三章 猫姫ハンターフロンティア ⑩

◆アプリコット:君が思う通り、ルシアンと西村英騎は別だ。アコと玉置亜子も別だ。君とアコは現実には恋仲ではない。……だがな、ゲームの中でアコを好きになった『ルシアン』という存在を、君はあまりに軽視してはいないか

◆ルシアン:軽視……ってどういう意味だよ?


 俺が『ルシアン』を軽く見てる……って言うのか?

 ゲームの中の自分だからって無視しすぎてるって?


◆アプリコット:ルシアンは君の中に居る。アコは玉置亜子の中に居る。これは絶対に揺るがない明確な事実だ。ということはつまり、君の中に亜子君を好きな気持ちがある──そういうことじゃないかね?


 マスターはリアルでそうするようにニヤリと笑った。

 俺の中にアコを好きな気持ちがある──それは俺の中の『ルシアン』が玉置亜子の中の『アコ』のことを思っているから。

 そうかもしれない。理屈はあってる。

 でも、なんか──なんか、なんかさ。


◆ルシアン:なんか、納得できない


 違う、そうじゃない。俺のもやもやした気持ちはそういうのが理由じゃない。


◆ルシアン:それだけじゃない、俺の気持ちはそれだけじゃないんだ。アイツと会って、話して、触れ合って、アイツの『アコ』じゃなかった所だって好きになった。今の俺が心配してるのはゲームの『アコ』じゃない、俺の横で嬉しそうに笑ってた、リアルのアイツだ。俺はアイツが心配なんだ、アイツに傷ついて欲しくないんだ

◆アプリコット:……そうか

◆シュヴァイン:いや、今言ったって! 好きって言ったって! ねえ、ちょっとあたしの話聞こえてないの? ラグ? もしかしてブラックリスト入れた? チャット出てないの? もしもし!?


 俺もマスターもシューのチャットは完全に無視して会話を続ける。

 マスターは俺の言葉に大きく頷き、満足げに言った。


◆アプリコット:わかっているじゃないか、ルシアン。それでいいんだ。君は今、君の答えを得た


 うむ、と大きく頷き、マスターは言った。

 答えって何だ? 何に対しての答えだ?

 アコのことをどうするか? どうやってアコを助けるか? そんな問題に答えが出たか?

 いや、それとも──そうか。


◆ルシアン:アコが言ってた、あの言葉への答え

◆アプリコット:うむ


 ゲームとリアルの何が違うんだって、あいつは聞いた。それがわからない、ルシアンはおかしい、って。

 でもおかしくなんてなかった。

 その答えは簡単だ。凄く簡単だった。

 だってリアルにあってゲームにはないものが沢山あった。

 互いを呼び合う声、向け合った笑顔、触れ合った指先の感触、知らぬ間に慣れてしまった彼女の香り。そんなゲームの中じゃ知ることができなかった沢山の部分。

 もしかしたらアコは、あの友達ゼロのぼっち娘はリアルの自分が全部大嫌いだったのかもしれない。

 でも、そんなことない。

 俺はゲームでは知ることのできないアイツを知って良かった。玉置亜子のほんの一面しかしらない『ルシアン』なんかとは違う。もっともっとアイツを想う気持ちがある。


◆ルシアン:だから、違う。ゲームとリアルは違う。俺は何も間違ってない

◆アプリコット:そう思ったなら、それでいい


 すこしだけ気分が晴れた。次にアイツに会った時、言うべきことができた。

 流石は俺達のマスターだ、頼りになる。

 しかし状況は何も変わらない。


◆ルシアン:でも、結局どうしようもないのに変わりないな


 俺は溜息を吐いてそう打ち込んだ。

 俺が何を思おうとアコは男と会う。危ない目に遭うのかもしれない。でも俺にそれを止める権利はない。


◆シュヴァイン:ねえ、聞いてる? もう良いじゃん、俺の嫁を助けに来たんだって言って行けば良いじゃん、そうしたいんでしょ?

