一章 ラブソードウ ⑧

 何その俺の死亡フラグみたいな言い方! やめろって、マジやめろって、そういうのほんとやめろって!


「というわけで、ギルド活動はその時に居るもので行う。要するにいつも通りだ。ただし──そうだな、こちらの話もしておこう」


 マスターは、うむ、と大きく頷いた。


「いいかお前達、夏休みはLA内での活動についても日頃以上に注意を払うように」

「何よ注意って」

「夏というのはゲーム上でも危険な時期なのだ」


 カーテンの隙間から差し込む日の光を示して言う。


「毎年の風物詩だが、夏休み中は迷惑行為を平然と行う迷惑プレイヤーの増加が懸念される。いわゆる夏厨というものだ」

「あー、単語は聞いたことあるわね」

「ナツチュー?」

「こらアコ、単語が危ういからやめろ」


 電気を出すネズミみたいだろ。


「要するにクレクレや寄生、地雷プレイを行う輩が夏限定で多発するわけだ。そうしたプレイヤーから直接迷惑を被る以外にも、普段なら見逃されるようなちょっとしたミスが過剰反応されて名前を晒されるといった副次的な危険もある。各々で自衛を怠らないように」

「くれくれ、きせい、じらいぷれいって何です?」

「要するにあんたのことよ」

「わ、私ですかっ」


 アコがガーンとショックを受けた。ヤバそうな奴だってのはわかってんじゃないか。

 そして確かに否定はできないんだけど、今日の瀬川はなんかやたらとアコに厳しいな。


「また単純に人が増える為、それを狙った詐欺行為なども増加する。これはゲーム内での情報だが、最近アカウントハックの被害も増えているらしい。まめなパスワードの変更やセキュリティトークンの導入などを検討するように」

「面倒臭いわねー」


 垢ハックかあ、厄介だな。

 セキュリティトークンってのはパソコンと繋がってない外部の機器を認証に使って安全性を高めるものだ。認証サーバと同期したワンタイムパスワードが一定時間ごとに表示されてそれを入力しないとログインできなかったり、USBにトークンを接続して認証しないとログインできなかったり。種類は色々だけどリアル側にも必要なアイテムを用意しない限りはログインできないって道具なのだ。自分以外には絶対にログインできなくなるので、非常に高確率でアカウントハックを防止できる。

 俺も必要だとは思ってるんだけど、色々と面倒臭いから使ってないんだよなあ。


「俺もまだトークンは使ってないし、アコは……」

「?????」


 ああ、アコの頭に凄い数のクエスチョンマークが浮いてる。

 わかってない子だ、こいつ。


「もう勉強は真剣に嫌なんですけど」


 大丈夫、これは勉強の話じゃなくてゲームの話だから。


「垢ハックってのは、自分のゲームアカウント、そして自分のキャラクターの中に他人が入って来て、勝手に迷惑行為をされたり、アイテムやお金を奪われたりすることだ。セキュリティトークンってのは、それを防ぐためにある道具で、LAでは認証サーバと同期したワンタイムパスワードが一定時間ごとに表示されて……」

