三章 猫姫ハンターフロンティア ⑥
アコは完璧に真顔でそう言った。
わかってねえ! 言い切った割に全然わかってねえからお前!
「ないないない、浮気とかしてねえよ!」
ってかそもそもアコとそういう関係じゃねえし!
「確かにある人に相談に乗ってもらったよ。アバターは女キャラでもあるけど、大丈夫だよ。あの人中身は男だから」
「……やっぱり女だった」
耳に届くか届かないか、という声が聞こえた。
どんどん怖くなっていくんだけど、だ、大丈夫か?
「何度も言うけど、中身は男──ってか、おっさんらしいからな? アコが気にすることは何もないからな?」
「あはは、勿論気にしてなんていませんよ」
口調だけ朗らかに、しかし目は笑わずに、アコ。
「でもルシアン、挨拶だけはしたいので名前を聞いてもいいですか?」
「……今までのアコの発言で、今のが一番怖え」
「ちょっとルシアンの言ってる意味がわからないんですけど」
アコは貼り付いたような笑顔で言う。俺はお前の方がわからねえよ。
「だって何の挨拶をするんだよ。わざわざ俺の友達に挨拶する必要なんてないって」
「ルシアンの相談に乗ってくれて『有益』なアドバイスもくれた方でしょう? 是非是非お話がしたいです」
「絶対言いたくねえ!」
怖い、こいつ怖い!
「良いから、言ってください」
「言わないって」
「往生際が悪いですね……流石の私も怒りが有頂天ですよ……」
「日本語おかしくなってんぞ、お前」
アコは本当に怒っているらしいのだが、その怒りの方向性がおかしい。最初に距離を考えろって言ったことに怒ってるんじゃなく、猫姫さんの言葉に影響を受けたことを怒ってるように見える。怒ってるというか、むしろ嫉妬というか。
「ルシアン……これ以上抵抗するようだと、出荷しますよ」
「しゅ、出荷? 何処に!?」
「ルシアンは出荷よー!」
アコはおほぉぉぉと吼えた。
うわあ、アコが錯乱してる! 俺は家畜か何かか!?
「みんな座りなさいー、予鈴なるわよー」
その時、タイミング良く先生が入ってきてくれた。
先生は吼えていたアコに気付くと、寄ってきて言う。
「さ、ホームルーム始めるわよ。玉置さんももう戻らないと」
「むぐぐ……はい……」
やっぱりアコの人見知り気味はそのままだ、幾ら燃えさかっていても先生に口答えする気合いはないらしい。
何度も振り返りながら教室を出て行くアコをどうしたものか、俺は頭を悩ませた。
◆ルシアン:……というわけで、一発で全部バレました
数日後、結局はLAの中で再び猫姫さんに相談するという手を取った。アコにバレたら余計怒るかもしれないけど、まあそれはそれだ。
◆猫姫:ルシアンはわかりやすいからにゃあ
俺の話に、猫姫さんは朗らかに笑った。
◆ルシアン:わかりやすいって言ったってあれはちょっと。出荷されそうになりましたよ
◆猫姫:らんらんは出荷にゃー
出荷はやめてほしい。
それはともかくにゃ、と仕切り直して、猫姫さんは続ける。
◆猫姫:でもルシアン。それはつまり、君をずっと見てくれてるってことかもしれないにゃ。もしかすると、彼女の思いは嘘じゃないのかもしれにゃいよ?
嘘じゃないって──どういう意味だよ。
そういう風に都合良く考えるのが直結への第一歩じゃないのか。
◆ルシアン:それは……なんですか、猫姫さんまで敵ですか
◆猫姫:冗談にゃ。でもルシアン、余り焦り過ぎもダメなのにゃ。あんまり女の子を追い詰め過ぎたら大爆発しちゃうかもしれないのにゃ?
◆ルシアン:それは……怖いですけど
あの時ですら若干爆発した感じだったのに、これが大爆発となるとどうなることか。近くの瀬川まで巻き添えにして誘爆したら謝っても謝りきれない。
◆猫姫:……あれ?
と、猫姫さんが頭の上にクエスチョンのマークを出して辺りを見回した。
◆ルシアン:どうしました
◆猫姫:ちょっと……呼ばれたのにゃ。悪いんだけど、今から行ってくるのにゃ。ルシアン、話はまた今度でいいかにゃ?
