二章 初心者育成伝 ⑤
シューとマスターは狩りに行った。俺とアコは見つからないようにキャラを移動して、決めておいた待ち合わせ場所で合流した。
◆アコ:──というわけで、お洒落をしてきました
満面の笑みで言うアコに、俺は躊躇いなく答える。
◆ルシアン:脱ぎなさい
◆アコ:ええっ、こんな所でですか!?
そういうネタは良いから。要らないから。
お洒落をすると言った言葉通り、アコの見た目は豪華なドレスに変わっていた。
そう、とてもとても豪華なドレス。見た目からは職業もわからないぐらいの、どう見ても明らかにアバターごと変わってるだろっていうドレス。
◆アコ:高かったんですよー、この使い捨てのアバター変更ドレス
◆ルシアン:だってそれ思いっきり移動速度が下がるだろ。色々歩きまわるって言ってんのに
◆アコ:うう……あと三十分は効果が切れないので、それまで待って下さい
また訳のわからないアイテムを高値で買いやがって。そういう無駄遣いをするから装備が揃わないんだぞ。
仕方がない、とりあえず近場を回るか。
◆ルシアン:今の喫茶店に近い場所だと結局バレそうで怖いんだけど……今日はこの街の中を見てみるか
◆アコ:はーい
ドレスを着てしゃなりしゃなりと歩くアコを連れ、町中をゆっくりと歩く。
そういえば何だかんだで新婚旅行的なこともしてないし、いつも四人だからアコと二人ってのは珍しい。
「デート……ね」
こういうのも家族サービスって言うのかな、と馬鹿みたいなことを思った。
◆ルシアン:とりあえず溜まり場の定番というと、復活地点の前、商人の前、そして転送地点の前になる。利便性が高くて人の集まるこの辺りに自然発生的に溜まり場が出来上がるってことが多い
◆アコ:そうですね、復活地点の近くにはいつも人が居ます
◆ルシアン:だろ。だから──今回はそこには行かない
◆アコ:行かないんですか
うむ、と頷く。
◆ルシアン:俺達は小規模ギルドだからな
便利な場所に居座れるほど力も規模も大きくない。リアルの俺達と同様、人の来ない隅っこに集まってだらだらとすごすのだ。
◆ルシアン:というわけで候補その一、街を出たすぐの所に来てみた
◆アコ:街じゃなくてフィールドマップですよね
◆ルシアン:そうだ。だから人が少ない。でも入り口から近いってことは利便性は高いわけで、候補としては悪くないんだ
◆アコ:街に近いから音楽ものんびりしてますし、広々としてて良いんじゃないですか?
◆ルシアン:だろ。ただなー、一個だけ問題があってなー
◆アコ:何がいけないんですか?
それはな、アコ。お前の後ろにいる奴だよ。
◆アコ:あ、あれ? ちょっとあっちから来てるの……モンスターですよね? え? あ、ちょっと待って下さい、襲われっ
後ろから走ってきた狼にアコが噛みつかれる。
大丈夫大丈夫、そいつ雑魚だから。
◆ルシアン:そうなんだよ、一応フィールドマップだからアクティブのモンスターが来たりするんだ。そりゃ街の近くだから危険なモンスターは出ないけど、寝て起きたら死んでるってことがありえる。集合地点としては悪くないんだけど、のんびりするには良くない
ここに集まって出発、みたいな場所としては良い。でも何時間も座って雑談をするとなると良くない。そんな場所だ。
◆ルシアン:どのぐらい敵がくるのかなーと思って見に来たんだけど、結構来るんだな。これならやめておいた方が無難か
そんなこと言っている間にもアコを襲う狼が二匹に増えてる。こりゃ駄目だ。
◆アコ:あ、あの、ルシアン、ちょっと助けてもらえませんか?
