一章 汝は隠れオタなりや? ⑤
◆アプリコット:お前達はまだマシだろう、同じ学年同士で勉強会でもすればいい。私など一人だぞ一人。試験勉強は一人で、テストが返ってきて盛り上がる教室でも返却された答案を一人で見つめて、クラスメートが点数を見せ合ってキャッキャしている中でも一人で平均点を計算してニヤニヤしているんだぞ。どれだけむなしいことか。この私に勝てるというのかお前達
か、悲しい!
生徒会長としては間違いなく尊敬を集めているのに、実は親しい友達とかが全然居ないマスターの言葉に対し、アコは一言で答えた。
◆アコ:前回のテストは一人で保健室で受けました
◆アプリコット:すまない私の負けだ
◆ルシアン:なんという……
◆シュヴァイン:これは酷い
余りの破壊力に一刀両断だった。
アコ、その台詞は最終兵器すぎるだろ、気軽に振り回して良い凶器じゃないぞ。
ってかテストって内容がどうでもいいことすぎるんだよ。もっとさ、生徒の適性にあわせた試験内容にしてくれよ。
◆ルシアン:あー、テストでゲームのこと聞かれりゃいいのにな。リザードウルフの種族と特性を答えよ、とかさ
◆シュヴァイン:種族動物、属性は炎レベル2
◆ルシアン:正解、シュー五点獲得
◆シュヴァイン:俺様には簡単すぎる問題だったな
流石エリートは格が違った。
問題が簡単にしても即答は素晴らしい。
◆アコ:あの、種族と属性ってなんですか?
そしてこっちは本当に情けない。
俺の嫁だし、俺の責任なのかこれは。
◆ルシアン:お前もう一年追加な
◆アコ:えええええ!?
アコは一足先にLAで留年確定。もう一年コースだ。
◆ルシアン:むしろどうして知らないんだよ。属性防具とか種族装備とか作らせたはずだろ
◆アコ:いえあの、いつか覚えなきゃいけないんだろうなあとは思ってたんですよ? ちゃんと覚える気はあったんですよ?
そのまま何もやらないやつだそれ、知ってる。
だって俺がよくやって大変なことになるやつだもん。明日からやるよ、明日から、って。
◆アプリコット:装備を限界まで強化すればその辺りはあまり関係がないぞ。どこに行っても必要な分は耐えるからな
◆ルシアン:装備の強化には上限があるだろ。これ以上強化を失敗したら壊れてロストだ
◆アプリコット:そんなルシアンに強化失敗してもアイテムをロストしなくなる課金アイテム
勧められても買わねーって。
装備強化の素材系アイテムって買い始めると終わりがないだろ。
◆アプリコット:一緒に使うと嬉しい装備の強化成功率が上がるアイテムもある。セットで買うとほんのり安いように見えるが実際はあんまり変わらないぞ、何せ根本的に高い
◆ルシアン:その情報はいらない。もっと助かる情報をくれよ
◆アプリコット:テストは職員室の金庫の中に保管されるが、その番号は3528894だ
◆アコ:本当ですかっ!?
◆アプリコット:嘘だ
◆アコ:どうして嘘をついたし! どうして! どうして私の気持ちを裏切ったんですかー!
◆ルシアン:そもそもアコに余計な情報あたえんな!
変なこと言ってマジで金庫を開けに行ったらどうすんだ、留年を通り越して一発で退学になっちゃうだろ!
◆シュヴァイン:言い出しておいて何だけど、この話ってゲーム内でする必要ないわよね
と、シューがそんなことを言った。
あ、これシュヴァインじゃなくて瀬川だ。別に区別するわけじゃないけど、口調でわかりやすいぐらいにわかる。
◆アプリコット:ではスカイプ、チームスピーク、マンブルなどを導入してボイスチャットに切り替えてもいいが
◆ルシアン:あー、ボイスチャットはありかもなー
どうせ部室ではチャットじゃなく声で連携しているのだし、家でも普通に会話していいかもしれない。楽だし、女の子と電話してる、みたいな感じが──いや、駄目だ。この思考はいけない。ネトゲとリアルは別、ネトゲとリアルは別。
そう自省していると、シュヴァインが心底嫌そうに、
◆シュヴァイン:はあ? 部屋で一人でパソコンに向かって話しかけるとか、周りに病気みたいに見られそうじゃない。そういうのはお断りよ
はああああっ!?
