二章 スカッと夏合宿 海や ①

 ゆっくりと店のドアを開くと、涼しい空気が俺の全身を包み込んだ。

 冷や汗でぐちゃぐちゃだった全身が一気に冷やされて気持ちが悪い。


「いらっしゃいませー。お客様、一名様でよろしいでしょうか?」

「──っ」


 一名様。

 店員さんの何の悪意もない言葉に息が詰まる。


「……え、ええと、先に連れが来てて」

「ああ、いらっしゃっています。どうぞこちらへ」


 一度来たことがある店だ。そう、最初のオフ会で使ったあの店。

 そしてそこで待っているのもあの時と同じ面子だ。


「お、おつかれさま」

「……うむ」


 案内された席に向かうと既に二人が待っていた。

 難しい顔をしたマスターとひきつった笑みを浮かべた瀬川。

 あの時と同じ場所。同じような面子。ちょっと緊張した、あの時と同じ空気。

 でも──アコが居ない。

 アコは、俺と一緒に居てくれなかった。


「悪いな、わざわざ来てくれて」


 半分泣きながら玉砕報告を送ると、二人は即座に、駅前の店に来い、と言ってくれた。

 最悪な気分だけどそれでも俺の為に来てくれる人が居るってだけでいくらも救われる。

 本当にありがたい仲間だよ。


「それにマスター、わざわざ店まで頼んでくれたのか」

「最初からシュヴァインの残念会をな」

「だから違うっつってんでしょ! 大体、残念会とか今は…………あ」

「気にしなくていいって」


 実際残念会なわけでな。

 力の抜けた体で、俺も椅子に座る。


「…………」

「…………」

「……っ!」

「……~~!」


 まるで何かを押し付けあうかのように何度も何度も視線を向け合った後、瀬川が俺の横にやって来た。


「あの……ええと、聞いて良いのかわからないんだけど」

「ああ」

「……振られたの?」

「……ああ」

「マジで?」

「マジだよ」

「本当に?」

「本当だって」

「何かの勘違いとか、不幸なすれ違いじゃなくて?」

「はっきり言われたよ」

「本当の本当に、西村がアコに告白して振られたの?」

「そうだよアコに振られたんだよ、さっきからずっとそう言ってんだろ! 何回言わせるんだよ、イジメか!? イジメなのか、ああん!?」

「ああっ、ごめんね、私が悪かったわ! ほら、甘いものでも頼む? パフェとかはどう? ちょっとは元気が出るわよ?」


 瀬川の優しさが痛い。それにちょっと嬉しそうでむかつく。

 リア充になれなくてざまあって感じかこの野郎。


「アコ、何考えてるのかしら。こんなにも酷いはしご外しは初めて見たわよ」

「完全無欠にお断りされたからな……ははは……」

「しかし信じられんな。あのアコ君が」


 むむむ、とマスターが唸る。


「俺だって信じたくないよ……今でも……」


 なんだかんだ言ってさ、俺みたいな奴が告白しようっていうんだよ、絶対大丈夫だろうって勝手な確信があったさ。


「はあ……全部俺の勘違いだったんだよ……調子ぶっこき過ぎてた結果がこれだよ……はは、ははは……」

「いやはや、どうしてこうなったのかしらね」

「どうしてこうなった」


 ズンドコ不思議な踊りをする二人に突っ込む元気もない。

 凹む俺を見ながらひとしきり踊った後、二人が動きを止める。


「あのルシアンがネタに乗りもしないか」

「本当に振られたみたいねえ」


 どういう判断基準だよ。


「もぅマ<外字>無理。アコとゎかれた。ちょぉ大好きだったのに、どぉせオレゎ遊ばれてたってコト」

「案外余裕あるわね」


 ねえよ。全然ねえよ。


「あー、死にたい。いや、死ぬか。死んどくか。良い機会だな、来世行くか!」

「落ち着いて落ち着いて。手首切っちゃ駄目よ」


 節理も無く禍殃を語る人閒に心を許さねえぞ、もう。


「でもね、あたしもやっぱ信じられないのよね」


 ぽんぽんと俺の背を撫でながら言う瀬川。


