二章 初心者育成伝 ②
まあ何にせよ、始めたばっかりだと言うならちゃんと面倒はみよう。
ゲームを始めたなら最初にやることは決まっている。
◆ルシアン:とりあえずレベリングだな。メタプチMAPに行くぞ。んで途中でコンボ覚えたらアコに鼻血が出るぐらいヒールさせてゴブリンキングな
◆シュヴァイン:おい待てこら
◆ルシアン:何だよ
何故かシューから待ったが入った。
メタプチというのはHPは5しかないけど防御がやたらと高くて経験値はそれなりにあるメタルプチドラゴンというモンスターのことだ。初心者でも頑張って殴って五発当てれば倒せるので、スキルでタゲを維持しながら殴らせればかなりの勢いでレベルが上がる。ゴブリンキングは攻撃速度が遅く、攻撃スキルを使わないので、即死しない限りはヒールをかけ続けるだけで絶対に勝てる、これまたレベリングには定番のモンスターだ。レベル上げとしては普通の選択だろうに、何が不満だ。
◆アプリコット:普通に考えてゲームを始めた直後の初心者にパワーレベリングは駄目だろう、ルシアン。ゲームとは楽しむものだ。その過程をな
◆ルシアン:……そういやそうか
言われてみればゲームの楽しさの大半を奪い去ってしまうような気がする。
いけないいけない、ネットゲームの闇に染まりきってしまう所だった。
◆アコ:あの、私もそんなに優しい育ち方してない気がするんですけど
◆ルシアン:アコは今でこそこんな風に育っちゃったけど、これでも俺なりにゲームの基本を叩き込んだつもりなんだよ
◆アコ:私のこと失敗作みたいに言ってませんか!?
成功だとはとても言えない。
俺はアコに懐いてほしかったんじゃなく、一端のヒーラーになって欲しかったんだよ。
◆シュヴァイン:馬鹿は放って置いて、ゲームの基本は自分の力で敵を倒すところからだ。というわけで、俺様のこの武器を貸してやる。英雄のビギナーズナイフ+9だ。これでそこら辺の敵をなで切りにして来い
◆ルシアン:おい待て待て待て
ヤバイことを言い出したシューをすぐさま止める。
◆シュヴァイン:俺様の武器に不満でもあるのか
◆ルシアン:あるに決まってるだろ。なんだそのオーバーパワーな武器は
そんなOP武器を使ったら冗談抜きで序盤の敵がザクザクに切り裂けるだろ。プレイヤースキルも何もあったもんじゃない。
◆シュヴァイン:んじゃどうするんだ
◆アプリコット:普通の武器を使って、普通のクエストを進めて、普通に育てば良いだろう?
マスターが呆れたように言った。
そうそう、流石はマスター、よくわかってる。
◆アプリコット:経験値ブーストの課金さえしておけばそれでも充分に育つしな
◆ルシアン:やっぱマスターは駄目だ
◆アプリコット:何故だ!?
正直ちょっとそんな気はしてた。ぶっちゃけ経験値ブーストは便利なんだよな。ネットカフェ特典とイベント経験値に課金ブーストを同時に使って経験値三倍とかよくやったよ。
言い合っていると、セッテさんが不安そうにこちらに寄ってくる。
◆セッテ:あの、私、何すればいいの?
◆ルシアン:あー、そうだなあ
どうしようか、とりあえずマスターの言った感じで、普通に敵と戦いながら普通にクエストさせるか? でもそれ、俺達が居る意味ってあんの?
◆アコ:はい、はい!
と、アコが手を上げて言った。
◆アコ:折角だからもっとゲームを楽しみましょう! 私がルシアンにプロポーズしたあそことかに連れて行くべきです!
◆ルシアン:却下
◆アコ:何でですかっ!?
だってお前が行きたいだけじゃんそれ。
大体観光地になるような場所って、大体敵の種類がバラバラだし、ちょっと遠いし、色んな町を経由しないといけないから──
◆ルシアン:あれ? 意外と良いのか?
