三章 猫姫ハンターフロンティア ⑦

 アコは納得していない風だったが、一応は頷いた。頷いたんだけど……大丈夫かなあ、こいつ。本当に猫姫さんには迷惑かけないでくれよ。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、アコはそそくさと俺から離れると、


◆アコ:じゃあちょっと用事があるので、私はこれで

◆ルシアン:用事?

◆アコ:はい、今日はいつもの所には行けないと思います

◆ルシアン:……そっか。じゃあまたな

◆アコ:はーい


 そう言ってどこかへ走って行ってしまった。

 来ないと言いながら、もしかしたら来るんじゃないか──そう思って喫茶店で待っていたが、結局アコは来なかった。

 実のところ、毎日必ずと言って良いぐらいにいつもの場所にやってくるアコが欠席するというのは、とてもとても珍しいことだった。


    †††   †††   †††


「あいつ、何考えてんだろ……」


 朝の教室、机に鞄を置いてぼーっとする。

 以前は誰かしらと雑談していたんだが、毎日のようにアコが来るのでなんとなく待つようになっていた。クラスメイトと話してる所にそーっと寄ってきて俺の袖を引くアコの姿とか、独り身の奴に見せると殺意まで混じった視線を向けられるし。俺とアコはそういうんじゃないんだと言っても意味ないしさ。


「はい、みんなおはよー」


 予鈴が鳴る少し前斉藤先生が入ってきた。

 教壇の前に向かおうとして──俺の前で足を止める。


「ちょっと西村君、玉置さんって今日は来ないの?」

「え? あー、アコ……玉置さんですか。えーと、約束してるわけじゃないからわかんないですけど、今日は来ないんじゃないですかね、もう遅いし」

「ふーん」


 斉藤先生は難しい顔で俺を見つめた。

 なんでアコのことなんか聞くんだろ。


「で、それがどうかしたんですか?」


 聞くと、先生は極々真面目な顔で言う。


「ねえ、西村君って、玉置さんと付き合ってるの?」

「ふぉっ!?」


 思わず変な声が出た。先生が生徒にそれ聞くか!? 直球で!?


「い、いやいや。そういうんじゃないですよ」

「本当に? 私は不純異性交遊だーとか言わないから大丈夫よ?」


 うん、それはわかってる。真面目に先生やってますって人じゃないし。元ネットゲーマーってだけでその点は信頼できる。


「本当ですって。俺が言うのも何だけど、アイツが俺の彼女だぞって言って恥ずかしいような奴じゃないし。ただアコって友達があんまり居ないらしいから、それで俺の所に来てるだけだと思いますよ」

「……そうねえ」


 信じてくれないだろうなーと思いながらも両手を振って必死に言い訳をする俺に、斉藤先生は意外にも頷いて言った。


「私ね、文芸部の顧問だから図書委員も一緒に担当してるのよ。玉置さんも図書委員だから、委員会で何回か声をかけたことあるの。でも全然喋ってくれなくて。担任の先生に聞いてみたら教室でもずっと黙ってるらしくてねえ」

