三章 猫姫ハンターフロンティア ①
さらに数日、現代通信電子遊戯部は活動を続けた。
「ほらどうよ、あたしのルシアン捌きは!」
「おい馬鹿、そんなに山ほど連れてきても耐えられるわけが」
シューの操作するルシアンが大量の敵を引き連れて俺達の前にやってきて、そのままなすすべもなく敵の塊に飲み込まれた。
「ふふふふふ、私が一番マスターを上手く使えるんです! ってあああ、ごめんなさい、魔法キャンセルしちゃった! ルシアンが死んじゃう!」
死んじゃう、っていうか死んだ、もう死んだ! 俺に多量のデスペナルティだけを与えて無残に死んだ!
「な、なにこいつ! 柔らかっ! 使えないわね!」
「柔らかくねえよ、お前の操作が下手くそなんだろ! あああ俺の経験値が! くそ、お前もつっこめシュヴァイン!」
「あたしのシュヴァインを殺すなー! マスター、はやく回復!」
「無課金キャラはパワー不足で使ってて楽しくない」
「課金しないと死ぬ病気か何か!?」
それぞれが本来自分が使っているのとは違うキャラクターを使って戦う。
この日の挑戦は『ルシアン』を固定しないという名目のキャラ交換会だった。
「ねえこれ、アカウント共有に入るんじゃないの?」
「いやいやいや、一時的にパソコンの前に居るだけだし、BANとかないって!」
うん、多分な!
翌日は経験値ではなくレア狙いの狩りをしてみたりもした。
殺伐とした状況に陥れて、俺とアコの仲を引き裂くのが狙いだ。
「あ、出た! 出たわよヴァレンティヌスの鎧!」
「うおおお、マジで出た! 信じられねえ!」
強力な耐性とステータスアップ、それに膨大なライフを上昇させる一級品の鎧。
さらにはヴァレンティヌスセットというセット装備の一角でもある。全部装備するとなんかもう凄いことになるらしい。
ユーザー市場価格百M単位──ゲーム内マネー一億単位のアイテムだ。
レアを狙いに行って、結果出ずに殺伐とするのが目的だったのだが、出てしまえばそれはそれで殺伐とするのがオンラインゲームである。
「ヴァレンティヌス……バレンタイン……なんだかすっごく腹の立つ名前の鎧ですね、捨てません?」
「落ち着けアコ! 百M単位の装備を名前の雰囲気で捨てようとすんな!」
「どうしたものか。売って分配するか、それとも誰かが使うか」
「使いたい!」
俺は即座に言った。
これがあればルシアンはさらに硬くなれる!
「あたしも欲しい!」
「無論、私も欲しいぞ」
「私が取って捨てます!」
全員が手を上げて所有権を要求し、互いに睨み合う。
殺意すら混ざっているだろう視線を絡ませながら全員がゆっくりと立ち上がった。
「全員が欲しいと言うなら……」
「仕方あるまいな」
「情けは無用よ!」
「いきます!」
じゃーんけーん、ぽん!
