三章 猫姫ハンターフロンティア ⑪
「るっっせえええええ! 黙れ、この変態と大馬鹿が!」
思いっきり言い放ち、呆然とするアコに、俺は欠片の躊躇いもなく叫んだ。
「アコ、お前俺の嫁の癖に、何を勝手に男とオフ会とかやってんだよ! 俺は認めねえぞ! リアルは関係なくてもゲームの中では俺の嫁なんだからな!」
「ルシアン……」
「返事ははい!」
「は、はいっ!」
よろしい! と頷き、次に男に向き直る。
「あのな、コイツは俺の嫁なんだよ。冗談で言ってるんじゃねえ、本当に嫁なんだよ! ああゲームの中だけどな!」
腕の中のアコをぐっと抱き、男を睨む。
「そりゃ嫁ったってゲームの中の話だよ。仮想空間の嫁だよ! だからって、ゲームの中だからって伊達や酔狂で結婚なんかするか! 大声で胸張って言えるぐらい、俺はこいつが好きなんだよ! いいかアコ、俺の目が黒いうちは男と二人でオフ会なんて絶対認めねえからな!」
「ルシアン……」
腕の中でもぞもぞとしていたアコが、俺の言葉に動きを止めた。
両手で俺の服をつかみ、潤んだ瞳で俺を見つめる彼女にようやくほっと安堵の気持ちが漏れた。
──いや、だからこそ、この男だけは絶対に認めない!
「その嫁を、お前みたいに胡散臭えネゲット野郎には絶対渡さねえからな! お前どうせ二十歳超えてんだろ、未成年に手を出したって騒がれる前にさっさと帰れ!」
アコを抱えたまま真っ正面から男を睨み、俺は吼えた。
いや、ぶっちゃけて言うと怖いよ。
そりゃ怖いさ、喧嘩なんてしたことねえし、こうして女の子を引っかけようって考えるやつは柄が悪かったりするし。
でも、それでも俺は嫁を守る。絶対だ。
そう決めて、腹に力をこめて、必死に視線を尖らせる俺と目を合わせる。
男は────男? 男、か、こいつ?
よくよくみると何か違う。男って言うには髪が長いし、化粧もしてるみたいだし、っていうか服装が男じゃない。
そいつは何故か、疲れた様子で溜息を吐いた。
「……ああ……そういうことね、なるほど、わかったわ。西村君がルシアン、ね」
「ああ? 何言って……」
「落ち着いて西村君、私よ」
俺だって言われても、お前なんか──。
「…………さいとー、せんせ?」
「一目でわかりなさい、全くもう」
よーく、見ると、それは毎日のように見ている俺達のクラスの担任、二十代で未婚の、斉藤先生だった。
ジーンズに上着を羽織った後ろ姿はぱっと見で男に見えなくもない。
なるほど、そうだったのか。そういうことだったのか。
「……へえ、先生だったんだ、先生が、先生が俺のアコを、ねえ」
「え? ちょっと西村君、あなたまだ勘違いしてない? あのね、、私はね──」
斉藤の野郎がむにゃむにゃと言い訳をしているが知ったことか。俺は腕の中で庇ったアコにしっかりと力をこめて隠す。
「おいアコ、すぐに警察に電話しろ、自分の学校に通う生徒に手を出す変態レズ教師だ、一発逮捕間違いなしだぞ」
「待って待って待って! 違うって言ってるでしょう! 私は君に──ルシアンに相談されて、だからこそ、そのアコって子をなんとかしようって思ったのよ!」
「はい?」
またよくわからないことを言い出した。
何いってんだコイツ、と斉藤へ白い目を向ける俺に、腕の中のアコがぽつりと言った。
「ルシアン、あの人は────猫姫さん、なんです」
「……は?」
猫姫さんって……あのよく気がついて、誰にでも優しくて、ゲームも上手くて、それでいて可愛い、元俺の天使猫姫さん?
それが、あの斉藤?
