一章 汝は隠れオタなりや? ⑧
「それがその、クエスト難易度が高すぎると言いますか、そもそも受注レベルに達していないと言いますか。もしかすると必要スキルをまだ取っていないのかもしれないし、必要アイテムがインベントリにないのかも……」
「つまり成果は出てないのね」
瀬川はちょっとだけ同情したように言った。
「きっと私の人生がバグってるんです。おかしいです、絶対」
「アコ、残念だけど、ネトゲで『これバグじゃね?』って思った場合の九割は仕様だ」
「修正パッチ、早くしてください」
アコはしょんぼりと言った。
「もう正直、ゲームがあればそれで良いんじゃないかな、と思うんですが」
「否定はしないけどさ」
「しなさいよ、しなきゃ駄目でしょあんたは」
そうなんだけど、正直同意見だから。
もう俺は半分以上ゲームをするために生きてるよ。
「もしも部活がなかったら絶対に来ないですね、学校なんて」
「それで頑張れるって言うならいいけどね」
「だな、頑張れ」
「はぁい」
仲間が居る場所がある。自分の場所がある。
ただそれだけで随分と頑張る気持ちになれる。凄く大事なことだと思う。
「んじゃさっさと部活始めましょ。私の貯金が予定を大分下回ってるのよ、このままじゃ目標に届かないわ!」
瀬川は力強く言ってLAを起動した。いつものログイン画面を通過して、見慣れたシュヴァインに魂が宿った、直後。
コンコン、と扉を叩く音が響いた。
「……え?」
ピタリと瀬川の動きが止まる。
自分の席に向かっていたアコもその姿勢で硬直した。
「今、誰か、来た?」
「来ました、ね?」
明らかに怯えた様子でアコと瀬川が視線を交わす。
この部屋に来る部員以外の人間というと、斉藤先生(=猫姫さん)ぐらいだが、顧問の先生はわざわざノックなんてしない。顧問に見られて困ることなんてやっているわけないし。すると明らかな部外者がやって来たということに。
「ふむ、珍しいこともあるものだ」
「珍しいなんて問題じゃないですよ。どうしましょう? 居留守、居留守でいいですか?」
「部室で居留守っておかしいでしょ。おかしいけど、おかしいけどこの場を見られるわけにはいかないし……やっぱり居留守?」
「落ち着け落ち着け」
居留守なんてできねーから。
他の先生だったらどうするんだよ、わざわざお目こぼしもらったっていうのに。
「あーい、どうぞ入って下さいー」
「ちょ、どうぞじゃな……っ」
俺の言葉に反応してガラガラと扉が開く。
そこからのぞいたのはほんのりと見覚えのある顔だった。
「あ、やっぱりいた。茜〜」
「な、奈々子っ!?」
クラスメートで、瀬川とよく話してる、あの、ほら、えっと──
「あ、秋山さん!」
「やっほー、西村君。……なんで難関クイズに正解したみたいな顔してたの?」
「ソンナコトナイデス」
「そ、それより、それよりも」
信じられないものを見る表情で固まっていた瀬川が、錆びついたロボットのような動きで秋山さんに向き直る。
「な、何やってんの、奈々子? こんな所に何しに来たの?」
「そんなの茜を探しに来たに決まってるよ〜」
「あ、あたし?」
何かがひび割れるような音がした。
カクカクと手を震わせて自分を指さす瀬川。
「うん。なんかキョロキョロしながら部屋に入って行ったから、何してるのかなーって」
「い、いつの間に……」
「っていうかやっぱり西村君と何かやってたんじゃーん。なになに、パソコン?」
「──っ!」
躊躇いなく部屋に入ってくる秋山さんに、アコが目を見開いて身を固めた。
そしてマスターがキリっと言う。
「パソコンは当然使うが、メインはそこではない。ここは現代通信電子遊戯部の部室──すなわちネトゲ部なのだ!」
「なんで言ったなんで言ったなんで言ったあんたああああああああっ!」
凄まじい勢いで立ち上がった瀬川がマスターの首をつかんで前後に揺らす。
残像が出るような速度で動かされながらもマスターはほがらかに笑った。
「はっはっは、ネトゲをしていることを誰にはばかることがあろうか。シュヴァインも胸を張ってネトゲ部員を名乗ってくれて構わないんだぞ」
「あたしはお断りだっつってんでしょうがあああああ」
どうすんのこの状況。カオスっつうかなんつうか。とりあえず瀬川の精神的HPがレッドゲージに突入してるぞ。
「えーと、どうなってるの、西村君? 茜と会長さん玉置さんと、皆でゲームやってるの?」
「まあ、大体そんな感じ」
「ふーん……」
瀬川が使っているディスプレイを覗き込み、そこに表示されたシュヴァインの画像にふんふんと頷く秋山さん。
まあ活動内容は間違ってない。要するにここはそういう部活だよな。
「ちょ、何言ってんのルシアン!」
「茜もルシアンって呼ぶんだ? 部員同士のあだ名みたいなの?」
「ひああああああっ」
「ふぶおうっ!?」
いってええええっ!?
