二章 初心者育成伝 ③

 あ、嫌な予感が当たってた。


「だいたい他の人も悪いんですよ。ぼっちで名を馳せてる私へ急に話しかけるだなんて、本当にノーマナーです。考えられません。そりゃ掃除当番のことなんてすっかり忘れてましたけどもっ!」

「あー、テンパったのか?」

「人生で初めて、はひっ、って言いました」


 それはちょっと可愛いんじゃねーかなと思う。


「心配するな、私など『先に帰っても良いよ?』という気遣いに見せかけたDOTスキルをぶつけられたぞ」


 今も持続ダメージが残ってる感じらしい。心が痛いんだろう。

 しかしマスターの場合は真剣に気を使われた可能性もあると思うんだけども。


「さあ、全てを忘れてゲームをしよう」

「私にはLAがあるんです」


 何にせよ二人ともやる気満々だった。俺も一緒に頑張るとするかな。

 そう考えてログインすると、いつもの喫茶店には既に他のプレイヤーの姿があった。


◆セッテ:こんにちは


「えっ」


 思わず口に出すと、他の三人もこちらを見ていた。


「また居ますね」

「っていうか結局あんたの知り合いなわけ?」

「いや、正直覚えは全くない」


 仮に知り合いだとして昨日の分で十分面倒はみた気になってたし。

 ともかく口だけで話すわけにはいかないのでチャットを打つ。


◆ルシアン:おう、こんにちは

◆シュヴァイン:おう

◆アコ:こんにちは

◆アプリコット:ようこそギルドアレイキャッツの酒場へ

◆ルシアン:酒場じゃねえし俺達の場所じゃねえし


「それは良いとして。どうするのよ」

「ここに放っておいて狩りに行きますか?」

「それもちょっとなあ」


 アコの言うことはちょっと非情ではあったが、そうしたいという気持ちは間違いなくあった。いつも通り皆で遊びたいんだけど、でも放っておくのも気分が悪い。


「折角やる気だったところだけど……ちょっと付き合う?」

「ネトゲ部として同じネトゲプレイヤーには愛情を持ちたい所だな」


 瀬川とマスターが妥協を見せた。なら、良いか。


「んじゃ少し付き合うか」


◆ルシアン:今日も来たのか? 

◆セッテ:何しようかよくわからなくて


 まあ別の世界にいきなり放り出された訳だからな。昨日はあれこれ連れ回しただけでゲーム的なことはなにも話してないし。


◆ルシアン:うーん、ちょっと操作の練習とかするか。ついて来な、手頃な敵の所に行くから


 セッテさんを街の外へ連れてくる。街から出てすぐにある草原には、噛まれたら人間なんて一発だろ、みたいなサイズの狼がうろうろしている。しかしこれでも雑魚モンスターだ。


◆ルシアン:というわけで、こいつを相手に基本動作の練習をする


「えっ」


 リアルの方でアコが動揺した。

 おい、なんでお前が焦るんだよ。


「なんだよ、基本の動作ぐらいアコだって……おいお前、もしかして」


 忘れたのか? あれだけ教えたのに? 戦闘の基本とか全然覚えてないと?


「い、いえ、そんなことはないんですよ、ええ」

「確かにアコがコンボ回復とかしてるの見たことないわね」

「しーっ、しーっ」

「ギルドマスターとして、メンバーの指導が必要かもしれん……」

「マスター、重く受け止めないで下さいっ」


 それはともかくセッテさんのことだ。


◆ルシアン:ええと、セッテさんのキャラは近接型。俺やシュヴァインと一緒だ。基本は通常攻撃、ガード、カウンター、スマッシュ技、数は少ないけど投射型の遠距離技で戦っていく


 セッテさんは、ふんふん、と頷いて聞いている。


◆ルシアン:んでやることは簡単で、とりあえず通常攻撃で殴って、敵が反撃しそうならガード、近接スキルを撃ってきそうならカウンター、無防備ならこっちからスマッシュ、遠くで何かを溜めてたら遠距離。それだけだ。


