二章 マスター・オブ・現代通信電子遊戯部 ⑨
普段通りにアコが俺キャラの横に寄り添い、ピコンとウィスパーチャットが開いた
◆アコ:お疲れ様です、ルシアン
「アコ、だからそれは要らないんだって」
それじゃあ普段と何も変わらないだろうが。ゲームのキャラクターであるルシアンじゃなく、アコの横に居る俺と会話してもらわないと。
「あ、そうですね。じゃあ……」
うんうんと頷き、アコはぐっと俺の耳元に顔を寄せた。
「な、おい、アコ……」
「……お疲れ様です、ルシアン」
「~~~っ!」
耳元で『ささやかれ』て、温かい吐息が耳に触れる。
びくんと身を固めた俺にアコはそのままの体勢で続けた。
「いろいろ助けてくれてありがとう、いつもより皆の役に立てた気がします」
「そ、そっか、良かったな」
「……で、も!」
そのまま俺の腕をつかみ、つねるようにぎゅーっと握る。
「生きて帰ったらシューちゃんと結婚するって、なんですか!」
「いやあれはただのネタで」
「なら私に言えば良いのに。ルシアンだいっきらい!」
言って、アコはぱっと身を離した。
さらにぷいっと俺から顔を逸らす。どんな表情をしているかは見えない。
「あ、いや、ごめ……」
慌ててもごもごと言い訳をする俺の言葉を遮るように、アコはぽつりと言った。
「──嘘。大好きです」
「あ……アコ」
姿勢を戻してこちらに向き直り、拗ねた猫のような仕草で言うアコ。
見ているだけでどんどん体温が上がっていく気がした。
普段チャットで言われていることと大差ないのに、こうしてリアルで言われると……ダメだ、流されそうになる。流されても良いんじゃないかって気がしてくる。
そんな思いに囚われていると、アコがくるりと表情を変えて俺を見上げた。
「どう、どうですか? 惚れましたか? いえ、惚れ直しましたか?」
「…………その一言が余計だ。それがなければ危なかった」
「そ、そんな……私やらかしたんですか」
「やらかしもやらかしだな。全く……」
くそ、折角危なかったのに──いやいや、そうじゃない。危ないところだった、耐えられて良かった、だ。
「あのねえ、西村……あんた目的わかってるー?」
そんな会話をする俺達を瀬川がジト目で見ていた。
えーと、目的って……ああ、そうだった! アコの旦那発言とかをやめさせなきゃいけないんだった!
「あ、ああそういえばそうだっけ、ははは……」
「はははじゃないわよ! あんたの為にやってんのよ!」
ばんばんと机を叩くシュー。いやはや申し訳ない。
「現代通信電子遊戯部、目的未達であるな。これは明日も部活動をせざるを得ない」
「えええ、これまだ続くの?」
「いやならやめても、いいんですよ?」
アコはにこにこと言ってパソコンを示した。
家のパソコンのスペックが低い彼女には逃れがたい誘惑だろう。実際シューは渋い表情で眼前のモニターを見つめた後、諦めたように息を吐いた。
「……ま、いいわよ。嫌じゃないし」
俯いて言う瀬川。
「楽しかったですねー」
「……そうだな」
純粋に笑って言うアコに、俺も頷いた。
目的とは違うんだけど、うん。凄く楽しかったな。
「確かに楽しかったけど……」
ゆっくりと俺達を見回してふっと息をつき、瀬川は小さな声で言った。
「むしろリアルとゲームの境界が薄くなってくような気がするのよね……」
「何か言ったか、シュヴァイン?」
ふっと笑って言ったマスターに、瀬川は首を振った。
「別に。さ、もういいでしょ。あたしは帰るわよ」
瀬川はさっさとパソコンの電源を落とすと、鞄を持って席を離れた。
そのまま振り返ることなくドアへと直行する。
「あ、おい、一人で帰るのか?」
「なんであたしがあんたと帰るのよ」
「……そりゃそうか」
シューならともかく、瀬川は俺と帰ったりはしないだろう。それは確かに当たり前のことだ。
部屋を出る瀬川を見送ってマスターに声をかける。
「マスターはどうする? もう帰るのか?」
「私は少し学校に用がある、二人は先に帰って良いぞ」
冷静に、しかし楽しげに言うマスター。
二人は、ね。
要するに、二人で、だろ。