「……(にこにこ)」

「その……」

「……(にこにこ)」


 アコが凄く綺麗な笑顔で俺を見つめている。その大きな瞳を覗き込めば、鏡のように俺の顔が見えそうな気がするぐらいだ。

 こんな時に向けてくるんじゃなきゃきっと見惚れてたんじゃないかと思うけど。


「……わかんないか?」

「はいっ」


 返事にも笑顔にも一片の曇りすらなかった。

 アコにセキュリティトークンの導入法を仕込むのは余りに難題か……。


「……マメにパスワードを変えなさい」

「はーい」


 致し方ないので対症療法である。


「ってかさ、ゲーム内で詐欺とかあんの?」


 瀬川がつんつんとモニターを指す。


「あるぞ、幾らでも」

「マジで?」


 瀬川は本気で意外そうに言った。

 あれ、なんだ知らないのか。


「ふむ、そうだな、例としてはオレオレ詐欺がわかりやすいか。シュヴァインも気をつけねば危ないぞ」

「あたしは実家のおばあちゃんか何か!?」


 そのオレオレ詐欺じゃなくて。

 オレオレ、そうそうタカシだよ、みたいな詐欺じゃなくて。


「違う違う、もっと簡単で、もっと厄介なもんだよ」

「簡単で厄介?」

「そうだ。例えばだな、シュヴァインがLA内、いつもの酒場でアイテムを整理していたとしよう。そろそろ他の面子も集まるのではないか、という時間だ」

「ん」


 想像しているのか、瀬川は中空に視線を向けて答えた。


「そこに『ルシ☆アン』という名前の初期キャラクターがやってきた」


 無駄に据えられているホワイトボードに『ルシ☆アン』と大書きするマスター。


「あんたもうちょっと考えて名前つけなさいよ」


 瀬川が俺に向かって、呆れたように言う。

 そんな身に覚えのないことで説教をされても困る。


「そうだ、シュヴァインのそのリアクションが問題だ」

「は?」


 きょとんとする瀬川を置いて話が続く。


「そのルシ☆アンがシュヴァインに言った。新キャラを作った所だからちょっと100k程貸して欲しい、と。どうする?」

「別に良いけど」

「うむ。大した金額ではないと考えたシュヴァインは気楽に貸してしまう。そしてルシ☆アンは礼を言って去って行き、しばらくすると『ルシアン』が現れる」


 俺を示して言うマスター。


「キャラ戻したならお金返しなさいよ」

「俺は知らないぞ?」

「はあ!? あんたが借りたんでしょ!? 名前に☆がついてるから俺じゃないとか言い張る気? 何よそのくだらない詐欺!」

「うむ、詐欺だ。だが犯人はルシアンではない」


 無駄に悪人な笑みを浮かべるマスター。やたらと楽しそうだな、おい。

 マスターは俺の隣のアコに視線を向ける。


「アコ君ならどうする。同じ状況でルシアンに金を要求されたら」


 言われたアコは首を傾げた。


「私が借りるならともかく、ルシアンが私からお金を借りるなんて絶対におかしいと思うんですけど……それ本当にルシアンですか?」


 アコが想定してる二人の関係ってなんか偏ってない? いや、いいけどさ。


「そうだ! その通り!」


 マスターは『ルシ☆アン』の文字に大きくバツ印を書き込んだ。俺がダメ扱いされたみたいでなんか切ない。


「ここを拠点にしている『ルシアン』というキャラクターがいることを知って、『ルシ☆アン』を作成した、我々の知らぬ人物──それこそが詐欺師だ」

「ニセルシアンってこと?」

「ばかもーん、そいつがるしあんだー!」


 アコは妙に嬉しそうに言った。


「とっつぁんじゃないとわかんないわよそんなの……」


 そう、わからないんだよな。

 俺だって下手したらわかんないよ。


「その通りで、見極めるのが非常に難しい。名前しか表示されないタイプのゲームでこの手の詐欺を行われると、現実のオレオレ詐欺よりもずっと成功率が高い」

「いいわよ別に、100kぐらい……」

「被害が少なければ問題ないかもしれん。しかし廃人同士であればM単位の貸し借りも行われるし、少し手間をかければ一気に被害は増える」

「あの時貸してた装備を返してくれー、とかな」


 俺が言うと、瀬川ははっと目を見開いた。


「もしそう言われて、『ルシ☆アン』にヴァレンティヌスの鎧を返したら……」

「即日露店行きだろうな」

「いーやー!」


 っていうかあれ返せよ。じゃんけんで勝ったの俺だぞ。ずーっとお前が使ってるのはおかしいだろ。


「ルシアンとアコのように、よく通じ合っているなら問題はないが……」


 ちらりとこちらを見る。

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