なんだ、他の奴に呼ばれたのか。
猫姫さんは昔から人気者だったから色んな人に声をかけられたりもするだろう、少ないログイン時間をこんなに俺に割いてもらって悪いぐらいだ。
◆ルシアン:ええ、勿論。聞いてくれてありがとうございました
◆猫姫:ちゃんと聞けなくて申し訳ないのにゃ。またちゃんとお話しするにゃ
◆ルシアン:はい、また
去って行く猫姫さんを見送った。
相変わらず彼女と話すと落ち着くなあ。これも年の功って奴か。
さて、俺も店の商品でも確認して落ちるか──と移動した所で、物影に見覚えのある人影が目についた。
白いローブを着た黒髪の女性キャラ。
頭の上には俺と同じ、見慣れたギルドエンブレムが表示されている。
今一番見たくない顔がそこに居た。
◆アコ:ふふふ……見ましたよルシアン……
◆ルシアン:お、お前……アコ……
見られた。アコに、猫姫さんと相談しているところを見られた。
モニター越しにも伝わってくるアコからの怒気。やばい、猫姫さんの言葉じゃないけど、大爆発しないか不安でならない。どうしよう、どうしよう。
◆アコ:今の人がルシアンの言ってた、相談した人、ですね?
◆ルシアン:あ、ああ。そうだよ
恐る恐るそう答えると、アコは溢れんばかりの怒りエモーションを浮かべて吼えた。
◆アコ:あの人が……あんな、にゃ♪ とか言い放ってた女がいいんですか、ルシアン! あれがルシアンの理想だって言うんですか!
◆ルシアン:だからそんな関係じゃなくて──
◆アコ:ルシアンはああいう人がいいんですかにゃ!?
◆ルシアン:語尾に惹かれたわけじゃねえよ! 言い直すな!
アコの方こそ、フキー! と毛を逆立たせた猫みたいだった。
うわあ、怒ってる、怒ってるよアコ。
しかも困ったことに、普段と違ってゲーム内のことだ。ちょっと嫉妬深いって部分を考えても、非は俺の方にあったりする。
俺だってアコがゲーム内で他の男と二人で仲良く相談してたらちょっと妬いたと思うし。
だからちゃんと誤解を解いて謝らないといけないんだけど──。
◆ルシアン:いやな、あの人はそういうんじゃなくてさ、ちょっと昔の知り合いなんだ。前言ったろ、告ったらネカマだった人。その人が猫姫さんだよ
とりあえず事情をちゃんと話そう、と素直に打ち明ける。
するとアコはしばらく黙りこんだ後、さらに俺に詰め寄って、
◆アコ:るしあんから告白された人……ですって……
あ、やばい、余計なこと言ったかも。
もっと怒ってるぞ、アコ。
◆アコ:そんな妬まし……羨ま……けしから……えっと、ネカマなんてそんな酷い裏切りをした人、許せません
◆ルシアン:チャットなのに本音がだだ漏れだぞ
◆アコ:私だってルシアンからプロポーズしてほしかったのに! 愛してるって言ってよ!
◆ルシアン:いや、悪かったって……
アコは結構ストレスをためこんでいるみたいだった。
彼女の方から見るとリアルで距離を取られているのは辛いことなのかもしれない。ちゃんと謝ろう、としたところで、アコがチャットを打った。
◆アコ:こうなったらあの女、目に物見せないと……
◆ルシアン:ちょ、やめろ馬鹿!
おいおいおい、猫姫さんは関係ないだろ! あの人に何する気だよ!
暴走しかけるアコに、俺は慌てて言った。
◆ルシアン:あのな、冗談にしたって言っていいことと悪いことがあるぞ。あの人は相談に乗ってくれてただけだ。迷惑かけるような真似をしたら絶対に許さないからな。俺に文句言うのは良いし、謝るけど、あの人を巻き込まないでくれ
◆アコ:ルシアン……そんなにもあの人が……
◆ルシアン:違うって言ってんだろ。今回は本気で言ってるんだ。聞き分けが悪いアコは嫌いだぞ
◆アコ:うう……でも……わかりました



