一章 汝は隠れオタなりや? ④

「全身を運装備で固めてインスタンスダンジョンを周回し続ける根性がアコにあるのか」

「それは言わないお約束ですよー」


 たはー、と、アコは気の抜けた笑みを浮かべた。

 そこで頑張らないから結果がついてこないんじゃないか。ネトゲなんてずっとやってりゃそのうちレベルは上がっていくんだから。


「しかしだらだらやってりゃ強くはなる、ってのはネトゲの良い所だよな」

「リアルでだらだらやってると弱くなりますよね」


 ここが変だよ人生オフライン。

 放っておくと何故かステータスが下がっていく自分。


「ってかこっちも自分のレベルとか能力とかわかればやる気が出るのにな。知力が上がったとか体力がついたとか」

「それでスキル一覧をみたらコミュニケーションスキルが未取得になってるんです」

「習得クエストを早く!」


 すぐに覚えないと絶望的だから! スキルを取ってないと何やってもレベルが上がらないから!


「実際にはスポーツテストとか学力テストでちゃんと私達の能力も数値化されてると思うんですけどね」

「あれは本当の俺じゃないから」

「そうなりますよねー」


 わかっちゃいるけど認められない。確かに数字は嘘つかないんだけどさ。

 俺と一緒に溜め息を吐いて、アコは言う。


「私もわかってるんです。もっとちゃんとしなきゃって。ルシアンにも迷惑かけてますし」

「俺に迷惑かける分には構わないけど」


 進歩してないとは言っても、アコも頑張ろうとはしてる。

 現実の俺をゲームの『ルシアン』みたいに扱うのは直ってないけど、だからこそ俺と一緒に努力しようとはしてくれてる。学校にもちゃんと来てる。

 ただ問題は、頑張ろうと思った数分後には『やっぱ良いや』となってしまう、俺達の残念な性質がアコにもあることだ。


「むしろ人生を諦めるのもありですよね」

「選択肢に入ってないはずのものを無理矢理入れないように」


 リアルを捨てちゃいけません。


「どうしてリアルを捨てちゃ駄目なんですか! インターネットは第二の世界なんですよ! 二位でも良いじゃないですか!」

「俺は一位を目指すアコが好きだぞ」

「良いように扱われてる気がするのに頑張れちゃいそうな自分が嫌ですーっ!」


 俺はアコのそういう所が大好きだよ。言わないけど。


「今日は二つにわけるアイスでも買って帰るか」

「二人で半分こですねっ」

「そ。リア充っぽいだろ」


 目を輝かせるアコの背を押す。

 俺も他人に自慢できるような立派な人間じゃないけど、こうやってアコの背を押して一緒に進めたら良いなと、こっそり考えているのだった。


    †††   †††   †††



◆ルシアン:お前らー、今日は狩りに行くのかー?


 いつもの町のいつもの席、完全武装で立つ俺のルシアンがそう言うのをギルドメンバー達がだらけた様子で見上げた。


◆シュヴァイン:あー、俺様はパスだな。何せ部活で十分すぎる程に頑張ったから

◆アコ:ルシアンとゆっくりできたらそれでいいですー


 だらりともたれかかって来たアコをすっと横に移動して避ける。ころりと転がった彼女は恨めしげに見上げてきた。こういう所だけ無駄にしっかりしたモーション制御だった。


◆ルシアン:みんなダレてるなあ

◆アプリコット:皆の気持ちはわかるがな


 比較的元気なマスターが苦笑して言った。

 そういえばこれも部活を始めた弊害かな。帰宅した後のやる気がちょっとなくなってるのは。

 今までは学校に居る間に、もっとネトゲしたい! という気持ちを溢れる程に高めながら帰宅して、ログインしたらテンションマックスで遊び回ってた。ネトゲやるために学校頑張ってる、って感じで。