◆アプリコット:観光ついでに街を回るか。そうだな、妥当かもしれん
◆シュヴァイン:そういやワープポイントも登録しておかないと不便だな。アコみたいにその町には飛べません、とか言い出すことになるw
あれれー、おかしいぞー。アコが言ったことが一番まともだぞー?
◆ルシアン:まさかアコの意見に負けるとは……
◆アプリコット:信じられんな
◆シュヴァイン:そんな珍しいことが起きるぐらいならその分の運で俺様にレアを出せよ
◆アコ:私の扱いを一から考え直すべきじゃないでしょうか!
いやいや、これであってるあってる。何も間違ってないから。
◆セッテ:仲良いんだ?
俺達を見ながらセッテさんがそう言った。
◆ルシアン:付き合いも結構長いからなー
◆シュヴァイン:まさに腐れ縁って奴だなw
◆ルシアン:腐ってんのはお前の頭だろ
◆シュヴァイン:お前の性根だろ
◆ルシアン:おう?
◆シュヴァイン:あん? やんのか?
◆セッテ:仲良いねw
良さそうに見えたのか今の会話が。
◆ルシアン:とりあえず観光ツアーに決定。後はルート決めだな。セッテさん、ちょっと待ってな、すぐ決めるから。とりあえず巡回飛行船に乗るところからがスタートだな、んでそこから飛び降りてだ……
LAの中にも観光スポットと呼ばれる場所は多い。定番だが飛行船からの景色は中々のものだし、海底深くにある神殿も悪くない。モコモコビーチのリゾートっぷりは中々だし、機械都市オーガストはSF的な外観がそそられる。
◆ルシアン:というわけで決まった。セッテさん、俺達はこれから飛行船に乗って、途中海の上で飛び降りて五分ぐらい潜った所にある神殿に寄った後で近くのビーチでリゾート気分を味わって、そこから渦潮に飲まれて鯨に吸い込まれて打ち上げてもらって、その先にある墓地の奥にあるダンジョンを抜けて地獄街のワープゲートから機械都市の一番上の歯車に行ってそっから下までダイブな
◆セッテ:ぜったい、いや
何でだよ!? これ間違いなく面白いって!
危なくない、危なくないから! 平気平気!
そんなこんなでセッテさんを連れて遊び倒し、今日の夜はすぐに終わった。
「やっぱり良いことはするものね! 運が向いてくるわ!」
翌日の部室で、瀬川はちょっと引くぐらいのハイテンションで言った。
気のせいかツインテールがみょんみょんと跳ねているように見える。
「ど、どした? なんか良いことあったか?」
「奈々子がさあ、わざわざ皆に話したりしないよー、って言って、本当に黙っててくれたのよ。あーもー、本当にあの子で良かった。私の学校生活はもうちょっとだけ続くんじゃよ!」
ちょっとで良いのか? それってもうすぐ終わるんじゃないのか?
「でも誰かにバレたんだし、気をつけないとまた別の奴にバレるんじゃないか? 今日も誰かに見られたりしてないよな?」
「部室に入る前に三回確認したから大丈夫よ。奈々子もなんか急いで帰っちゃったし」
ふんふん、と鼻歌を歌いながらPCを起動し、瀬川は機嫌良くマウスをいじる。
「そろそろ最近の遅れを取り戻さないとね。アコとマスターは?」
「さあ? 掃除当番でもしてるんじゃないか」
そう聞いて瀬川は少しだけ眉をひそめて声を落とした。
「……アコの掃除当番って想像するとちょっと怖いわよね」
「そりゃ浮いてそーだし、ミスばっかして引かれそうだけど」
ちゃんとコミュニケーションが取れてるのかは少し不安だ。のんびり雑談しながら掃除してるって感じはしないよな。
そんなことを話しながら数分、がらりと扉が開いた。
「遅れて済まない、少し私用でな」
「遅くなりましたー」
マスター、ちょっと遅れてアコが入って来る。
何故か部室に入った瞬間から涙目だったアコは俺を見ると目を見開き、
「ねえルシアン、掃除なんて専門の人に頼めば良いですよね!?」