と、レアの分配で大もめしたり。
「あれ、止まったわよ?」
「む、鯖が落ちたか」
翌日は珍しく鯖落ちが起きた。
鯖というのはそのままサーバーだ。そしてサーバーが落ちるとは、要するにサーバーがダウンしてゲームにログインできない状態である。
オープンβや正式サービス直後なんかはよく鯖落ちもするが、安定期に入るとなかなか落ちないのがオンラインゲームのサーバーだ。思い出してみるとLAの鯖が落ちたのは結構久しぶりのことだと思う。
「まだ夕方ですし、掃除のおばちゃんが電源ひっこぬいたんじゃないですかね?」
何度かログインを試しては弾かれながらアコが言う。
「鬱陶しいおばちゃんだな。誠に遺憾だ」
「日本製、新型弾道ミサイル遺憾の意三号を用意しましょう」
何処に向ける気だ、やめろアコ。
しかしLAにログインできないとなると、どうするかな──あ、そうだ。
「ここ、別にLA部って訳じゃないだろ。入れないなら別のネトゲでも探すのはどうだ?」
「ほう、別のオンラインゲームか」
ちょっと乗り気なマスター、それとは正反対にシューは眉をひそめた。
「今更他のネトゲ? 別にLAだけでいいわよ」
「でも鯖落ち中は暇だろ、何かオススメはないか?」
言いながら俺自身も探してみる。んー、あんまりめぼしいのはないか。
「おお、良いのがあったぞ」
と、自分の画面に公式サイトを表示し、マスターが俺達を呼んだ。
「このネトゲなんてどうだ。なんとちょうど今日の夕方からオープンβが開始する、海外発のMMORPG。元のゲームはそれなりに有名で、運営は鯖の弱さで有名なあそこ。さあどうだ、これは間違いなく熾烈なログインゲームが楽しめるぞ」
わくわく感一杯の笑顔で言うマスター。
ログインゲームというと、限界を超えた数のプレイヤーが一度にログインをしようとするせいで通常ではありえない挙動をするログインサーバーに、ただひたすらIDとパスワードを打ち込みつづけることで誰よりも早くゲームへのログインを目指す、ディープなネットゲーマー達に大人気の、あのログインゲームのことか。
今回は有名タイトルで人が集まり、さらに鯖は脆弱。登録した人を無制限に、そして無料でプレイさせるオープン<外字>テストが昼のニートタイムではなく夕方から始まる──なるほどな。
にやりと笑ってマスターを見ると、彼女も『理解した』者の笑みを浮かべている。
「…………」
「…………(こくり)」
ちらりとアコに視線を向けると彼女も大変良い顔をしていた。
流石は俺の嫁だ、わかってるな。
「はぁ? 何がログインゲーよ。そんなの何が楽しいのよ。LAが復帰するまで適当にネット見てれば良いじゃない」
が、残念なことに、ここには一人の異分子がいた。
こいつは何もわかっていない。オンラインゲームプレイヤーにとって最も楽しい一時のことを理解していない……!
ギルティ、ギルティ、ギルティ……俺達の声が重なる。
「ちょっ、え、なに? なんなの?」
「はぁ……ログインゲーやりたくないとか素人すぎんだろお前」
「オープンβで一番楽しいのがログインゲームだろう。そんなこともわからないのかシュヴァイン。私は部長として情けないぞ」
「私達で全てのログインゲームを過去にするんですよ!」
「いやいやいやあんたらがおかしいって! 何よ、ログインゲームって!?」
「説明しよう!」
大いに慌てるシューに、マスターはぴっと人差し指をたてた。
「ログインゲーム──露具院夏獲無とは、古代中国に存在した地下組織『露具院』において用いられた拷問『夏獲無』のことだ! これは立っているだけでも命を奪われるような酷暑の夏、何もない荒野に敵を放つものである。放たれた敵は探そうとも探そうとも獲物も水も無い状態で無残に死んでいくという、恐るべき拷問なのだ。犠牲者の多くは飢えから自身の服、体の一部すら食い破るため『怨裸印』と呼ばれている。その被害者は、イチロー怨裸印、城怨裸印、西洋ではディドゥーン=ボン怨裸印氏など、非常に幅広い」
「現代において、新しいネットゲームのオープン日に、どれだけ頑張っても何も得られないというのに、誰よりも早いログインを目指して必死にログイン作業を繰り返すプレイヤーの行いをログインゲームと呼ぶのですが……それは露具院夏獲無が由来なんです」
と、マスターの解説をアコが引き取った。
「それ嘘よね! 絶対嘘よね!?」
「いやいや、俺は本で読んだことあるぞ?」
「どこの本よ! 言ってみなさいよ!」
「……みんめーしょぼう、とか言ったかな?」
「やっぱ嘘じゃないのよ!」
嘘じゃねえよ、失礼だな。
「ちょっと待って、やるの? マジで? どうせ半日で飽きるのに!? わざわざアカウント作って必死にログインすんの!? 何も得られないのに!?」
「急いでクライアントをダウンロードしろ! マスターとしての命令だ!」



