一章 ラブソードウ ⑩
「どうしてそういうことが起きると思った!」
「スクール水着に、対ルシアンのタウント効果がついてるんじゃないかと」
「ないから! どっちかっつーと敵対値が下がるから!」
「スク水は効果薄ですかー」
「当たり前だろ……ってだから、こういう会話がダメなんだって!」
「はい?」
アコがきょとんと首を傾げる。
そうだよ、こういう会話ばっかりだから、タイミングが掴めないんじゃん!
真面目な話をするタイミングがつかめないからいつ言うか悩むんだよ!
「あ、そうだ、アコ。そこの公園寄ってかないか」
「公園に寄り道とかリア充っぽい!」
「だ、だろ?」
俺はお前とリア充になりたいんだけどなあ。
「木が一杯だとこんなに涼しいんですねー」
日差しから逃れて木陰を歩く。
確かに自然が増えると随分と気温が下がったように感じられる。
「LAにあるジャングルのMAPも涼しいんでしょうか」
「ジャングルは別だと思うよ、俺は」
「不思議だったんですけど、雪国MAPの横に出ると即草原だったりするネトゲの世界ってどういう風にできてるんでしょうね」
「その辺を調整したせいで隣の町に行くのに数時間かかるゲームがあってだな」
「シームレスの良し悪しですね」
「オープンワールドも使い方次第だからなあ」
──ええと、どうしよう。わざわざ公園まで来たのに雰囲気が変わらない。
アコとのこういう雰囲気が好きなんだよ。それは事実だよ。でも今は困るんだよ。
どうしたものか、とポケットに手を入れると、指先が紙片に触れた。
おっと、そうだ、あのメモ。
シュヴァインとマスターの告白作戦が書いてあるはず。
太陽を見上げて、日の光に弱い吸血鬼みたいに目を細めるアコ。その視線から逃れ、隠れてそっと開いてみる。
上の部分にはやたらと達筆で、端的な文字が。
アプリコットの作戦:当たって砕けろ
「……ざっけんなよ」
あいつマジつかえねえ。
一フレームも恋人ができないまま終われば良いのに。
次に下側を見てみる。
女の子らしい丸文字で書かれた文字。
シュヴァイン様の作戦
自分で様を付けるかあの野郎。
その下を見てみると。
良い雰囲気にする→告白する→
シャキーンじゃねえよ!
最初の良い雰囲気にする所で失敗してるんだよ!
こいつら真剣に手伝う気ないな……くっそ……。
舌打ちでもしたい気持ちで紙を閉じる。
すると裏側に、何か追記してあるのが見えた。
小細工をせずに素直な気持ちを伝えてこい
駄目だったら幾らでも愚痴に付き合って上げるから、やりきってきなさい
「……あいつら」
やっぱり良い奴らではあった。
あいつらの気持ちに応えるためにも頑張りたい。頑張りたいんだけど。
「でも……良い雰囲気ってどうやって作ればいいんだ?」
「はい?」
はっ、思わずアコに聞こえる声で言ってた!
本人に聞いてどうすんだよ、本人に!
「お、恐ろしいことを聞きますね? 雰囲気の壊し方ならわかりますけど、作り方なんて」
「……一応聞くけど、仮に壊すとしたらどうするんだ?」
「例えばですねー。盛り上がってるクラスメイトの近くで聞き耳を立てながらも、私は聞いてませんよーって振りをしてる時とか。気遣いキャラの子が『玉置さんはどう思う?』って話を振ってきたら『──は?』って、何を親しげに話しかけてるんですかあなたは的な空気を作りながら言うんです。するとさっきまでの楽しげな雰囲気が一瞬で」
「ごめん聞いた俺が悪かった」
実体験すぎて胸が痛い。アコはここまでどんな生活を送ってきたんだ。
泣きそうになった俺に、うちの嫁はむしろ機嫌よく微笑んだ。
「だからルシアンと一緒だと凄く楽なんです」
「え?」
「だって、ルシアンとならいつだって良い雰囲気じゃないですか。やっぱり夫婦ですよね」
ゲームだったらハートマークでも表示されそうな、アコのテンション。
一緒に居るだけで勝手にお互いの好感度が上がっていくような、バグキャラみたいな奴。
こんなやつだから俺は、らしくもなく勇気を絞り出して、こんな所まで来ちゃったんだよ。
もういい。この責任、アコにとらせてやる。
「なあアコ」
「はい?」
足を止めた俺に、アコも立ち止まって体を向ける。
俺を軽く見上げる彼女。そっと右手を伸ばして、顔を隠そうとする髪を横に流す。
触れる俺の手に何の不安も抱かず、信頼に満ちた瞳が俺を見つめている。
左手に強く強くメモを握りしめる。
「アコ────」
呼びかける言葉は噛まなかった。
それだけを救いに、ぐっと唾を飲み込んで、続ける。
「俺と、付き合って欲しい」
「………………」
返事はなかった。
ぽかんと、呆気にとられたように停止するアコ。
もう一度、体に残った気合を絞りつくして口を開く。
「俺と恋人になってくれ!」
──ふっと、太陽を雲が覆った。
少し冷たい風が俺とアコの間を流れ、彼女の髪がふわっと広がった。
アコの表情が、隠れる。
「あ、あの……」
風が止まって、再び見えた時。
そこには、酷く困り果てた──そう、それこそ『友達だと思っていた相手に想定外に告られて困惑する女の子』みたいな顔をしたアコが居た。
「えっと……」
さっきまでとは違う意味で汗が止まらない。
今までも何度もあった、調子に乗って失敗をした時の、あの圧倒的な後悔が襲ってくる。
大好きなはずのアコの声をこれ以上聞きたくない。
でもそんな俺の気持ちなんて気にするはずもなく、アコの口がもう一度動く。
「──嫌、です」
聞き違えようのないぐらい、はっきりとした言葉だった。
俺の手から、ぽとりと、もう用のなくなった紙切れが落ちた。