「そう、そうよ、私が猫姫よ。君から相談を受けてたところ、アコさん……玉置さんから別に話をもらってね──」
「うるさい黙れ、聞きたくない」
「えっ?」
あれが、猫姫さん。
まだ若手のくせに普段からだらだらと授業をして、授業中たまに結婚したいわーとか言うくせに男の影は全くないと噂される斉藤先生が、猫姫さん。
あれが、俺のアコに手を出したのが、猫姫さん。
「見下げ果てたクソ野郎が……こんな奴が俺達の担任だったのかよ……」
「──に、西村君?」
斉藤のクソ野郎が何かを言っているが知ったことじゃない。
もはや一刻の猶予もない。俺はアコを抱えたままじりじりと後ろに下がり、強く言った。
「アコ、早急に、可能な限り急いで警察に電話だ。オンラインゲーム内で語尾に『にゃ♪』とかつけて可愛さアピールした上で、ネカマだと偽って自分の学校に通う生徒に手を出そうとする超弩級の変態レズ教師だ、即刑務所行き間違いなしだぞ」
「ばばばばば馬鹿を言わないで! 私は、私はね!」
「うるせえ変態レズ直結厨が!」
「大声でとんでもないことを言わないで! お願い玉置さん、ちゃんと説明して! あなたはわかっているんでしょう!?」
超弩級変態レズ教師の斉藤がアコに向けて言った。
さっきからわーわーと言い合いをする俺達を余所に、アコはほとんど静かなままだった。
そんな彼女が、ゆっくりと動く。
「……ふふふ、こうなったら仕方がありませんね」
「お、おい、アコ?」
アコは俺を見上げると、どこか暗い笑みを浮かべた。
「そうです、あの人は確かにルシアンの好きだった猫姫さんです。私が呼んだんですから、間違いありません」
「アコが斉藤を……いや、猫姫さんを呼んだ? 一体どうして?」
「それはあの人がルシアンをたぶらかしたからです」
アコさん、何をおっしゃっているので?
アコは当然だとばかりに言ったが、俺にはさっぱり意味がわからなかった。
「アコ? どういうことだ?」
「玉置さん? あなた、同い年の彼氏について相談があるからって言ってたでしょう?」
「ふふふふふふふふふ」
アコは俺達の声に黒い笑いを漏らした。
腕の中に抱えたアコ、さっきまでは強く触れ合って熱いぐらいだった彼女から、何故か酷く冷たい気配を感じる。
「猫姫さんが本当は女性なのは、言葉の雰囲気からわかっていました。だから、だから許せなかったんです。だって、仕方がないじゃないですか。ルシアンは本当の奥さんである私よりも、猫姫さんを信じていたんですよ!」
アコの声は決して大きくはなかった。しかし胸の奥底まで響くような不気味な迫力が俺の背筋に冷たい感触を与えた。
「このままで、もしも猫姫さんが本当は女性であることがわかったら……ルシアンは私じゃない人、あの人を選んでしまうかもしれない。そんなこと、絶対に耐えられません。だから私は決めたんです」
言って、アコは懐から一本のカッターナイフを取り出した。
駅前のネオンに銀色の鈍い光が輝く。
アコはそれを両手でしっかりと握ると、カチ、カチ、カチ……と刃を伸ばしていく。
「お、おい、アコ? 何する気だ?」
「た、玉置さん!? 路上でそんな危ない物を……」
ちょっ、洒落になってねえぞそれ! 刃物はいかんでしょうよ!
慌てる二人を気にした様子もなく、アコは力強く言う。
「そいつはルシアンを悪い道へと引きずり込む魔女なんです! だから私が! ルシアンの本当の奥さんであるこの私が! 今、この場で、そいつを殺してやります!」
言うや否や、アコは俺の腕を強引に振り払い、一気に斉藤へと突進しようとした────所を、後ろから抱き寄せて全力で引き留める!
「お前何やってんの!? いや、そいつ斉藤だから! うちの学校の先生だから!」
必死に引き留める俺に対し、アコも思いっきり抵抗し、斉藤にカッターナイフを向けて脚を踏ん張る。