◆ルシアン:大丈夫だって、お前でも一発殴れば倒せるから
◆アコ:いえ……このドレス着てると攻撃できないんです
◆ルシアン:…………
◆アコ:きゃうっ
げしっと盾で殴るとアコと狼がまとめて吹き飛んでいった。
候補一、断念。ここにするとアコが死ぬ。
ああもう、さっさと次に行こう。
◆ルシアン:ってわけで二カ所目。特にクエストもないしNPCもいないけど一応中に入れる建物の中、だ
◆アコ:綺麗な所ですねー
水辺に建った二階建ての建造物。表示を見る限りは宿屋という設定だが、そもそもこのゲームに宿屋なんてシステムはないので、存在しているだけだ。
◆ルシアン:ここも人さえ来なきゃ良い所なんだよ、人さえ来なきゃ
◆アコ:よく人が来るんですか?
◆ルシアン:よく、ではないと思うけど……まあ、入ってみるか
アコを伴ってそっと建物に滑り込む。人影がないか見回しながら中に進む──と、少し奥まった一室に人影があった。男キャラクターと女キャラクターのペアだ。
◆アコ:誰か居ましたね
◆ルシアン:居たな……うん、やっぱやめよう
◆アコ:先に使ってる人が居るなら仕方がないですけど……あの人達、どうしてベッドで向かい合ってるんでしょう
◆ルシアン:…………さ、次いくぞ
その理由は話したくない。アコが何かに気付く前にここを出よう。
そう促したのだが、それより早くアコの足が止まった。
◆アコ:はっ……わかりました! 雰囲気の良い建物、宿屋、ベッドに座る男女──これはもう明らかです!
◆ルシアン:わからなくていいから
◆アコ:待って下さい待って下さい。私も前から思ってたんです。ゲームとリアルは別だってルシアンは言いますけど、それを逆に考えると私とルシアンはゲームの中では立派な夫婦です
◆ルシアン:そだな。愛してるぞアコ
恥ずかしいことを言って誤魔化してみる。
が、アコは嬉しそうに何度も頷いたが、折れずに話を続けた。
◆アコ:私もです! ということはですよ、ゲームの中でなら夫婦らしいことをしても良い、ってことになるじゃないですか。つまり私達もあの人達のように濃厚なチャHを
言いやがった。ゲーム内で文字を使ってアレなことをするチャHに言及しやがった。
◆ルシアン:しねーから!
◆アコ:ちゃんと情感たっぷりに実況しますから! ルシアンの指が私の体をゆっくりと這い、その甘美な感触に背筋が蕩けるような
◆ルシアン:それ以上言ったらマジで別れるぞ
想像しちゃうから! 思わず考えちゃうから! 長い髪を広げてベッドに横たわってるアコの姿だとか、その体に触れた感触だとか、どんな表情してるかとか、どんな匂いがするのかとか、一度も見たことないのに妄想が止まらなくなるから!
◆アコ:うううう、ごめんなさいでしたー
◆ルシアン:謝るぐらいなら最初から言うな!
誰が何が悲しくて同級生とそんなことしなきゃいけないんだよ。拷問か? 罰ゲームか? それとも俺を殺したいのか?
候補二も断念。ここにするとアコが発情する。
◆ルシアン:考えてる場所は残り一個。あんまり有望じゃないけど見てみるか
◆アコ:はーい
というわけでやって来た最後のスポット、町外れの教会裏にある墓場だ。
◆ルシアン:最後の候補は明らかに雰囲気の悪い、人のいなさそうな場所、だったんだけどな
◆アコ:沢山人が居ますね
既に集会所に使っているみたいで、結構な数の人が集まっていた。
とてもじゃないけど俺達の入る余地はなさそうだ。
こんな寂れた墓場ならいけるかと思ったんだけどな。
◆ルシアン:残念だけど、ここも──
駄目みたいだから帰ろう、と言おうとしたところで、その集団の中から声がかかった。
◆猫姫:あれ、ルシアン? アコちゃん?
◆ルシアン:え……猫姫さん?
集団の中から抜け出してくる見慣れたキャラクター。
おお、最近ゲーム内であんまり見かけないから仕事が忙しいのかと思ってた猫姫さん、こんな所にいたんだ。



