一章 汝は隠れオタなりや? ⑨
「あんた達にとってはそうかもしれないけど、あたしにとってはそうじゃないの」
ばんばんと床を叩き、瀬川は俺達を睨む。
「ちょっとサブカル趣味がある、ってぐらいで済むならあたしだって話すわよ。何て言うの? 子供の頃からゲームが大好きで、一日中ゲームしてすごす日も多々あります。かなりマニアックなゲームも好きで、特に好きなゲームはうんたらファンタジーです、ぐらいならね!」
どっかで聞いたような話だなそれ。
そして瀬川は、でもそうじゃないのよ! と吼えた。
「ネットゲームをやってるってのはね、重いのよ。一つの要素で人間性が決められちゃうのよ。ネトゲやってるってことはイコールで漫画アニメゲームから声優にインターネットのアングラ、さらに女の子なら腐の属性まで自動的についてくるぐらいに深い趣味なのよ!」
「そ、そんなもんか?」
「この年代の女の子なめんじゃないわよ。一方的なレッテル貼りが今後の学生生活にどれだけの悪影響を及ぼすか、考えたくもないわ……」
オープンオタクのレッテルが良い意味で迷彩になってる俺みたいなもんか。ネトゲオタのレッテルが貼られた女子生徒の生活ってのは確かに辛そうだ。
「でも実際お前、漫画アニメゲーム声優ネットのネタはそれなりについてくるよな」
「嘘じゃないからさらに困ってるんでしょ!?」
ご、ごめんなさい。
思った以上に切実だったらしい。女子の世界は恐ろしい。
「しかしもう終わったことだ、さあ、部活をするぞ」
「んな気分になるわけないでしょ……ああ、私の学校生活……」
「あの、お祓い代わりに塩でも撒きません?」
「アコ、あの人は俺のクラスメートで、しかもああ見えてそんなに悪い人じゃないぞ?」
てんやわんやだ。
結局ほとんどゲームをしないままその日の部活は終わった。
瀬川が怯えた様子で何度も携帯をいじっていたが、幸いにも趣味を揶揄するようなメールは一つも来なかったらしい。
「あれはラスボスです」
帰宅途中、アコはそう言った。
「おお、いきなり大きく出たな」
瀬川を元気付けるのも大変だったが、真剣に塩を撒こうとするアコを止めるのも一苦労だった。どうもあの『リア充やってます☆』みたいな光輝くタイプの女子が嫌いでならないらしい。アコらしいっちゃらしいけどさ。
「ラスボスってことはいつの日かあれを打ち倒そうってのか。その勇気は認めるけど、多分秋山さんは相当な強敵だと思うぞ?」
「わかってます。あの輝くオーラ、どこにでも物怖じせずに入っていく空気。全てが私には届かない高みにありました」
しかし、とアコは鼻息も荒く言う。
「富の偏在化と一緒です。今の社会にはリアル充実度の偏在化が起こっているんです。いつまでも資本家の横暴を許してはなりません。私達は富裕層に対して反逆を起こさなければならないのです。そうですね、これを非リア革命と名付けましょう」
ちょっと語呂が良いからやめろ。耳に残る。
「んで革命ってことはリア充を非リアに落とすのか」
「はい。あの人達にも我々の悲哀を味わってもらうんです」
「……絶対下層で楽しそうにするだけだろ、あの人種」
「……上に立っているはずの私達が惨めな思いをするんですよね」
基本スペックってのは重いよな、うん。
「でもさ。マスターも言ってたけど、頑張って友達作ろうとしてるのか?」
担任からの伝聞としてそんなことを言ってた。
アコもアコなりに頑張ってる。それ以上に嬉しいことはないよ。
「頑張ってると言いますか、とりあえず返事をしようと試みているところと言いますか」
「まだその段階か……」
「ギルドの皆には普通に話せるんですけど……」
俺達は付き合いも長いからなあ。
しかし普通に努力してるみたいでちょっとほっとした。実はちょっと不安だったんだよ。
「アコは高崎……朝アコに話しかけた奴な、あいつを一刀両断にしてたからさ。あんな感じでキモイから名前で呼ぶなって感じでクラスメートも全部拒否ってるのかと思ったよ」
「まさか、そんなことしませんよっ」
アコはふるふると首を振った。
「そんな勇気があったらもう少し人生楽しく生きてます」
そりゃごもっともだ。
「んじゃあいつはどうしたんだ? 俺達が名前で呼んでるから気にしてなかったけど、他人からアコって言われるの好きじゃないのか?」
「ルシアン達から言われるのは平気です。ただ知らない人から言われるとやっぱり気分はよくないです」
うーんと悩み、アコは少し首を傾げた。
「えーと、その。私は確かにアコだけどあなたに呼ばれるのは気に入らない、と言いますか。ダウンロード版ゲームは売っているが、お前の国籍が気に入らない、みたいなやつですかね」
「おま国はやめてやれ」
多くの日本人がそれで傷ついてるから。困ってるんだから。他の言語は全て選択できるのに日本語にしようと思ったら何故か特別にお金がかかったりするんだから。
しかしそうだよな。俺だって見知らぬ奴から下の名前で呼ばれたら変な気分になるだろうし。
そもそも名前で呼ばれた経験自体がほぼねーけど。
「ルシアン以外に仲良くなった男の人なんて今までいなかったので、誰に言われても違和感があるかもです。あの人にはちょっとごめんなさいしないといけないですね」
俺だけか。
それは光栄というか何というか……。
「今からでも玉置さんって呼び直すか」
「泣いた方が良いですか?」
「泣かなくて良い! 泣かなくて良いから!」
許可を出す前からちょっと涙目になってるんだけど!
この問答無用の懐き方がちょっとだけ怖い。
「ちなみにシューはオタバレを超気にしてたけど、アコは?」
「話自体しないのにバレるもバレないも」
「……なるほど」
困るのは瀬川だけか。
さてあいつ、大丈夫かねえ。



