三章 猫姫ハンターフロンティア ⑤

◆ルシアン:もちろんですよ。ギルドは離れてもあの時のメンバーとは今も話すし、猫姫さんのことだって凄く良い経験になりましたから。今では俺の信念ですよ

◆猫姫:へえ、そうなのにゃ? ちなみに、その信念って?

◆ルシアン:リアルのことは気にすんな、ただしネトゲに女は居ない!

◆猫姫:にゃはははは


 ぽんぽんと手を叩き、猫姫さんは機嫌良く笑った。


◆猫姫:矛盾してるにゃあ。でも気持ちはよくわかるにゃ


 そりゃまあ中身男の猫姫さんにはよくわかるだろうけどな!


◆ルシアン:で、猫姫さんこそどうしたんですか? 俺が抜けてしばらくしてから見なくなったって聞きましたけど

◆猫姫:ちょっと仕事が始まって忙しくなったのにゃ。今日はリアルで久しぶりにゲームの話を聞いたからちょっとログインしたんにゃけど、普段は全然入らないにゃ

◆ルシアン:へえ、そうなんですか


 社会人だったのか。そういやおっさんだとか言ってたっけ。

 そう考えると凄いタイミングで会えたものだ。

 こうして話してみると我ながら意外にも、猫姫さんへの隔意は全然ないみたいだった。ある意味で中身が男だって確認しているのが逆に心を楽にしているようにも思う。恥ずかしいところも見られているし、何も気にせず話せる。


◆ルシアン:あの、猫姫さん。もし良かったら……ちょっと相談、いいですか?

◆猫姫:うん? どうしたのにゃ?


 初恋のお姉さん──いや、おっさんなんだけど、お姉さんに甘えるような感覚で、俺はアコのことを話し始めた。


◆ルシアン:────そういう訳で、その子は全然リアルとゲームを区別してなくて、頑張って説得してるんですけどなかなかわかってくれないんですよ

◆猫姫:なるほどにゃあ、それは大変にゃ


 それなりに長い話になったが、猫姫さんは相づちを打ちながらずっと聞いていてくれた。

 そして聞き終えると、うんうんと重々しく頷いて言う。


◆猫姫:ルシアンのしてることはとても正しいと思うにゃ。その子は何と言うか……危ういのにゃ。ルシアンが特別良い男の子だったから良いんにゃけど、もしも一歩間違ってたらその子はとても辛い目に遭ってたかもしれないのにゃ。ルシアンはその子をとっても大事にしたのにゃ。誇りに思っていいのにゃ

◆ルシアン:そう言われるとほっとします


 そう、だよな。アコと会ったのが俺じゃなかったらって考えると、彼女の距離感は凄く怖い。アコと仲良くなった今だからこそ本当に不安になる。悪い男に騙されたりしたら、って。


◆猫姫:それにネトゲで嫁だからリアルでも俺の嫁だぜぐへへみたいな男ってキモイにゃ

◆ルシアン:わかってますよ! だから何とかしたいんじゃないですか!


 あえてそこに触れなくても良いのに! 俺は直結じゃない、そんな男じゃないんだ!


◆猫姫:にゃはは、ただの冗談なのにゃ


 そう笑った後、猫姫さんは、


◆猫姫:しかし最近の学生にとってオンライン空間が身近になりすぎて、その弊害として子供が自ら危険に向かって行ってしまうって話は研修でもあったんにゃけど……こうして実際に聞くと重いものがあるにゃね


 と、なにやら難しいことを言った。


◆ルシアン:研修?