「じゃあ、えーと」
「はい、帰りましょう、ルシアン」
「……ああ」
追いかけて瀬川と帰れよ、とは言えなかった。
帰る途中ずっとシューちゃんシューちゃん言われ続けた瀬川が切れる姿しか想像できなかったからだ。
「今日は本当に楽しかったですね、ルシアン。明日が本当に楽しみです」
「ま、そうだな」
アコは通学路の先に沈む夕日に目を細め、ちょっと疲れた様子で漏らした。
「久しぶりに連続で学校に来たんでちょっと疲れましたけど……」
「普段はどんな生活送ってんだよ……」
「えっと、最終的にはルシアンに養ってもらうので途中のことは別にいいかなと」
「これこれ待ちなさい」
どんな人生設計だ。俺はそんなもの認めたつもりはないぞ。
「え、まさかルシアンは共働きが理想ですか?」
そういう問題じゃなくて。
ただ、まあ──どちらかと言うと。
「そうだな、共働きの方が良い」
「え? 何ですって?」
アコは即座に聞き返してきた。
「……だから共働きの方がいいって」
「え? 何ですって?」
アコは即座に聞き返してきた。
「共働きが──」
「え? 何ですって」
アコはもはや食い気味に聞き返してきた。
「お前なあ!」
「きゃーっ」
笑いながら通学路を逃げるアコを追う。
しかし小さな体躯のアコだ、追いかけるまでもなくすぐに捕まえた。
「この野郎、反省しろ」
「すいませんでしたー」
「ったく……」
あっさりと捕まったアコの頭を撫でつけると、彼女は機嫌良く目を細めて微笑んだ。
そんな彼女を見ながら少しだけ考える。
こいつ、本当に学校にはあんま来てないのか?
「…………」
「ルシアン? どうしたの?」
「ああ、いや。人前でルシアン呼ばわりされるのも慣れてきたなって」
「ご、ごめんなさい、西村君」
アコは今更に呼びなおした。
周りには部活終わりで下校する生徒がそれなりに居て、ちらちらと見られている気はする。しかし、恥ずかしいなぁ、ぐらいの感想で耐えられるようになった辺り、俺にも耐性ができてしまったらしい。
要らない、そんな耐性は要らない。
「あの、西村君」
「ん?」
若干凹みながら歩みを進めていると、アコがくいくいと俺の袖を引いた。
「こうして歩いてると、私達も友達に見えますか?」
「そりゃ見えるだろ」
実際友達だしさ。
「じゃあ恋人には見えますか?」
「微妙なラインだな」
二人で歩いてるけどそれだけだし。
「ならリア充っぽくは見えるかな?」
「俺が近くで見てたら死ねと思うのは間違いない」
それは確実だ。
こんな可愛い子と二人で、袖をつかまれながら歩いているのだ。爆死判定間違いなしだ。
「ふふふ……ざまあみなさいリア充ども」
「落ちつけ落ち着け」
暗い笑いを浮かべるアコをたしなめ、通学路を歩く。
日が沈むにつれて段々と夜が近くなっていく。
鮮やかなオレンジから深い黒へと町の色が変わり始めていた。
「何だかんだで結構帰るのが遅くなったけど大丈夫か? 親に連絡とか入れたか?」
アコに尋ねると、アコは俺の顔を見ることなく、前だけを見て答えた。
「そういうのは大丈夫です。両親はほとんど家に居ないので」
「……そうなのか」
「そうじゃなかったら毎晩ゲームなんてできないですよ。いえ、ちゃんと帰ってきたら落ちてお迎えはしてますけどね」
そこまで言って、アコは俺に視線を向けて微笑んだ。
俺は家に家族が居てもやってるんだけども──そこは脇に置いて。
両親が家に居ない、と言うアコの声は少し硬かったように思う。こちらを見ることなく、言い切ったアコの言葉。悪いこと聞いたかな。
っつか、友達も居ないって言ってたし、学校にもあんまり来てないし、家族も家にはあんまり居ないのか。
「……んー」
「西村君?」
「いや、なんでも。……コンビニで肉まんでも買って帰ろうぜ、半分やるよ」
「何ですかそれ、リア充っぽい!」
「だろ?」
目を輝かせるアコの背を押して、ゆっくりと歩みを進めた。
ゲームの中とは別の意味で、この子をもう少し助けてやりたいなと、そんな偉そうなことを考えた自分を、頑張って吹き散らした。