おま、ちょ、そこまでするか!?
瀬川の奴、秋山さんの前に居た俺を思いっきり蹴り飛ばしやがった。
「違う違う違うちっがーう! あたしは違う、部員じゃないの!」
マスターを放り出して来た瀬川は秋山さんにしがみつき、引きつった笑顔を浮かべて言う。
「あのね、あたしは関わりたくなかったのよ。でもこいつらのお守りを猫姫先生にやらされてね、それで仕方なくここにいるだけでね」
「猫姫先生?」
「間違えた、それキャラ名! 斉藤先生ね!」
「……キャラ?」
「だから違うの、本当! つまりほら、あんたみたいな一般人がこういう歪んだ場所に来て汚染されないように、あたしがお守りをしてんの! だからさっさと出て、すぐ出て、出てよ、出なさい、出てけつってんでしょうがあああっ!」
この小さな体のどこにそんな力があるのか、瀬川は自分より二回りは大柄な秋山さんを無理矢理引きずって出口に向かう。
「え、ちょ、茜、待っ──」
「じゃあまた明日! 気をつけて帰ってね!」
バーン! と凄まじい音がして扉が閉まる。
瀬川は勢いよく鍵を閉めるとその場にへたりこんだ。
「終わった……あたしの高校生活……終わった……」
「とりあえずお疲れ」
「あんたが中に入れるからでしょうが……」
俺に浴びせる罵声にも覇気がない。本気で落ち込んでるな、瀬川。
まるで白い灰になったかのようにぐったりと座り込む彼女に、その姿勢ちょっとパンツ見えてるぞ、とはとても言えなかった。武士の情けだ、ちょっと見るだけにしよう。白。
「……んで、アコは? どした?」
「いえ、その……」
秋山さんが放り出されるまでずっと固まっていたアコに尋ねると、
「自分の場所にいきなり他人が入って来ると……怖くないですか?」
「あー、それはわかる」
ここは自分の領域、と思っていた所に堂々と他人が入って来ると固まるってのは確かにある。特に相手がリア充っぽい奴だと起こりやすいことだ。んで堂々としてる向こうが主役でこっちが添え物みたいな気分になるのな。
「それもあんなギャルギャルしい人……無理です、本当に無理です。アコ特攻武器です」
「弱点属性を突かれたか……」
しかしギャルギャルしいってどんな形容詞だよ。わかるけどさ。
「ううう、ルシアン、慰めて下さい」
「あー、よしよし」
すり寄ってきたアコを適当に撫でる。
力尽きた瀬川から向けられる『こいつらうぜー』みたいな視線が痛い。
「だがシュヴァイン、友人にネットゲームについて話すのはそんなにも嫌なことか? ただの趣味だろう、大した問題ではないのではないか?」
「まーなー。サブカル趣味の女子も何だかんだで多いみたいだし」