何を言った!? 何て酷いことを言ったんだこの野郎!
◆ルシアン:お前、俺に謝れ! 全世界の俺に謝れ!
◆アコ:ルシアン、ボイスチャットを使ってたことがあるんですか
ある、あるよ。何か悪いかよ。
俺は皆と楽しんでたんだよ。確かに部屋で一人で喋ってたけど、そんなの電話と一緒だろ。
大体一人じゃないんだ。俺は一人で喋ってたんじゃない、一人でゲームしてたんじゃない。
◆ルシアン:一人じゃねえよ……
◆アコ:わからない、わからないですけど、その台詞に凄い悲しさを感じます!
◆ルシアン:悲しくなんかない! 悲しくなんかないんだ!
ルシアン──俺のキャラがしくしくと泣くと、マスターが肩をすくめ、シュヴァインはにやにやと笑い、アコはよしよしと撫でながらハートマークを飛ばした。
◆アプリコット:実際、ネットゲームはこういったモーションの取れる高級チャットツールとして使っている者も多い。話しているだけでも問題はあるまい
◆ルシアン:このゲームもオープンしてかなり経つし、新規プレイヤーもほとんどいないから人が減る一方だしな
◆アコ:人って減ってるんですか?
◆ルシアン:アコがそう思わないってことは良いゲームってことだ
アコがゲームを始めた時点で既にオープンから数年経っている。そこから一年で人が減って見えないということは固定客が居残っているということだ。コラボや広告、あざとい課金で搾り取りながらなんとか生きていけるパターンに入っている。こう言うと悪いように聞こえるが、実際には良いことだ。サービス終了よりも寂しいことはないからな。
◆ルシアン:ネトゲって運が悪いと『定期メンテでデータが飛んだから今日で終了です』なんて言い出すからな
◆シュヴァイン:おい、半端じゃないぞ、そのゲームw
◆ルシアン:もっと運が悪いとインストールしたらOSが壊れたりすることがある
◆アプリコット:突破してはいけない壁を突破したんだな……
天を突いてしまったのだから仕方がない。そのままサービス自体行われなかったのも、やはり仕方がない。
◆アコ:はあ……明日学校臨時メンテにならないですかねぇ
◆ルシアン:ありえない希望を持つなって
◆アコ:うう、ルシアンの所に遊びに行くのが唯一の楽しみです
来るな。いや絶対に来るなとは言わないけどクラスで知り合いとか作ろうぜ。
◆アコ:あ、お弁当作って行きますよ。リクエストとかありますか? 冷蔵庫の中にあれば作って行きますよ
◆ルシアン:そこに向ける労力で勉学と友達作りを頑張って欲しい
◆アコ:わかりました、スタミナがつくようにニンニクたっぷりにしますね
◆ルシアン:俺をニンニク臭で包んで友達をなくすつもりか!
知能犯め! 美味そうなのが目の前にあったらつい食っちまうだろ!
◆シュヴァイン:勝手にしろー、俺様は寝るぞー
◆アプリコット:私もソロ狩りでもしてくるか
◆ルシアン:見捨てるのかお前ら! 仲間だと思ってたのに!
ギルドメンバー達は非情だった。
ただ、多分だけど、こういうのも俺への協力なんだと思う。
ゲームの中でリアルとゲームをごちゃまぜに話して、アコを現実に慣らそう、的な。
「……何も考えてないだけな気がする」
そうであっても楽しいんだから構わないけどさ。
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「おはよー」
席に荷物をのせて近くの男子に声をかけると、彼らはにこやかに笑って言った。
「おう西村、嫁さんはまだきてないぞ」



