三章 猫姫ハンターフロンティア ④
確かに破壊力は凄かったんだけど、なんつうかほら、ちょっとそういうの重いし。
「んー、あの台詞を使いこなすには今のアコではステータスが足りない」
「くっ、ラヴが足りない! レベルが上がれば愛情を上げられますか?」
「人生オフラインは自動ステ振りだから愛情が上がるとは限らないんじゃね」
もし上げるスキルを選べるなら俺の人生こうなってないです。そんな思いで答えると、アコは苦々しげに拳を握った後、そっと窺うように俺を見た。
「……募、愛情特化ステ、旦那@1、お願いします」
「希望に満ちた目で見上げてきてるところ悪いが、もう嫁募集は〆ました」
「そ、そんなぁっ」
「あんたら……くっ……」
微妙に遠い距離で瀬川が凄く突っ込みたそうな顔で拳を握っていた。
あいつも自分を解き放てば楽しくなるのになあ。
「みんなー、そろそろ座りなさい、予鈴鳴るわよー」
と、そう言いながら斉藤先生が入って来た。教壇に向かう先生は、ふと俺の席の前で足を止める。
「あら、玉置さん。今日も来ているのね、偉いわ。でも早く一組に戻らないと予鈴が鳴るわよ」
「は、はい。じゃあ西村君、また……」
「おーう」
先生の前だからか、ぼそぼそと言って、アコは教室を出た。
「……西村君、玉置さんと仲が良かったの?」
そんなアコを見送って、斉藤先生はそう聞いてきた。
嫁云々を別にしてもアコは良い友達だと思う。もうすぐなくなっちゃうけど、同じ部活の仲間でもあるし。
「ええ、仲は良いですよ」
「そう。なら仲良くしてあげてね。きっと玉置さんも喜んでると思うから」
先生は嬉しそうにうんうんと頷いた。
あの、なんか完全に問題児がマシになった時の先生のリアクションなんだけど、あいつ普段どうしてるんだろう。なんだか背筋が寒くなった。
そういえば顧問の話、聞いてみようと思ってたっけ。
「そうだ、斉藤せんせー、うちの顧問やってくれません?」
「顧問?」
尋ねてみると、先生は不思議そうに首を傾げた。
「あれ、西村君、部活なんて入ってたの?」
「現代通信電子遊戯部です」
そう答えながら、生徒の部活もちゃんと覚えてんだなって、ちょっと感心したりもした。
そんな俺とは逆に、斉藤先生は
「……あ、あそこね。会長の御聖院さんが何かやってた所……」
そう言って嫌そうに溜息まで吐いた。
先生にこんな態度させるって、一体何やったんだよ、マスター。
「あのね、西村君」
それどころか真剣な表情で俺を見ると、お説教でもするように言う。
「教師の立場として学生のプライベートな趣味に云々言うつもりはないけれど、私個人としてオンラインゲームはオススメしないわ。あれはのめり込むと本当に危ないものなの。君の人生に取り返しのつかない影響をあたえる危険すらあるわ。それもわざわざ学校でまでやろうだなんて、やめておいた方が良いわよ」
「う……は、はい」
そう言われると口答えできない。
自覚はあるけどやめられない、そういうタイプのものなんです。
しかし先生、ネトゲのことよく知ってるなぁ。
「あれ、先生ってネトゲ詳しいんですか?」
「まあねぇ」
尋ねてみると、先生は周りから聞こえないよう小声で言った。
「少し前、嗜む程度にやってたのよ」
「マジで!? じゃあ顧問やってくださいよ!」
「だから、やらないわよ」
苦笑すると、先生は出席簿でぽんぽんと俺の頭を叩いた。
「ああいう遊びは深みにはまらないことが大事なの。学生の内は加減がわからないんだから触れない方が良いのよ」
「でも大人になってやる時間あるんですか?」
「そこが難しいのよねぇ」
本気で止めようと思っているわけでもないらしく、先生はやれやれと首を振るだけだった。
と、キンコンカンとチャイムが鳴った。
先生ははっと顔を上げると、ざわめくクラスを見回して言う。