「マジですか?」

「そう、マジよ」


 友達が居ないって、結構ガチな話だったのか。

 本人も学校を休みがちって言ってたけど……うーん、こうして他人に聞いてもやっぱりアコっぽくない話だよな。


「俺の前じゃ全然そんな感じじゃないんですけどねえ」

「うん、だから驚いちゃって。うわ、イメージ違う! って。やっぱ彼氏の前だと素がでるのかなーって思ったんだけど」

「違いますって アイツも重度にオタ臭い奴なんで、同類の前では喋れるってだけですよ」

「……まあ、そういうのはあるわねぇ」


 やはり経験者なのか、先生は深く頷いた。

 やっぱ話が通じる奴の前では全ステータスに無駄なボーナスが乗るのって俺達の特徴だよな。その代わりにリア充の前では勝手にデバフがかかるんだけどさ。


「……ね、西村君、今度玉置さんのクラスに行ってあげてくれない?」

「へ、なんで?」

「西村君の前の玉置さんを見せれば、きっとクラスでも友達できるんじゃないかなって」


 良い考えでしょ、と先生は嬉しそうに言った。

 しかし、どうかなあ。


「どうでしょうねえ、話しかけてもらっても結局喋れなくて、余計に気まずいことになるって可能性もあると思うんですけど」

「あはは、そんなことないって。女の子にも結構隠れオタは居るしね」

「……そうなんですか?」

「そうそう。うちのクラスなら瀬川さんとか、ね?」

「………………」


 にこっと笑って言った先生に、俺はノーコメントを貫いた。

 おおシュヴァインよ、バレてしまっているとは、情けない……。



 放課後、掃除当番を済ませて部室にやってくると、シューとマスターはもう来ていた。

 しかし一番見たかった彼女の姿が見当たらない。


「あれ、アコは?」

「開口一番にそれ? もうちょっと言うことあるんじゃないの?」


 くるりと椅子を回して、瀬川がギロリとこちらを睨む。そんな顔も馴染むと可愛く見えてくるもんだ。


「おう、おはよう瀬川」

「……それ、朝に言いなさいよ。もう夕方よ」


 朝に声かけたら怒るじゃん、お前。

 内心でそう思いながらも、ごめんごめんと謝っておく。


「挨拶は大事だな、こんにちはルシアン。……さて件のアコだが、職員室で確認したところ、今日は休んでいるらしい」

「……部活を?」

「学校を、だ」

「そりゃあの子、学校に来て部活には来ないってタイプには見えないわよ」

「まあ、な」


 先生と本人が言うにはもともと休みがちだったらしいし、たまに休むこともあるだろう。

 俺のせいかと少し不安になったが、そういうことなら大丈夫かな。


「でも休むなら休むって先に言っておきなさいよね。わざわざ部室に来ちゃったじゃない」


 瀬川は肩をすくめると、鞄を手に席を立った。


「あれ、ゲームやってかねえの?」

「アコの意識改革の為にやってるのに、アコが居ないと意味ないじゃない」

「そりゃそうなんだけど……」


 しかしこの部活が存続していられる時間は余り長くない。

 明日からは週末で学校は休み。来週に入ったら最初の職員会議でこの部活の廃止が決まるだろう。その日取りがいつかはわからないけど──今日が最後でもおかしくないぐらいだ。


「俺はやって行こうかな。マスター、どうだ」


 マスターを見ると、彼女もふっと笑ってうなずいた。


「ああ、付き合おう。部長なしで部活など、気分がしまらないだろう」

「だな、ありがと」


 自分のパソコンに歩み寄り、電源を入れる。椅子に座って起動を見守りながら──


「……さて」

「……なあ?」


 椅子から立ったものの、未だに部室を出ずにじっとしている瀬川に、二人で視線を向ける。


「う……し、仕方ないわね、そんなに言うならやってくわよ」

「何も言ってねーし」

「うっさい」


 結局お前も部活やりたかったくせに、最後まで素直じゃねえんだから。


「ヒーラーがいないからほどほどにな」

「居ても居なくても大してかわんないわよ」

「アコもそこまで下手じゃねえって」


 苦笑しながらゲームにログインする。

 すると、そこに──


◆ルシアン:……なんで居るんだ、お前

◆アコ:あ、ルシアン。おはよう


 何故か当たり前のように、休んでいたはずのアコが居た。


「なにやってんの、この子」

「アコらしいではないか」


 マスターは鷹揚に笑ったが、こっちは突っ込まずにはいられない。


◆ルシアン:おはようじゃねえよ、学校はどうしたんだよ、休んでるんだろ?

◆アコ:……ちょっと、大事な用があって、家でいろいろ支度してたんです


 アコは随分と言いにくそうだった。

 普段なら俺に何を聞かれても即答だ。それぐらいは雰囲気でわかる。


◆ルシアン:大事な用? どうしたんだ? いや、聞いちゃ駄目なことなら聞かないけどさ

◆アコ:その……オフ会の準備があって


 アコは妙なことを言った。


「オフ会? マスター、また企画してたっけ?」

「いいや?」


 マスターが首を振る。

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