「だってあのアコよ? 頭の中に『ルシアン』の四文字以外何も入ってないようなアコよ? 今頃狂喜乱舞してる姿しか想像できないんだけど」

「全く同意見だ」


 そう言われれば言われるほど傷口が広がっていくのが辛い。


「俺だって、俺だってそう思ってさあ……」

「ああ、ごめん、ごめんね」


 泣いちゃ駄目だ、泣いちゃ。

 そう思ってこらえるが喉の奥が段々と熱くなってくる。

 これが青春の痛みか、なんて笑う余裕もない。


「裏切られた……アコに裏切られたんだ……楽なギルクエだって言われて入ったらベースキャンプでモンスターが吼えてたんだ……」

「それはチート許すまじだけども」

「それは先に気づけという話で」


 気づかないって、あいつがそんなことするわけないって信じてたんだもん。


「もうさ、アコに直接確認してみない? 本当に振ったのか、って」

「そうだな、それがいい」

「やりたいなら好きにしろよ」


 俺が言うと、二人はそれぞれ携帯を机の上に置いたまま、ちらちらと視線を交し合った。


「……電話しないの? マスター」

「こういったことはやはり同級生のシュヴァインが」

「普通はギルマスの仕事でしょ?」


 なんか人の頭越しに言い争いを始めた!


「何の争いだよ! どっちでもいいよ!」

「だってその……無駄な希望を与えた挙げ句にさあ」

「やっぱり駄目だったぞ、と伝える役回りというのは……」

「オーバーキルよねえ」

「死体蹴りはマナーが悪いと思うのだ」

「うわあああああ」


 もういやだああああこんな世界はいやだああああああ。

 ガンガンガンとテーブルに頭をぶつける。ああ、痛い、痛いのが気持ち良い。もうこのまま死にたい。


「ごめんごめんごめん、悪かったわよ!」


 俺は慰められてるのかトドメさされてるのかどっちなんだよ。


「仕方あるまい。ここはギルドマスターとして責任を取ろう」


 ついにマスターが電話をとった。

 ぷっぷっぷ、という軽い電子音が、なんだか地獄の呼び声にすら聞こえる。

 そしてマスターが耳元にあてた携帯から、聞きなれた声が小さく響いた。


『はいもしもし、玉置です』

「あの子、電話の時は名字を名乗るのね」


 瀬川がどうでもいい感想を漏らす。


「……ってか、凄く普通だな」


 俺を振っても平常運転か……はあ、傷つくなあ。


「んー、やっぱりおかしくない? 仮にもあんたを振った後でノーリアクション?」

「高崎を一刀両断した後も普通だった」

「それは高崎だし」


 俺達の会話をよそにマスターが話を続ける。


「急に電話してすまないな、少し聞きたいことがあるのだが、いいか?」

『攻略Wiki……じゃなくて、雑誌を読んでた所なんで、大丈夫ですよ』


 一応頑張って読んでるのか、あの雑誌。


「ええとだな……その……今日の帰り道のことだ」


 唯我独尊を地で行くマスターも、流石に口が重い。

 何度か息をつきながら、ようやく尋ねる。


「ルシアンに──何か、言われなかったか」

『ルシアンにですか?』


 言われたアコは全くの平常運転。


『特に何も……あ、ちょっと変なことは言われました』

「っ!」


 びくっと、三人そろって震えた。


「変なこと、というと」


 恐る恐る聞くマスターに、アコは極々あっさりと答える。


『えっと……恋人になってほしい、とか』

「っ、あんた、マジで言ってたのね」

「言ったに決まってるだろ……」


 そうじゃなきゃこんなに凹まねえっつうの。

 どうやら二人の中では告白が聞こえていなかったという可能性が大きくあったらしく、見てわかるぐらいに動揺している。


「それで、どう返事をしたのだ?」


 尋ねたマスターに、アコが返す。


『どうって、そんなの──


──嫌に決まってるじゃないですか』

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