「ほら、皆席に着いて。ホームルーム始めるわよー」
勧誘失敗。
んー、どうすっかなぁ、ネトゲやってたらしい先生でもこのリアクションじゃ、他の先生は相当厳しいよなあ……。
授業中もうんうんと悩み続けたのだが、結局名案は出てくれなかった。
部活が始まってもやっぱりうんうんと悩む。
四人そろってうんうんと悩む。
「ルシアン、マスター、私良いこと思いつきました!」
「……嫌な予感がするけど、言ってみろ」
「部活が潰れちゃったら、その度に新しい部活を作れば良いと思うんです。現代通信電子遊戯部2、みたいに!」
「ほう、それはいい考えだな!」
「マスターに危ない発想与えるんじゃないわよ!」
「……お前らなぁ」
考えても考えても答えは出てくれなかった。
††† ††† †††
深夜、一人でうろうろと町中を歩く。
勿論リアルの町じゃない、ゲームの中の町だ。
普段はアコ達と遊んでいて勿論楽しいんだけど、こうして一人でゲームをする時間っていうのもそれはそれで楽しい。のんびりお店を見て回ってみたり、普段と違うキャラクターを使って狩りをしてみたり。ソロ活動もまたオンラインゲームの楽しみだと思う。
パーティープレイでは敵の攻撃を正面から耐えられる盾役をしているが、今日は昔使っていた大剣装備で狩りをして戻ってきた。味方の盾になる役目も楽しいが、好き放題に敵をぶった切るプレイもまた楽しめる。
気晴らし、という意味ではちょうどよかった。
そういえばアコが新しい杖が欲しいとか言ってたっけ。構ってやらずに放っておくと可愛くて面白いアイテムに大金をつぎ込み兼ねない奴だ。先にこちらで目星をつけておこうか。
そんなことを考えながらうろうろと町を歩く。プレイヤーが好きに値段をつけるユーザー露店の区画を抜け、公式オークションハウスへと脚を向けたところで、猫耳をつけた女性キャラクターが店を眺めている横を通り過ぎた。
「……あれ?」
そのキャラクターの外見になんだか見覚えがあって、俺はルシアンの足を止めた。
ガチなバトル型MMOよりもずっとポップで可愛い雰囲気に作られているLAのこと、キャラクターの外観にはそれなりの自由度がある。似たようなキャラクターってだけでもそんなに多くはない。それに見覚えがあるのはこの人の外見だけじゃない。この人と俺──大きな剣を抱えたルシアンが並んでいる図に酷く既視感があったのだ。
オプション設定を開き、普段は切っている全キャラクター名表示をONに切り替える。これでこの人の名前も表示されるはずだ。
マウスカーソルを合わせて名前を確認する──と同時に彼女の上に吹き出しが表示された。
◆猫姫:あれ、ルシアン? ルシアンなのにゃ?
◆ルシアン:え……
画面に表示された彼女の名前は、そりゃあそうだ、思いっきり見覚えがあるよなぁと納得するに足る物だった。
◆猫姫:やっぱりルシアンだにゃ! うわあ、懐かしいにゃあ
俺のトラウマを作り出した最大の元凶。
可愛らしい外見の裏で実は中身が男のネカマ猫耳娘。
◆ルシアン:猫姫、さん……
二年前に俺の天使だった、あの猫姫さんだった。
◆猫姫:久しぶりだにゃあ、ルシアン。まだこのゲームやってたんにゃね?
◆ルシアン:お、お久しぶりです。もちろんやってますよ
俺が覚えているとおりの猫姫さんに、動揺しながらもチャットを返した。
落ち着け落ち着け。あれからもう二年も経つんだ。俺だってあの時の悲しい俺とは違うんだ。
◆猫姫:良かったにゃー。あの後ギルドから居なくなっちゃったから、もしかしてこのゲームもやめたんじゃないかって心配してたのにゃ
ごめんね、と手を合わせるモーションを取って言う猫姫さんは、こうして冷静に見ていてもやっぱり可愛い。これはあの時だって騙されても仕方がないな、と自己弁護。



