一章 ラブソードウ ⑨

「常に疑う必要はないが、違和感を覚えた場合は確かめるように。中にはゲーム内での会話を盗み聞きし、本人になりきって高額装備を借りていく強者などもいるようだ」

「みんな気をつけなさいよー。インターネットにも悪い人は居るんだからねー」


 今になって先生のようなことを言い出す猫姫さん。


「先生居たんですか」

「居たわよ。ずっと聞いてたわよ」

「聞いてちゃだめでしょ、聞いてちゃ」


 こういう話はもともと先生の仕事なのに、ほえー、って生徒みたいな顔をしてたからなあ、猫姫先生。

 そこにマスターの冷静な声が重なる。


「そういう場合、特徴的な喋り方、例えば語尾に『にゃ』を必ずつけているなど、真似しやすい人物が使われやすいので、特に斉藤教諭を疑うように」

「にゃふっ!?」


 あ、先生が噴いた。


「確かに、にゃーにゃー言う人なんて先生以外には居ないですよね」

「あの口調で中身がコレって時点で詐欺みたいなもんだけど」

「実際俺は詐欺られたようなもんだし」

「……あなた達、テストが終わったからって油断してるみたいだけど、通知表を返すのは終業式よ?」

「ほんっとすいませんでした!」


 三人揃ってノータイムで頭を下げる。

 調子に乗りました。もうやりません。

 何を言った所で、一般プレイヤーはGMに勝てないのだ。


「夏場はプレイ人口が増える為、こうしたちょっとした詐欺を働くような悪人も増えてしまう。身の安全が一番大事だ。事故なく夏休みを過ごすようにな」

「はーい」


 アコが元気に答えた。

 馬鹿な話をしたせいでちょっと落ち着いてる。その点では助かった。


「では……今日はこれまでだ。次に会うのは合宿だな」


 マスターがそう言って話を終えた。


「言いたいことは全部言われたし、顧問からはとくになし。みんな元気でねー」


 先生は気楽に手を振る。


「ああ、夏休み! 麗しのさまーばけーしょんですよっ! やりましたね!」


 アコは普段通りで何も変わらない。ここからも普段通りだとすると、俺と一緒に帰るんだけど……。

 マスターと瀬川に視線を向けると、


「ああ、私とシュヴァインは少し用事がある。先に帰っていて良いぞ」

「用事ですか?」

「ああ。少し、な」


 そう言うと、マスターは俺ではなく、なぜか瀬川の方に目配せをした。


「だから、あたしはいらないっつってんのに」

「……?」


 俺とアコを二人にするように気を使ってくれてるのかな。悪い、二人とも。

 制服のポケットに入ったメモを一撫でして、大きく息を吸い込む。


「よし、んじゃ……帰るか」

「はーい」


 アコはにこにこと俺の隣に並んだ。

 踏み出す足が緊張で震えた。


 いつも通り、アコと二人で通学路を歩く。

 通いなれた道が違うものにみえる──なんてことはなく、普段と変わらないからこそ緊張が高まる。この空間でいつもと変わっているのは俺だけだ。


「合宿って何をするんでしょうね」


 アコが嬉しそうに言う。明日から休みだからか、アコがご機嫌なのは幸いだった。

 俺と会えなくなるのは気にならないのかな、というのが不安要素だけど。


「とりあえずネトゲをするってことだけは間違いないと思うけど」

「またヘッドショットもしたいです」

「それはやめてくれ」


 休みが終わったら嫁がスナイパーになってましたとか、絶対に遠慮したい。


「そういえば、これはヒミツにするように言われてたんですけど」

「うん?」


 アコが内緒話でもするように顔を寄せる。


「水着を用意しておけとマスターに言われました。なのできっと海に行くんじゃないかと」

「それ俺に言っちゃだめなやつじゃないか?」


 いきなり水着で出てきてびっくりさせるとか、そういうのを企んでたんじゃないのか、マスターは。


「私がルシアンに隠しごとをするわけないじゃないですか。言っちゃったマスターが悪いです」