◆ルシアン:だからな、嫁って言ったってゲーム内だけの……


 そこまで打ち込んで、俺は手を止めた

 嫁。そうだ、アコは俺の嫁だ。

 そりゃリアルでは違うよ、でもゲームでは確かに俺の嫁なんだ。

 今だってそれは変わらない、あいつは俺の大好きな女の子だ。


◆ルシアン:……そっか、あいつは俺の嫁だった

◆シュヴァイン:は?


 そうだ、そうだよ。

 あいつは俺の嫁なんだ。LAの中では確かに俺の嫁なんだ。

 アコは俺の嫁だってのに、ゲームの誰かとリアルで会う?

 そりゃゲームの旦那としては放って置けねえよ!

 ゲーム内で知り合った男と会うって言ってんだからな!

 理由としては充分だ! 完璧だろ!


◆ルシアン:はは、ははははは! そりゃ腹立つよなあ! 当たり前だよな!

◆シュヴァイン:ル、ルシアン?


 引き気味のシューを無視して、キャラクターにばんばんと肩を叩かせる。


◆ルシアン:さすがシュー、わかってんじゃねえか! もやもやしてたのが全部スッキリした! よっし、待ってろよ、俺のアコに手を出そうとしたクソ野郎! 人の嫁に舐めたマネしやがって、ぶっ殺してやる!


 俺も、ルシアンも、ぐっとこぶしを握る。

 そうだ、簡単な話だ。俺のアコを誰にも渡すもんか。


◆シュヴァイン:お、落ち着いて、落ち着いていくのよ? 問題にならないようにね?

◆ルシアン:任せろ、全部片付けてきてやる


 俺は力強く請け負った。


◆シュヴァイン:いや、それ任せらんないって……

◆アプリコット:ははは、頑張れよルシアン

◆ルシアン:おう!

◆シュヴァイン:ちょ、ちょっとぉ!?


 まだシューは何か言っていたが、俺はLAのクライアントも落とさずに部屋を飛び出した。しがみつくように自転車に飛び乗り、そのまま力の限りペダルを踏みしめる。

 待ってろよあの馬鹿、今行くぞ……俺の嫁のくせに、別の男とオフ会とか、ゲーム内旦那として認めるわけにはいかないからな!

 いやあ、もう自己弁護も甚だしいな、と自分の中の冷静な部分が言うのを意識的に無視しながら、俺は脚も折れよとペダルを踏み込んだ。



 駅に着いて乗り捨てるように自転車を降りた時、素晴らしいことにちょうどアコが改札から出てくるところだった。


「アコ……本当に来てたのか」


 ぜーはーと息を整える俺に気付いた様子もなく、アコは携帯を見ながらきょろきょろと緊張した様子で歩みを進めている。文句をつけるところもないくらい、普通に可愛らしい服装。前に俺達とやったオフ会の時は少し大人しめだったが、今回はスカートも短いし肌の露出もちょっと多く思える。勝負服──とか、そんなことを考えてすぐに打ち消す。


「とにかくまずはあいつを止めて────なぁっ!」


 アコの元に向かおうとしたその時、彼女に声をかける人影があった。

 声をかけられたアコの表情がふっと緩む──こいつがアコのオフ会の相手か。

 俺よりも少し小さい小柄な人影。後ろ姿ではわからないが、きっとこいつがその男なんだろう。それも服装から見るに俺達よりも年上の雰囲気がある。まず間違いなく大学生──いや、これはきっと社会人。

 ああ、なるほどな。社会人の分際でネトゲで女子校生漁りの直結行為に及ぼうってのか。

 こりゃもう最低だ。人間として、男として、一人のネットゲームプレイヤーとして、アコの旦那として、もう絶対認めねえ、認められねえ。


「アアコォォォォォォッ!」


 俺は人目も気にせず大声で叫び、全速力で彼女の元に駆けだした。

 運動不足が響いて一歩踏むごとに脚が痛むが、痛いぐらいでアコが無事で居られるなら安いもんだ。


「っ、ル、ルシアン!?」


 俺に気付いたアコが目を丸くする。その目に飛び込むように彼女の目の前まで走ると、そのまま彼女を抱き寄せて男から引き離した。


「え、ル、ルシアン?」

「ちょっと、君!」


 男とアコがなにやら言うが、んなもんは知ったことか!

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