二章 初心者育成伝 ④
◆シュヴァイン:こんなことなら俺様にでもできるぞ。いいや、もっと上手く指導することも可能だ。何なら直々に教えてやろうか?
◆セッテ:ぶふっ
セッテさんがまた吹き出した。
◆シュヴァイン:お前なんで俺様が喋るたびにちょっと受けてるんだ? もしかして喧嘩を売っているのか。なら買うぞ、ああん?
◆セッテ:ち、ちがうんだけど、ね
キャラクターがびくびくと震えてる。これ笑いすぎて操作がおぼついてないやつだろ。
◆セッテ:やっぱりルシアン君がいい。ルシアン君、頼れるし優しいし
「……チッ」
隣から凄く苦々しい舌打ちが聞こえた!?
「アコ、ちょっと舌打ちしなかったか」
「してません」
「……そう?」
なまじ文句を言う度胸がないのか、腹の中に苛立ちを溜め込んでいるアコがちょっと怖い。
◆セッテ:ルシアン君、もっと色々教えてくれる?
◆ルシアン:別にいいけど、そろそろ一度落ちないといけないから、夜になら
もうすぐ部活終了の予鈴が鳴る。次は帰って、飯なり風呂なり宿題なり済ませた後に集合するのがいつものパターンだ。
「えー、夜もこの子に付き合うの?」
そろそろ耐えられなくなってきたか、瀬川は苛立ちを隠そうともしなかった。
わかるよ、わかるけどさ。
「でもこう言われて断るのもさ」
「はあ。あんた初心者に懐かれると気分良くなるタイプ?」
そういうんじゃない。ただ放っておくのはちょっと後味が悪いってだけで。
「なら、好きにすれば。あたしは夜は一人で狩るから」
「お前、マジで機嫌悪いの?」
「あいつうざい」
瀬川から小学生並みの感想がでた。
笑われたのがそんな気に入らなかったか。気持ちはわかるけどさ。
「なら私もそうするか。しばらく大魔法を撃っていないと調子が悪い」
マスターもか?
「ああ。私は別に初心者と楽しむのは嫌いじゃないが……」
ちらりと画面の中の彼女に視線をむけると、マスターは
「彼女の、グループの中心を見定めてその人物に媚びを売る姿勢が、私の苦手な人種に近い」
「……それは」
マスターは裏表のない良い奴だが、逆に苦手だと判断した相手にさして気を使うこともない。それはリアルの彼女と同じ性質で、少なくとも俺にとって気分の良いことなんだけど──こういう時はちょっと困る。
「私はルシアンと一緒に居ます!」
「そっか」
アコはそう言ったが、画面の向こうに居るセッテさんに警戒しているのは明らかだった。
ギルド外の人が現れるようになってたったの二日目。
アレイキャッツは既に分解状態だった。
††† ††† †††
どんな状態でもアコは俺から離れない。今日も二人一緒に家路についている。
本当はそれを直す為の部活なのにちょっとほっとしてる俺が居た。
「困りましたねー」
「困ったなー」
二人並んで、はあ、と溜め息を吐く。
仲良しグループと言ってもちょっと妙なことが起きたらこれだ。やれやれ大変だ──と言っても、解決策は簡単なんだけどさ。
「ぶっちゃけた話、素直に拒否ればいいんだけどさ。俺はあんまりそういうの得意じゃないんだよ」
「そうなんですか?」
「そうなの。八方美人っつうか、無駄に善人になろうとするって言うか。あんまり親しくない人相手だと嫌なことが嫌って言えなくて、ずっと我慢しちゃって、気がついたらゲームやること自体が嫌になっちゃうんだよな」
ゲームの中なのにどうも良い人ぶっちゃうんだよ。現実では適当に生きてるってのに、ゲームのなかでしっかりしてどうすんだって自分でも思うんだけど。
「ゲームやめるぐらいなら嫌だって言いましょう!」
「お前言えるの?」
「いいえ?」
当たり前じゃないですか、とばかりに言い返された。