 それが今では部室でその熱気を使い尽くして帰宅している。超文化系のくせに、部活で燃え尽きた体育会系学生みたいに帰宅した時点で賢者モードなのだ。

 結果としてログインした瞬間から『今日はだらだらしようか』みたいな空気になってるんだ。


◆シュヴァイン:あー、くそ、今日のノルマまで後300K足りない。だが狩りには行きたくない。ぬ、ぐ、く……おいルシアン、俺の代わりにちょっと稼いで来い

◆ルシアン:自分で行け、自分で


 どうやって他人の分の狩りをしろと言うのか。

 狩りまで他人にやらせるとか、超だらけてるな。


◆シュヴァイン:だってお前、アコがだらだら喋ってる間にルシアンが稼ぐ、って形でレベルを上げてたことあるだろ

◆アコ:ああ、あれは思い出すだけでよだれが出ます。できることならまたやりたいです

◆ルシアン:お前はもうちょっとこのゲームに本気になれ


 安全な所で待ってたら相棒が勝手に狩りをして自動的にレベルが上がるタイプのネットゲームに慣れてはいけないのです。


◆シュヴァイン:んじゃ今日はいい。俺様の本日のゲームは終了

◆アコ:しゅーちゃん終了のお知らせ

◆アプリコット:シュヴァイン様の次回作にご期待下さい


 シューが打ち切られたみたいになってるぞ、大丈夫か。

 一方的に終了されたシュヴァインだが、ぼわーっと大きくあくびをすると、


◆シュヴァイン:終了と言えば、もうすぐテストだな


 リアル終了のお知らせみたいなことを言い出した。


◆アプリコット:うむ。顧問への顔向けもある、成績は落とさないように

◆ルシアン:ゲームの中で超現実っぽい話がはじまったぞ

◆アコ:て、てすと……


 あ、一人が固まった。

 そりゃ憂鬱な話だけど、言葉を失う程か。


◆ルシアン:そういやアコって成績どうなんだ?

◆アコ:悪いですよ? 悪くないと思ったんですか?


 そ、それを俺に聞かれても。

 なんか驚くぐらいに即答された。それも逆ギレ気味に。アコがこう言う時って基本的に本当にヤバイような気がするんだけど。


◆シュヴァイン:具体的にどれぐらい悪いんだ、何なら俺様が教えてやるぞ

◆アコ:わかりやすく言うとルシアンのことを先輩って呼ぶ可能性があるぐらい悪いです

◆ルシアン:滅茶苦茶悪いんだな……


 流石に留年はやばいだろー。今よりさらに学校に馴染みにくそうだし、一緒にやれるはずだった修学旅行とか全部が別になるぞ。


◆アコ:でもルシアンを先輩って呼べるのはちょっと夢がありますね。どう思いますか、先輩?

◆ルシアン:そりゃ、お前……


 言われて、上目遣いに俺を見つめて『先輩♡』と言うアコを想像する。


◆ルシアン:……あこがれはちょっとある

◆アコ:わかりました、任せて下さい!

◆アプリコット:こら、私の部員に留年など許さんぞ


 だ、大丈夫大丈夫、本気じゃないから。

 俺だってそんなの許さないから。


◆シュヴァイン:自慢じゃないが俺様は平均点を割ったことがないぞ


 偉そうに胸を張って言うシュー。おい待てよ、それのどこが自慢じゃないのかちょっと説明してみろ。


◆アプリコット:それを言うなら自慢じゃないが、私は学年で一桁から落ちたことがないぞ

◆アコ:

◆アコ:

◆アコ:

◆アコ:

◆アコ:

◆アコ:

◆アコ:

◆ルシアン:落ち着けアコ、ウザイからって空白発言でログを流すな!


 道行く人にウザいって言われるぞ!


◆アコ:だってエリートですよ。エリートさんが居るんですよ。この人達を排除すれば私の順位が一つ上がるんじゃないですか? やっちゃうべきなんじゃないですか?

◆ルシアン:下から数えたら変わらないからやめとけ

◆アコ:うっ


 アコはしおしおと諦めた。

刊行シリーズ

ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? Lv.24 DLC1の書影
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