうなるよね。わかってた、魔法が発動した瞬間にわかってたよ。


「どうすんのこれ! アコ、蘇生蘇生!」

「えっと……ルシアン、リヴァイブってどのアイコンですか?」

「俺、この戦いが終わったら、シューと結婚するんだ」

「諦めるのが早いわよ!」

「もう私と結婚してるじゃないですか! 何言ってるんです!?」

「アコ、壁に寄りなさい壁に!」


 とはいえマスターの魔法はしっかり当たっている。全員が死にかけたものの、何とか殲滅はできた。


「いきなり疲れたわ……」


 マウスから手を離してうなだれるシューに、腕を組んだマスターが得々と語る。


「それは課金をしないからだ。課金を惜しむからこうなるんだ。いいか、課金とは運営へのお布施だ。それを怠ると運営という神から天罰が下るのは当然の話、そんなことは言うまでもないだろう」

「その宗教みたいな考え方やめて!」


 シューのキャラクターがゲームの中で『orz』と吹き出しを出した。放っておくとリアルでも地面に倒れ伏しそうな勢いだ。──いや、俺も同感だけど。


「シューちゃん、それもよく使ってるけど何て読めばいいんですか?」


 アコが不思議そうに言う。


「orzって……おーあーるぜっと、じゃねえの?」

「私は『がっくり』という単語で読んでいるが」

「オーズよオーズ、他は認めないわ。……んじゃちょっと席外すから、やってて」

「トイレか?」

「聞くんじゃないわよ」


 ひらひらと手を振ってシューが部室を出て行った。

 確かにこの部室はコンピューター用に冷やしてあるからトイレも近くなりそうだ。

 シューが居なくなって、残されたのは俺達三人。


「……よし、この隙が狙い目だな」


 俺はにやりと笑って言った。狩りへの出発前からこの機会を狙っていたのだ。

 自分のキャラをちょっと操作し、シューのデスクへと歩み寄る。


「ルシアン? どしたの?」

「いいかアコ、ちょっと見てろ、これをこうして、な」


 カチカチとシューのマウスを操作する。


「ほほう。そういうことなら良いものがあるぞ」


 横からのぞきこんでいたマスターが同じようにカチカチと操作する。


「お、いいねいいね」

「可愛い!」


 カチカチ、カチカチ、カチカチ──。


「ただいまー。アコ、あたし生きてる?」

「ちゃんと元気ですよー!」


 部屋に入ってきたシューにそしらぬ顔で声をかける。


「もうすぐ敵を持ってくるところだ、準備しろー」

「はいはい、わかったわよ。ったく、人使いが荒い……わ、ね?」


 椅子に座ってモニターと向かい合ったシューの動きが止まった。

 くくくくく、予想通りだ。

 その唖然とした顔、それが見たかった!


「ちょっ……は? え、何?」

「シュー、もう行くぞー」

「行くぞーじゃないわよ! 何よこれ、何であたしクマの着ぐるみ着てネギ握ってんの!?」


 そう、シューのキャラは狩り場のドレスコードを華麗に無視し、見た目のインパクトと愛らしさしかない熊の着ぐるみと、イベントネタアイテムのネギソードを装備していたのだ。

 言うまでもなく俺とマスターの仕業である。


「戦闘中だぞ、真面目にやれよ」

「可愛さより役に立つかが大事なんですよ、シューちゃん」

「アコにだけは言われたくないわよ! あんた達、あたしの装備勝手に──もう敵が来てるー!」


 ちょうど俺が拠点に飛び込んだところだ。

 今回は死人が出ないように敵の量を調整しているが、だからと言って見ているだけで済む量ではない。


「ほらほら、無駄口を叩いていないで戦えシュー」

「ああもうわかったわよ! どうなっても知らないから! ってうわああ何このネギ結構火力あるじゃない!」

「ははははは、そのネギは私がフル強化してあるからな!」


 ネギを用意したマスターが高らかに笑った。

 おお、マジだ。普通に敵を切り裂いてる。ネギパネエ。


「マスターは金の使い方がおかしいのよ! ああ、私のシュヴァインちゃんが……」


 ネギを振り回して敵を切り刻むクマのぬいぐるみ。

 それはもう酷くシュールな光景だった。


「あんた何してくれてんのよ!」

「軽いジョークだって、怒るなって! 怒……うっわぁ!?」


 その後、俺が中の人に切り刻まれた。


 こちらはシュールではなくバイオレンスだったのが誠に残念でならない。


 キーンコーンカーンコーン、と部活終了のチャイムが鳴った頃、俺達は一狩り終えて町に戻ってきていた。


「ああ、普段の狩りよりずっと疲れた気がする……」


 両手をマウスとキーボードから離し、手をぷらぷらと揺らしながらシューが言った。


「効率は上がったではないか」

「途中からアコの操作を半分ルシアンがやってたからでしょうが」

「ルシアン、本当に上手いですよね」

「あんたは練習しなさいっての」


 んー、とシューが身を伸ばした。

 町に決めたいつもの溜まり場、喫茶店。

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