「最近も俺にでっかい隠しごとをしてなかったか?」


 カッター用意したりとか、学校やめようとしたりとか。


「私のログには何も残ってませんよ?」

「都合の良いログだな、それ」

「えへへ」


 笑って誤魔化すアコ。

 あー、落ち着く。

 アコととりとめもないことを話すこの空気が好きなんだよな。

 普通のクラスメイトと話してるとさ、話し終わった時とか、話してる最中とか、ふとした時に凄く後悔するんだよ。『あんなこと言わなきゃよかった』『余計なこと言い過ぎた』『ウザい奴だと思われてないかな』ってさ。

 でもアコと話してるとそういうのがない。

 ふわふわと好きなことを話して、何を言っても気にならない。

 他に代えられない、アコとの空気。

 それが、告白して失敗したりすると──ぶち壊しになるかもしれない。


「……やっぱやめようかなあ」

「……? はい?」

「い、いや」


 やっぱやめようかなあ。このままでいいんじゃね? 友達以上恋人未満、ただし夫婦、みたいなのでよくない? って誘惑が凄い勢いで襲い掛かってくる。


「えっと、それでですね。問題の水着はまだ買ってないんですよ」

「ほう」

「なのでお聞きしたいんですが、ルシアンはどんな水着が好きですか?」

「なんで俺に聞くの。自分の好みで選べば良いだろ」

「ルシアンに見せるのにルシアンの好みを聞かなくてどうするんですかっ」

「見せるとか言うのやめて欲しいんだけど」


 通りすがりの人に聞かれたら問題になりそうな発言だ。


「じゃあ私の水着なんて見ないって言うんですか!?」

「いや目の前に出てきたら見るけど。ボス倒した後のドロップ画面ぐらい見るけど」


 一通り全部見た後でさらにもう一度全部確認して、これが一番気になる! って思った所をガン見するよね。


「ですよね。ルシアン、私が脱いだ時も凄く見てましたもんね」

「それは忘れて欲しい」

「駄目です。責任とってもらいますから」


 楽しげに言われた。

 うう、やっぱダメだ。この状態で曖昧にするのは流石に良くない。

 アコに対して、直結よりさらに悪いことしてる気がする。自分の気持ちもいつまで抑えられるか自信がない。

 言わないと。言わないと。

 でもどうしよう、どうやって言おうどうやって。


「というわけで希望を聞かせて下さい。何もなかった場合は中学のスクール水着になります」

「へー」


 どうしようどうしようどうしよう。


「買ったのが中一の頃なので今着るとかなりサイズが厳しいと思うんですけど、意外とルシアンはそういうの好きなのかもと取ってあります」

「そうなんだ」


 なんて言おう何て言おう。


「ただあの、多分着るのも脱ぐのも大変なので、事前にハサミの用意をしてもらえると」

「待ってちょっと待ってその話ストップ」


 流石に気づいてちょっと待ったコールを入れる。


「俺がぼんやりしてる間に話がおかしな方向に行ってないか」

「私の中では予定通りなんですけど」


 それはお前のスケジューリングがおかしい。

 何をどうなったら中学時代のぱっつんぱっつんなスク水を着る話になるのか。そして俺が水着をハサミで切り裂く話になるのか。

 思わず考えちゃっただろ、びりびりのスク水着たアコの姿。


「むしろぼんやりしてるのがおかしいです。私はルシアンが見抜きできるぐらいの水着を考えてるのにっ」

「俺が見抜きプレイヤーみたいに扱われてる……おかしい、こんなことは許されない……」


 俺はどこに出しても恥ずかしくないぐらい一般的な高校生なのに。


「大体アコ、俺がそれ着てこいって言ったら本当に着るの?」

「そ、それは」


 その返しは想定外だったのか、アコはあうあうとひとしきり困った後、


「スクール水着さえ着ればルシアンが獣のように私を襲ってくれるって言うなら恥を忍んで着ますけれども」

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