◆猫姫:ああ、こっちのことにゃ


 なんかそういう関係の仕事でもしてるのかな。いや、猫姫さんのリアルとかマジで興味ないっていうかできることなら知りたくないけどさ。

 猫姫さんは、うーん、と悩むと、


◆猫姫:その子との関係はもちろんルシアンの好きにすると良いにゃ。お互いにちゃんとお話しするのが一番にゃからね。でもそれとは別に、その子の考え方に問題があることを教えてあげるのも大事だと思うのにゃ。ルシアンとは別の男の子と会う、なんてことになったら、危ないかもしれないのにゃ

◆ルシアン:ですよね、そういう先の不安もありますし……。ありがとうございます、安心しました。やっぱりあいつにちゃんと話します

◆猫姫:それがいいにゃ。ちゃんとした若い子が居て猫姫さんも安心にゃ

◆ルシアン:あ、あはは……


 おっさん臭いことを言われて苦笑するしかなかった。

 俺、昔はあなたのこと好きだったんですけども。

 でも、だからこそ、なのか。猫姫さんに相談してずっと心が軽くなったような気がした。


◆猫姫:じゃあもう夜も遅いにゃ。学生さんは寝る時間にゃ

◆ルシアン:わかりました。あの、良かったらまた相談してもいいですか?

◆猫姫:もちろんにゃ


 猫姫さんは快くそう言ってくれた。


◆猫姫:ちゃんと収まるか気ににゃるからにゃ、時々ログインするにゃ。見かけたらいつでも声をかけて欲しいにゃ

◆ルシアン:ありがとうございます!


 そんな会話を最後に、懐かしい邂逅を終えた。

 うん、そうだな、アコとちゃんと話そう。アコ本人の為にもそれが一番だ。



「おはようございます、あなた♪」

「…………アコ、いや、玉置さん」


 翌日、性懲りもなく朝からやってきたアコ。

 欠片の悪意もなく、純粋に好意だけを見せる彼女に惹かれるものがあるが、それを猫姫さんの言葉で押し殺し、俺は強く言った。


「玉置さん、そういうのはダメだ」

「……ルシアン?」

「ルシアンじゃない、俺は西村だ」

「え、あ、はい、西村君」


 ここまでは素直で宜しい。

 俺は大きく息を吸い、正面からアコの顔を見て続ける。


「あのさ玉置さん、前から何度も言ってるけど、ゲームとリアルは別なんだ。俺と玉置さんはゲーム内では結婚してるけど、ゲーム外では普通の同級生なんだ。普通に話をするぐらいは一向に構わないけど、そんな風に無遠慮に距離を近づけられると困るんだ」

「…………」

「それに俺に限った話じゃない。大して人柄もわからない相手にそんなにも気を許すのは危ないことだろ。玉置さんにとっても良いことじゃない。──わかるよな?」

「…………」


 かなりの覚悟を持って言い切ったのだが、アコは特に言い返すことなく、じーと俺を見つめてくる。最初にゲームとリアルを一緒にするなと言った時のショックを受けた表情とは違う、こちらをうかがうような顔。なんでこんな顔をするんだろう。


「だからそんな旦那だとか夫婦だとか簡単に言わないで、もっと節度を持った関係を──」

「ルシアン、誰に何を言われたの?」

「……はい?」


 一瞬耳を疑った。

 アコさん? 何を仰っているので?


「誰かに会ったんでしょう? それで何か言われたんですよね? 誰? マスターじゃないだろうし、シューちゃんでもないですね。二人とは違うのに、でもルシアンにこんなに影響を与える人。それって誰? ねえルシアン、誰なんです?」


 アコは淡々と、しかし言葉で俺に詰め寄るように言った。


「お、落ち着けアコ」

「落ち着いてますよ?」

「そ、そうだな」


 確かにアコの言葉と態度自体は落ち着いてる。その点で言えば俺の方が慌ててるぐらいだ。気がついたら呼び方もアコに戻しちゃってるし。

 ただ表面的にはわからない部分、見えないどこかが凄く荒れ狂ってるような、そんな風に見えるんだけど。なんつーか、ダメージを食らって行動パターンの変わったボスモンスター、みたいな。

 ──怖すぎだろ、それ。

 恐ろしい想像に身震いしていると、アコは平坦な表情のままで口を開く。


「ルシアン、もしかしてその人、女?」

「い、いやいや、違うって」

「そっか、女なんだ」


 じっと俺の瞳を見つめて言う。

 待て待て、それ勘違いだぞ!? 勘違いに確信を持つなよ!


「な、なんなんだよアコ、どうしたんだ?」

「あのねルシアン。奥さんっていうのは、旦那様の浮気は一目でわかるんですよ」

刊行シリーズ

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