そだね、お前そういう奴だよね。
「結局は俺達って全員がコミュ症みたいなもんだからさ、こういう時は面倒臭いよなあ」
「そうですねえ……」
アコはゲーム内でも俺達が居ないと黙ってしまうぐらいのコミュ能力だし、リアルでは面倒見の良いシューもゲーム内では俺様状態だ。ああ見えて結構人見知りするマスターは気が向かないとソロに走ってしまう。俺は俺で八方美人になりすぎてゲーム自体が嫌になってしまうタイプと──本当、どうにも対人能力に欠けた面子だよ。
「こんなこと言いたくないんですけど」
そう前置いて、アコは足下を見たまま言う。
「溜まり場を変えるのもありなんじゃないかと」
「……セッテさんよけで?」
「です」
「んー……」
ネトゲで溜まり場というのは結構大事だと思う。
特にほんわかファンタジー系のゲームでは、暇な人が集まってだらだらする場所というのがゲーム内生活のモチベーションに関わる。
暇ならここに行けば誰かが居る。ここで待っていれば誰かが来る。やるべきことが終わったらここに帰る。ゲームの中がもう一つの世界になっていればいるほど、自分の拠点になる場所は大切なんだ。
しかしそこに異分子が入ると途端に面倒なことになる。ゲーム内で勝手に決めた溜まり場なんてのは公共の場所でしかなく、誰かが来るというなら拒む権利が何もないのだ。
だから溜まり場引っ越しってのはよくあると言えばある。逃げるように街を転々とするギルドなんてどこにでもあるだろう。
「でもさ、セッテさん別に悪い人ってわけでもないんだよな」
「それはそうですけど」
だから逃げるように居なくなるというのも罪悪感がある。
しかしなあ、歓迎したいかと言うとそうでもないんだよ。
本当の意味での初心者っていうのはゲームの将来を考えるなら大事にすべきだけど、絡む場合においては正直ちょっと面倒臭い。
「後はですね、これは個人的意見なんですけど」
「どした?」
アコは真剣な表情でしっかりと俺を見つめて言った。
「ルシアンが他の女の面倒を見てるのが気に入りません」
「超素直だなお前!」
要するにやきもちか!
「だってだって、ルシアンはずっと私の面倒を見てたら良いじゃないですか! 他の女キャラに懐かれて喜んでるなんてダメです!」
こ、こいつ本気だ。本気で言ってる。
アコの表情に冗談の色は欠片も見えなかった。
「大体ルシアンは誰かの世話をしてる時にいつも活き活きしすぎなんです! そういう所は私にだけ向けてくれたら良いんです!」
「俺の世話なんて必要なくなるっていう発想はないのか?」
「なんでそんな寂しいこと言うんですか、酷いです。私と一緒に居て楽しくないんですかっ」
「一緒に居ることがイコール面倒をかけるってのは健全じゃないと思う」
「私の座右の銘は『他力本願』です」
こいつクズだ!
クズだけど、クズなんだけど、でも俺の嫁なんだよなあ。
少なくともゲームの中でアコを悲しませるようなことはしたくない。ゲームの中でこいつのこと大好きだってのは否定するつもりはないし、
寂しがってるなら構ってやりたいし、俺も構いたい。
「……あ、そうだ。良いこと思いついた」
「はい?」
「今夜二人で利便性が良くて集まりやすくて目立たない、そんな場所を探してみようぜ。上手く見つかったら皆で移動しても良いし」
「デートですね!」
「……デート、かなあ」
「デートですデート。お洒落していきますねっ」
夜逃げ先を探すような話だけど、アコがそう思うならいいか。
でもこいつ、リアルでデートに誘っても絶対こんなに喜ばないよな。
「…………」
「……? どうしました?」
「いんや、何でも」
ま、アコらしくて良いけどな。