「だけって。ルシアン、だけって言いませんでした?」

「他にも色々あるけどとりあえずそれだけ覚えてればしばらくはいけるだろ」

「むしろアコはそんなに一気に覚えられるかってことをいいたいんじゃないの」

「そうです、そうです!」


 アコは力強く言う。どうして情けないことを言う時だけ力一杯なんだ、アコ。


「んー、でもこっちで勝手に限界を設定するのも悪いだろ? やってみて無理そうなら減らしていけば良いんだし」

「うむ、私もWIKIを読めば大体のことはわかるぞ」


 マスターはそういうタイプだよな。このセッテさんだってやらせたら覚えが早いかもしれない。そういう人に知識を制限するのはむしろ害悪だ。教えれば教えた分まで深く突っ込んでくるネトゲ初心者もいるし、そういう奴は大体将来有望なんだ。


「私は一日一個ずつぐらいがいいです……」


 アコは一晩経つと前の日教えたことを忘れてるからいつまでも進まないだろ。


◆ルシアン:操作自体はわかるか? スキル使うボタンとか。……うし、んじゃとりあえず適当にその狼さん倒してみ

◆セッテ:しねー


 ナイフを持った女の子がしねーとか言いながら狼に斬りかかる図はちょっと危ない光景だった。それに反撃して襲ってくる狼もそうとう危ない。

 さてセッテさんだが、最初は攻撃して攻撃して殴られて、攻撃して攻撃して殴られてを繰り返していたが、自然と反撃のタイミングにあわせてガードしようと試み始めた。まだタイミングに失敗して攻撃を食らうことも多いが自主的に動こうという姿勢は素晴らしい。


「この人、アコよりセンスあるんじゃないか」

「ちょ、ちょっと僅かに私より上手い可能性も微粒子レベルで存在するかもしれません」


 しかし現実を認めたくないらしいアコは近くの狼に寄っていく。杖を振り上げてぺちっと殴ると、狼はキラッ☆っと星を出して死んだ。


「うううううう」

「そりゃレベル違うんだから一撃で死ぬって。アコはヒールでも構えててくれ」


 あとピンクスターのキラキラロッドを持ち歩くのはやめてくれ。その殴るたびにキラッ☆ キラッ☆って星が出る以外に使い道のない杖は本気で必要ないから。

 ということで基本を教え込む。本人にやる気とセンスがあるので覚えは早い。


◆ルシアン:攻撃、ガード、隙を見てスキル攻撃。敵が構えたら、そうそう反撃して

◆シュヴァイン:武器を変えれば一発目にスキルを撃てば終わるぞ

◆アプリコット:課金すればチャージ技が初手に撃てるのだが

◆ルシアン:お前らちょっと黙れ


 折角初心者が頑張ってるんだから余計なこと言わないで応援するように。

 セッテさんは基本の戦闘ぐらいはすぐにマスターし、ものの数時間でそれなりに動けるようになった。


◆ルシアン:後はそのパターンに沿って敵の動きを見極めて、増えたスキルの性質を考えてコンボに組み込んでいく感じだな。センスあるからすぐに覚えるよ

◆セッテ:ありがとう、ルシアン君


 その間にチャットにも随分慣れて、それなりに普通に喋るようになってきた。何故か俺だけ君付けになってるけど。


◆セッテ:ルシアン君、こういうの教え方上手いんだね

◆ルシアン:なんで意外そうな言い方なんだ

◆セッテ:本当にちゃんとやってるんだなーって。ちょっと格好良いよ


 初心者に上から目線で褒められたよ俺。なんだこの喜んで良いのか腹を立てれば良いのか微妙な気持ち。


◆アコ:ルシアンに変な色目を使わないで下さい


「全方位に嫉妬すんなって」

「ううう、だって」

「気になるならお前が面倒見てやれよ」

「知らない人と話すの怖いんで……」


 ゲームの中でもコミュ症とか本当に救えない。


「ってかルシアンだけ懐かれてるのはおかしいでしょ。こんなの私でも良いのに」

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